月下の一族 ~第一夜 ~ 不思議なふたり 3




「きゃーっ 煙がっ 入江くん、助けてっ」

扉をあけてリビングに入った瞬間に、真っ黒な煙が流れ込んできた。

「馬鹿、何やってんだっ」

僕を出迎えて玄関に来ていた入江が、慌ててキッチンに駆け込んで、ガスの火を消した。
どうやら鍋を焦がしただけらしい。鍋の中味のナゾの物体が見事に炭化している。

「なんで料理なんかっ出来もしないのに!」

彼が眉間に青筋をたてて叱っている。彼女は可哀相なくらいしゅんとなっていた。

「料理って……食事なんてしないだろ……?」

そう。彼らは僕たちが食べるような食事はしない。彼らが何かを食べるのを殆ど見たことがなかった。

「渡辺さんに何かを御馳走しようと思って。いつもあたしたちにエナジィをくれてるのに何もお返ししてあげれないから……」

可愛い……というか健気だなぁ…

そういう君の為なら、まあ献血だと思って協力しようかな、と思ったんだ。間違ってもこの冷血野郎の為にはエサになんかなってやらなかっただろう。

「は? わざわざそんなことしてやる必要ねーだろ? 〇ンケルの一番高いヤツ、1年分献上してんだし」

この不遜な態度! 誰のお陰で生きていられると思ってるんだ。だいたい僕はちゃんと彼らの補給源になるという契約をしたわけではない。何となくなし崩しに彼らにエナジィとやらを提供することになってしまったのだ。
だいたいはじめは敬語だったのに、いつの間にかタメ口になってるし。だから僕もタメ口にしてやった。僕より千歳上だからって構うものか。食物連鎖の下の方でも僕がいなきゃ生きていけないんだろ?
立場はこっちの方が上なんだ!

彼ら--人間の生気を奪って生きている不死の一族。人の姿をしているのに人ではないもの--。

実を言うと未だに半信半疑だ。
鏡に映らないのも何かトリックがあるかもしれないし、赤い瞳もカラーコンタクトかもしれない。
ある日突然実は「ドッキリでしたっ」とテレビカメラがやってくるかも、となんて思ったりして。(いや、僕にドッキリが仕掛けられるハズもないけどね)


けれど、何度か彼らの夜の散歩に付き合った時があって。
あ、彼らはいわゆる吸血鬼というものとは違うので、太陽光を浴びて灰になってしまうということはないらしい。だがやはり基本的に太陽は苦手らしいので、活動は夜が多い。その代わり自らを月の一族だと語り、月の光が有れば人間からエナジィを貰わなくてもそこそこ生きられるのだという。彼らの生活は月齢に支配され、新月の前後は殆ど外に出ず、人間からの栄養補給も日に一回は必要だが、満月の前後は数日間人間からエナジィを貰わなくても生きていけるらしい。
で、そう、夜の散歩。
満月期なら例え雨でも真昼でもパワーがみなぎって超常的な力が出せるらしいのだが(狼男かっ?)やはり、月光を浴びるのが一番らしく、よく月夜の散歩をするのだという。たまたま仕事帰りに寄った時付き合って、普段あまり行かないという街の方に出掛けた。

夜の暗いショーウィンドゥは鏡のように姿が映り込む筈だ。
しかし彼女は何度か彼に叱られていた。
どうしても硝子やら鏡やらに映り込むのを忘れるらしい。
なんでも、意識さえしていればちゃんと鏡にもカメラにも映ることが出来るらしいのだが、彼女はすぐに忘れるのだそうだ。たしかにいつものほほんとしてるもんな。なるほどあまり彼女を外に出したくないワケだ。
こんな街中には硝子や鏡だけでなく、カーブミラーに防犯カメラ、通りすがりの車のサイドミラーなど気を遣わねばならないものが溢れている。
ただ彼女のミスも大抵は彼のフォローで何事もなく済んでいる。どうやら彼は人間に催眠術のような暗示をかけることが出来るらしく、人の記憶を消してしまったり都合のいいよう操作したりできるらしい。
戸籍のない彼らが海外に行けたのも、偽造パスポートを見せても見過ごせるように、入国審査官に暗示をかけていたということだ。道理でアカの他人のパスポートで入国出来たわけだ。
ちなみに僕にはその暗示が効かない稀なタイプの人間らしい。
これまで大抵の人間にはその暗示で誤魔化せるので、彼女が何かしらやらかしてもバレずに過ごせたし、普通の人間のふりをして過ごせてきたらしい--何百年も。

何故だか彼らに全面的に信頼されてしまったらしい僕に、彼女はあれこれ話をしてくれた。他の人には話せないので嬉しいらしく、嬉々として語ってくれた。

いわく、彼は平安時代から生きているその種族の最後の純血種だということ。
そして純血種だけが自分の血を分け与えて、人間を自分と同じ不死の一族に加えることが出来るらしい。
そして彼女は戦国時代に生まれ、彼と出会い愛し合って、彼と同じ一族になることを選んだのだという。

彼女自身は自分でエナジィを摂取することが出来ない。いや、本当なら出来ない訳ではないのだが、性格的に人から奪い取ることができないということなのだ。
だから、彼女はいつも彼から分け与えてもらっている。
その、分け与え方がどうやら……キスとか、もっと…………だったりとか……? そういう感じらしい……////
飛行機の中の熱烈ラブシーンは、太陽に近い位置でさらに新月期だったこともあって、急速にエナジィが減少して、僕からエナジィ奪って彼女に補給していたらしい。
彼の背に回されていた彼女の腕が老婆のようなそれから、みるみる若々しくなっていく様は、ただの見間違いではなかったのだった。

「本当ならもっと深く繋がった方が急速チャージが出来たんだが……機上では口移しが精一杯だったからな」

……もっと深く………って…そういうこと?

ま……そういうことなんだろうな。琴子ちゃん、真っ赤になってたし。

「……満月期は、あたしもそんなにエナジィ補給しなくて大丈夫なんだけど……満月期の入江くん、激しくて……」

いや、聞いていませんけど!
なんか、恥ずかしがってる割にしれっと言ってませんか? 琴子ちゃん!
それにやっぱりこいつ、狼男だ………

「べつに夫婦なんだから、いいだろう?」
そして彼もしれっと言う。
こいつら、ただのバカップルだ。
何だか人間じゃない妖怪?化け物?(そんな言葉で彼らを表したくはないのだけれど)とは、全く思えなくなっている自分がいたのは確かだ。

けれど彼らは普通の夫婦とは違う。彼らの愛の行為には生殖は伴わない。
だからより人間よりも純粋に愛し合っているようにも思えた。


………子供を育てたことはあるのよ。

彼女が幸せそうにぽつりと一枚の写真を見つめながら呟いたことがあった。

リビングに飾られたその写真には彼ら夫婦と、一人の少女が写っていた。
入江財閥の先々代の当主だった入江琴美さんの姿。30年前に他界している方だ。

色々お喋りが尽きない彼女だが、琴美さんのことはあまり語りたがらない。だから、どのような経緯があって人間の子供を育てたのかは分からない。
大切な思い出過ぎて、そして彼女にとってはまだつい最近の出来事のようで……話す度に涙が止まらなくなってしまうのだという。




「……ごめんなさいね」

そして、話は冒頭に戻る。
鍋を焦がし、中味も炭化させてくれたお陰で僕は彼女の怪しい料理を食べずにすんだ。
入江がゴミ箱に捨てていたそれはまさしく魔女の料理のようだった………。

彼女は謝りながら僕にお店で買ってきたケーキと紅茶を出してくれた。
いや、この方が全然うれしいです。
そして入江にはコーヒー。
なんかヴァンパイアって、薔薇の花びらの浮いた紅茶飲んでるイメージなんだけどね。彼は無類のコーヒー党らしい。しかも琴子ちゃんの淹れたものしか飲まない。そして、その極上のコーヒーは僕には出さない! 狭量なヤツだ! 僕にはティーパックの紅茶か〇ンケルで十分らしい。
コーヒーの淹れ方は幕末に黒船に乗ってやってきた西洋人に教わったらしい。
彼女が幸せそうにコーヒーを淹れている時、部屋中にそれは良い薫りが漂って、僕も本当は飲みたいのだけれど、入江に睨まれるから言わない。


ふと、何故自分は彼らにエナジィを与えることをいとも簡単に了承してしまったのかと時々思う。
初め提案された時、僕は当然ソッコー拒否した。自分に何のメリットもなくそんなことを了解するバカはいない。
けれど、彼はあっさりとこう預言した。

「君は了承するよ。何といっても俺たちと共にいると実に刺激的で楽しい毎日が送れるし」

いや、刺激的な生活なんて求めてません‼

僕は全力でそう思ったが、琴子ちゃんの、「ありがとう、渡辺さんっ あたし、渡辺さんのエナジィなら安心して補給できるわ‼ 飛行機で貰ったの、あったかくて優しくて最高だったの!」という言葉にほだされてしまってというところだろうか。

あったかくて優しい生気ってなんだろうとは思うが……まあ褒められてるらしいし。

「あ、そうだ。恋人が出来たり結婚決まったりしたら教えてくれ。エナジィ採られると、2、3日勃たないから」

……………あ、そうですか/////

彼女とか出来たら補給源から卒業できるのかな………?


まあ、なんやかやこの二人が気に入ったんだろうな。特に彼が云ったような刺激的な事件があるわけでもないけれど、妙にこの家が居心地がいいというか、二人のいる空間が居心地いいんだろうな、と。



だが、ある夜、刺激的な事件が起きた。

その頃その界隈でひったくり事件が多発していた。
夜の散歩は今危ないよ、と二人に言っていたのだが、彼らは全く気にしてなかった。確かに人間でない彼らが人間を怖れる筈がないのだが、なんだかそんなことはすっかり忘れていたのだ。

僕らは夜の街を月の光の下いつものコースを歩いていた。
彼女の好きな公園、彼女の好きな並木通り、彼女の好きな雑多なものが玄関回りに散らばっている古い下町の家並み。

そしてそろそろ家に戻ろうとした時、「キャアー! ドロボー!」と、女性の叫び声が聞こえ、僕らに向かって物凄い勢いで自転車が突進してきたのだ。

そして、その自転車は一瞬のうちに琴子ちゃんに接触し、そのまま走り去ってしまった。

「琴子っ!」

弾みで琴子ちゃんは地面に倒れた。ごつんと厭な鈍い音がして、背筋がゾッとした。
額からつうっと赤い血が流れていた。

--血………赤いんだ、やっぱり。

「おい、琴子を頼む」

「え?」

振り返った時、入江の姿はそこに居ない--と思ったら、彼は満月を背にして、人間にはあり得ないとんでもない跳躍力で空に舞い上がり、そしてあっという間に自転車の男に追い付いていた。

男は突然空から舞い降りた彼に驚いて、派手な音をたてて自転車ごと転倒した。
彼はそのまま男の首筋に手を押しあて、赤い瞳で睨み付けていた。

ゾッとするような、禍々しい眼差しだった。

初めて彼が人間ではないのだと、思い知らされた瞬間だった。




「……怖いか?」

ぐったりしたそのひったくり野郎を地面に置いた後、彼は僕にそう訊ねた。

「……いや」

不思議と怖いとは思わなかった。
ああ、そうか、彼はそういう者なんだ、としっかり認識したような--そんな感じ。

「…そいつ、殺したの?」

「いや。生気をたっぷりもらったから、暫く疲労感、倦怠感で動けないかな?
それと1ヶ月くらいはセックス出来ない」

彼はにやりと冷たい瞳を彼に向けた。もう、瞳の色は元の漆黒の闇の色に戻っていた。

「琴子は?」

「あたしは大丈夫だよ」

ひょいと僕の後ろから顔を覗かせる。
そう、彼女は全然大丈夫だった。倒れた時は一瞬どきりとしたが、彼女はすぐに起き上がりにっこりと笑ったのだ。
額の血もすぐに止まっていた。

--ああ、彼女も。

彼は彼女がこんなことで傷つかないことは分かっていた。けれどほんの僅かでさえ、彼女の額から血を流させたことが許せなかったのだろう。


「琴子………」

額の傷は消えているのに、血の跡はまだあった。
彼はその傷があった筈の箇所に優しくて唇を押しあてた。

「じゃあ俺たちは帰るから」

そう言ってふわりと彼女を抱き上げる。
そして倒れているひったくり野郎を一瞥し、「そいつの処理頼む、弁護士さん」と、にやっと笑って僕に背を向けた。


ああ、今日は満月だ--。
今、たっぷりエナジィを吸いとった上に、満月!

--琴子ちゃん頑張れ!

明日はきっと起き上がれないんだろうな。きっと。
僕は立ち去って行く彼らの姿を暫く見つめ続けていたのだった--。




※※※※※※※※※※※※※※※

まだ終わらないのです………
あと一話くらいで、第一夜を終えられるかと………(^^;





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ぴんく★りぼんな話(あとがきにかえて)



『ぴんく★りぼん』は、今年の3月頃に書いたお話です。イリコト創作としては三作目。(一作目、二作目は諸事情があってまだ寝かせてます)
きっかけは、単に自分も琴子ちゃんと同じAカップなので、マンモグラフィ検査、琴子ちゃんも受けたら痛いぞ、検査技師さんに申し訳なく感じるぞ、と思ったことから。
あと、職場のまだ二十歳そこそこの女の子が、胸にしこりが出来て……と大騒ぎだったので(お母さんがもう、真っ青になったそうです。そりゃそうだ………)結局彼女は良性の脂肪腫で、その話を参考に半年前に書いたのでした。彼女は結局切らなくても大丈夫と言われたのでそのまま放置してるようですが。でも年に一回は検診に来てと言われているのに、マンモが痛いから嫌と行ってないらしく、最近叱ってやりましたが………。
それと、実はあたしの母が乳癌で左乳房全摘しているのです。母の癌が分かったのは75歳の時。驚きました。その歳でもなるのかという驚き、そしてどうも長いこと放置していたようでかなり大きかったので、転移の不安もありました。ショック過ぎて、あたしの胸まで痛くなり、思わず乳腺外科に駆け込み診てもらいました。結局精神的なものだったようで何もなかったです。その時、遺伝性のある乳癌は少ないから親がなったからとそんなに不安がらなくてもいいと医師から説明されました。
母はその後抗ガン剤治療やホルモン治療を受けながら、転移はあるものの、今のところ元気です。腫瘍マーカー値はどんどん上がっているので心配は心配ですが、高齢なので進行が遅いようです。

けれど。実はつい最近またまた衝撃の出来事が。
夏に受けた乳癌検診の結果が、9月の頭にきて。『左乳房に腫瘍あり、要精密検査』。もう、頭が真っ白になりました。胸に出来るしこりの殆どが良性、とは分かってはいましたが、やはり母がなっているので、自分も悪性じゃないかと不安になりました。もう、翌日前回行った乳腺外来に診てもらうまで、生きた心地がしませんでした。心拍数上昇、食事も喉を通らず、で。まさに入江くんのようにまんじりとしない夜を過ごしました(^^;
琴子ちゃんのバースデーイヴの開設を目指してブログの準備をしていたものの、こりゃ創作ブログなんてやってる場合じゃないや、闘病ブログになるかも、なんてこと考えて。娘にも、申し訳ないなと思ったり。ばあちゃんと、母と続けて乳癌になったらこの娘も怯えて生きなければいけないのかと。
でも、そんな不安な日は1日で終わり、翌日エコーで診てもらったら、あっさりそんなに心配しなくても大丈夫ですよ、と言われて一安心。確定診断は細胞診の結果が出るまでは分からないけれど、良性の可能性の方が高いし、万一悪性でも小さいから完治出来ると云われてやっと、ほっとしました。プロは、エコーのモノトーンの画像のしこりの濃淡で悪性かどうか分かるようです。
一週間後の細胞診の結果も良性と出て、切っても放置でもどっちでも良いと云われ、あたしは切る方を選択。実を言うともともとしこり体質(?)で、子供の頃からからだのあちこちにしこりが出来てその度に摘出してるので、切るのに躊躇はなかったのですが、あたしの周りの良性腫瘍保持者(意外に何人かいる)はみんな温存してます。切るの恐いようです。しこり切るのにちゃんとオペ室に入ったのは二回くらい。だいたい診察室の隣の処置室でちゃちゃっと切ります。そりゃ痛いですよ、麻酔が………。
今回も軽~い感じで、「じゃあ来週切ろうか」と。で、実際、処置室どころが診察室にあるベッドの上で切られましたから。所要時間30分。きっと入江くんなら半分の時間で出来ただろう………(..)一センチくらいの腫瘍だったので針も三針くらい。まあ、麻酔効いてても意外と痛かったですけどね。ああ、この手は入江くん、入江くんの手よ~と、妄想しながら痛みを逃がしておりました。(実際は普通のおっさんの先生)(^^;

と、まあ、発覚から切除まで2週間足らずのドタバタでしたが、お陰様で9月の末にはスッキリとブログを始めることが出来た、というわけです。


10月はピンクリボン運動の強化月間だそうです。今日、第三日曜日に全国どこでもマンモグラフィ検査を受けられるという企画もあるようです。
日本人女性の20人に1人がなると云われている乳癌です。あたしも今回は良性だったけれど、高齢でなった母を思うとこの先も一生検診を受け続けると思います。
そして、早期発見出来れば完治出来る病です。ぜひ年に一回の検診を受けて欲しいと思います。自分の為にも。家族の為にも。(1年おきに、マンモ、エコーと交代で受けるのが良いようです)


無論、その他の検診もね!



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ののの

Author:ののの
管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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