月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 2



「こちらです。どうぞ」

僕はカチャリと玄関のドアを開けると、二人を中に招き入れた。

「ふふっワタベさん、どうもありがとう」

ふわりと、彼女--入江琴子さんが微笑みながら中に一歩足を踏み入れる。

惜しい、僕、ワタナベです。もう3回目なので、流石に訂正するのも面倒で苦笑いでスルーする。そういえば飛行機の中でもやっと名前覚えてくれたの最後の方だっけ?

「わーっ懐かしい! ちっとも変わってないわ」

琴子さんは、嬉しそうに目を輝かせて玄関ホールからリビングへ走って行く。

世田谷の閑静な住宅街の中でも、森のような広大な敷地の中にある瀟洒な洋館。随分と古い、それこそ築百年くらい経っていそうな趣がある石造りの屋敷だ。時折風も通し、掃除もメンテもマメにしているが、やはり入った瞬間カビ臭さが鼻についた。

「掃除はしているものの、やはり何十年も人が住んでいないので………色々不自由かと」

業者は年に二回入れているし、水回りも慌ててリフォームをした。

「大丈夫ですよ。眠るところさえあればあとは気にしません」

彼--入江直樹は以前会った時と同じ黒いシャツに黒のスラックスという黒づくめの出で立ちで、その端正な顔に笑みを浮かべていた。

「けれど……『ちっとも変わってないって』奥さんおっしゃってましたけど……ここにきたことがあるんですか?」

この家は先代の当主が亡くなってからうちの法律事務所が管理し、誰も家には入れてない筈だ。業者以外は。

「琴子は出入りの庭師の娘で、何度か遊びにきたことがあったんですよ」
まるで僕の心を読んだかのようにあっさりと応える。
とりあえず納得はするものの、やはり当主の遺言と彼らとの関係が気になる。

「いったい…あなた方はこの入江家とはどういう関係ですか? 姓が同じということは親戚か何かでしょうか?」

「まあ、そんなところです」

あくまで曖昧に。はっきり応える気はないらしい。

「でも遺言を遺した入江琴美さんは30年も前に亡くなってます。会ったことはない筈ですよね……?」

僕が尚も食い下がろうとした時……

「琴美! 琴美……!」

琴子さんが、壁一面に掛けられた肖像画
の前に立ち尽くしてポロポロ涙を流していた。

肖像画は全て戦前戦後を通して入江財閥を不動のものとした女実業家入江琴美さんのものだ。
少女の頃のものから、娘時代。そして、86歳で亡くなるまでの晩年のもの。
絵画だけではなく、写真も何枚かあった。

そして、一枚の古びたセピア色の写真。
まだ14、5歳くらいの少女の後ろに二人の男女が立っていた。両親…? いや……。
その二人は--今、自分と共にいるこの夫婦とそっくりだった。

「入江くん、琴美がいるわ」

「落ち着け、琴子。 彼が居るんだぞ」

彼は妻を抱きすくめると、僕の方を指し示す。

「それに、気をつけろ。おまえ、今、映ってないぞ」

「え……?」

琴子さんは一瞬ぽかんとしたが、すぐにはっとした。
そして僕も奇妙な違和感を感じ、すぐにその違和感の理由が分かってしまった。

肖像画のある壁には大きな鏡があった。
その鏡に、彼女--琴子さんは映っていなかったのだ。映っているのは彼女を抱きすくめているように空っぽの空間を腕に取り囲んでいる彼女の夫のみ。

だがそれは一瞬のこと。
目をこすっている瞬間に、彼女の姿は鏡の中に浮かび上がった。

見間違い?

いや、そんなことは………

僕はもう一度目をこする。
鏡の中にはちゃんと二人の姿が映っていた。

けれども………

「やだ、見られちゃった?」
琴子さんが少し困ったようにこちらを伺う。

「え……今の何…? マジック?」

この鏡に何か仕掛けが? いや、そんな仕掛けを仕込める時間があるわけない。

「そう、そうなのマジックなの!」
いかにも僕のセリフに乗っかりましたという感じで彼女が云う。

「じゃあどんなトリックが……」

「そんな、トリック明かしたらつまらないじゃないですか」

にっこりと笑う彼女。

「でも……この写真は?」

僕はこの二人とそっくりな人物が写った写真を指差す。

「えーと、これは……」
途端に彼女が口ごもる。

「琴子、もういい」
彼がため息を、ついて彼女を抱き寄せる。
「どうするの? 記憶変えちゃう?」
ぼそぼそと小声で話しているが、丸聞こえだ。

記憶……かえる?

「いや、彼には暗示が効かない。飛行機の中でも試したが……たまにそういうタイプの人間がいるんだ」

「暗示?」
僕の問いには応えずに、
「だからこういう人間にはストレートに言った方がいい」
彼はまっすぐ僕の方を見て、ふっと笑う。

「どのみちエネルギー補給の為に人材を確保したいとこだったし。この前味見した時、なかなかのいいエナジィだったからな。出来れば円満かつ友好的に俺たちの食糧となっていただければと」

「しょ……食糧?」

えーと、どーゆー意味かなぁ?

そして彼がバンっと鏡を叩く。
すると、鏡の中には--彼も彼の妻も映っていなくて。ただ、呆気にとられ茫然と鏡を見つめている僕が映っているだけだっだ。

「えーと……?」

君たちは……もしかして……

「ゆ、幽霊?」

「えーっぶっぶーハズレー」
俺の叫びに琴子さんが可愛くダメ出しする。
確かに、幽霊じゃないな。何度か彼らに触れたが実体はちゃんとある。

じゃあ、一体君たちは、何者?

「俺は俺が何者なのかは分からない」

彼がすうっと俺の方に近付いて俺の首筋に手を翳す。

「ただ、自分が人ではない者だと云うことは分かる」

彼の美しい瞳が間近に迫り……うわあっドアップ! え、まさか君、そっちの気がっ
えっえっえっ? 瞳が赤い……? 血のような……

彼の指先が俺の首筋に当たった途端に、ぐらりと世界が歪んだ気がした。
すうっと血の気が引く。
この感じ……前にもあったな……飛行機で……

「立っていられないでしょう? ソファに座ってください」

僕は崩れ落ちるようにソファに倒れこんだ。

「いったい…何を……」

「すみません。少し貴方の生気--エナジィをいただきました。でも大丈夫です。機内でもすぐに回復したでしょう?
生活に支障が出るほどはいただきませんので。ただ、ちょっとくらくらっとするだけです」

「エナジィ? それって……」

赤い瞳。生気を吸うもの。鏡に映らない、人ではないもの………

「ヴァンパイア……?」
声が掠れる。ヴァンパイア……吸血鬼……

「そうですね。人間たちの概念ではそれが一番近いかもしれない。尤も、必要なのは生気だけで、血は吸わないし、牙もないですよ。十字架もニンニクも平気です。銀の弾丸も、心臓に杭を打たれても多分死にません。生気を吸った相手が仲間になることもない………ので、出来れば定期的に貴方のエナジィが欲しいんです」

「死なないって……ずっと生きてるのか?
いったい…どれくらい……? もし生気を吸わないとどうなる?」

「さて……人間から生気をいただかないと、恐らく死んでしまうでしょう。けれどもらい続ける限り、永遠に生きています。年も取らす、死を恐れることもない。俺は千年。琴子は四百年生きている--」

今だ赤い瞳のままの彼は、とても四百年生きているとは思えない少女のような妻を抱き寄せて、婉然と言葉を紡ぎ出していた--。




※※※※※※※※※※※※※※※

ああ、また終わりませんでした。ハロウィンまでには終わるかな~?


明日明後日は、実は別のお話をアップしたいと思っているので、続きは土曜日以降になるかと………待っている人もいないとは思いますが……(^^;



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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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