斗南大学付属病院には二つの中庭がある。
一つはA棟とB棟の間にあり、二つの棟を繋ぐ連絡通路自体がガラス張りのカフェスペースとなっていて、そこからそのまま出られる中庭は、『フラワーガーデン』と称され、皆の憩いの場となっている。池や噴水、寝転がれる芝生もあり、ベンチも幾つか配置されていて、散歩する患者や休憩する職員で昼日中は随分賑やかである。
特にこの時期というと花壇の花々が見事に咲き誇っている。
ペチュニア、ムスカリ、インパチェンス、マリーゴールド。春からのビオラやパンジーも手入れが良い為か、まだまだ見ごろだ。
それに今が盛りなのは院長が丹精している薔薇のアーチだろう。小花から大輪まで、赤や白や黄、オレンジと色鮮やかに周囲の緑を背に映えわたっている。

けれどもう一つの中庭――B棟とC棟の間のスペースは、『裏庭』と称され今一つ冴えない空間であった。
ベンチもなければ、花壇もない。
ただ一本の大樹が其処に在るだけ。
けれどその大樹は、四月の終わり頃から五月の初旬までのほんの短い期間だけ、それは見事な白い花をつける。細長い四つの花びらが幾つも集合し、雪が降り積もっているかのような、幻想的な光景。
だが、その美しい姿に気づく人は少ない。
この中庭を取り囲む建物には窓があり、この大樹をのぞむことは簡単だが、この地味な庭にいちいち目をやる者は滅多にいないようだ。
棟と棟を繋ぐ連絡通路は東側西側と二ヵ所あり、文字通りこの中庭の四方を取り囲んでいる。通路は全面開口の大きな窓となっていて、どの階も見晴らしはよく、白い花の咲くこの時期だけは立ち止まってその見事な大樹を眺める者もいるのだが、ほんの一時だけのことである。

そして。その大樹を間近に見られるB棟三階の窓から、その美しい白い花の開花に気付きつつも、ただぼんやりそれを眺めるだけのナースが一人――。



「は~あ……」
琴子は休憩室の窓から顔を出し、外に向かって今日何度目かの盛大なため息をついた。

「なーに、ため息ついてんのよ。幸せが逃げて行くわよ」
後ろを通り過ぎるついでに、幹が琴子の頭をぽんと書類で叩いていく。


「いったぁ、モトちゃん……だってぇ……入江くんがぁ…」
窓枠に肘を付き、はあ、ともう一度ため息をつく。

「ああ、入江く先生ね。いつ帰ってくるんだっけ? アメリカから」

「今日帰って来るの」

その割に浮かない様子である。
ほぼ10日ぶりに愛するダーリンが帰って来るのだ。いつもならば狂喜乱舞、朝からウッキウキて仕事にならないくらいだろうに。

「それで今日半休だっけ? もうあがるの?」

「うん、入江くんいつ帰るのか分からないけれど、晩御飯美味しい和食準備しとかないと」

「あんたが作るの?」

「……だ、大丈夫よ。お義母さんと一緒に
作るし」

「……まあ頑張って。あんた顔色悪いわよ。どうせ入江さんがいないからって食欲不振で貧血気味なんでしょ?」

「…うっ。まあ、そうだけど」

アメリカのH大で行われる学会に参加する教授に随行し、旅立って行ったのは10日前のこと。
無論短期間だし、琴子も仕事が忙しい。神戸の時みたいに拗ねたりごねたりせず、笑って送りだしたのだ。
けれども例の如く2、3日で直樹不足症候群が発病し、テンション下がりっぱなし、食欲も失せて、鬱気味で失敗も多い。

「たかだか10日で何よ。神戸の頃はもっと会えてなかったでしょ」

呆れたような顔をする幹に「そうだけどさ」と、目を伏せて呟く。「あたし、五月病かも」

「何よ、五月病って」

「なーんか気が滅入る……っていうか、憂鬱というか…」

「もう、しっかりしてよ! 琴子は元気だけが取り柄なんだから! 旦那の姿が見えないくらいで何よ、そのていたらく」

まあ旦那の存在が琴子のすべてなんだけどね。
分かってはいるのだけれど――と、幹はふぅとため息をつく。

「だって…アメリカ行く前だって、ずっとシフトが合わなくて一週間近くスレ違い生活だったのよ?」

「…ああ、それで欲求不満?」

「そうよ、欲求不満……って、そっちの意味じゃないわよっ」

突然ぼんっと真っ赤になって抗議する琴子に思わず吹き出す。

「…まあ、間違いなく入江さんは欲求不満でしょうね」

「へ?」

「なんでもなーい。でも今日は帰ってきて夜は一緒に過ごせるんでしょ?」

2週間以上かぁ――こりゃこの子、明日はよろよろね、と思いつつ心の中で合掌する。

「多分……全然連絡くれなくて……昼頃着く飛行機の筈なんだけど……」

そう呟いて、琴子は見える筈のない飛行機の姿を探すように、窓の外の抜けるような青空を見上げた――。



※※※※※※※※※※※※※※※

前後編程度のボリュームの話なんですが……4、5話くらいに分けてアップするかも、です。

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2014.09.29 / Top↑
とりあえず。

何とか初めてのお話を琴子ちゃんのバースデーにアップすることができました。
もう、0時ジャストに素敵サイト様方がそれはそれはじんわりほっこりするお話をアップされていて、それを読んで自分はもう上げなくていいんじゃないかとも思いましたが。
リアルで読んでる方も殆どいないとは思いましたが、ある意味自己満足です。

昨年の日キス1でイタキス二次の世界に嵌まりました。
イタキス自体は、アニメでがっつりファンになり、台キス、韓キスを経てやっと原作を大人買いし、(未完なのが悲しくてずっと買えなかったけれどどうにも我慢出来ず買ってしまったのが三年前)原作の世界にどっぷり嵌まり、自分で隙間や未来の話を妄想していました。まさか、すでに色々な方がネットの世界で表現されていたとも知らずに。
実は日キスであれこれ調べ始める前まで全くのネット音痴でした。家族のパソコンも触れることもなく、検索も旦那や子供任せ。携帯もガラケー時代はネットは使ってませんでした。スマホになり、少しずつネットは使うようになったけれど、人様のブログを覗く習慣は全くなく、芸能人のブログさえ滅多にみていませんでした。
それが日キスがキッカケに生活一変。
日がな一日イタキス二次を読み耽る日々。そして、自分でも今まで妄想していたあれこれを書いてみたいと思うようになり、二次の素敵な書き手の皆様からさらにあれこれ触発され、妄想が押さえられなくなりました。
実は去年の秋辺りから、ちまちまとスマホのメモ欄にお話を書いていました。……パソコン使えないから、ブログなんて無理よね……と思いながら。
でも、今年の春あたり、やっぱりやってみたいとアメブロやFC2さんに登録したりして。
けれどどうにもメモ欄のお話をコピペして貼り付ける、という簡単そうなことが出来ず、挫折。
けれど、やはりこっそりとお話は書いていました。
そして、今回FC2さんのブログアプリをインストールしてみたところ、割と書きやすく、今までのを貼り付けることは出来ないものの、保存して書き貯めて行くことは出来そうなので、思い切って開設することにしました。
自分のブログバースデーを琴子ちゃんのバースデーイブにしようと企み、初出も誕生日ネタで用意して書き上がっていたものの、結局推敲しながら打ち直しているので時間がかかりました(^^;

多分しばらくは貯まったお話を打ち直してアップしていくと思います。
どれだけ続けて行けるかわかりませんが、お付き合いいただけるとうれしいです。


今回の西暦シリーズ(?)、実は1997年(神戸ですね)と2000年(琴美ちゃん誕生)の誕生日ネタも考えていたのですが、2000年は素敵サイト様のP様と似ていたので書かなくて良かったっと思いました。……来年の誕生日に書いてしまうかもしれませんが(^^;でもあんな素敵に叙情的にお話紡げないので………

西暦シリーズ、年代がはっきりしているだけにどこまで時事に忠実にすべきか悩みました。なるべく時代考証したいとは思いつつ、カプチーノのフォームミルクをつくる電動泡立て器……我が家の百均のスティックタイプをイメージしてましたが、この頃にないだろーなとか……いや、それ以前に20年前に百均あったっけ?とか。まあ、ダイ〇ーはもうあったようですが、私はセリ〇で買ったんだよな………結構いい加減です。
っていうかカプチーノ、家で作ったりするのこの頃一般的じゃないよね、とか。カプチーノマシーンとかエスプレッソマシーンとか入江家お金持ちなんだからありそうな気もするけれど。カプチーノマシーンのメーカー、デロンギ、1995年設立だし。考え始めたら、深い迷宮に陥ってしまいます。もう、笑ってスルーして頂けると嬉しいです。

そして、また明日から西暦シリーズアップします。実は長編のストックがあるのですが、それはその後で。朝の連続テレビ小説のようにちょっとずつ打ち直してのアップになると思います。

お暇な時、たまーに覗いて頂けると嬉しいです\(^o^)/




※10/1少し修正しました。

2014.09.28 / Top↑
琴子ちゃん、ハピバ♪



※※※※※※※※※※※※※※※



カーテンの隙間から射し込む日差しが琴子の顔を掠める。

「……う……ん」

眩しくて、顔に手を翳す。そして隣にいる筈の温もりを求めて反対側の手を伸ばした。

「あれ…? 入江くん……?」

ぽっかりと空いた空間に気が付いて、琴子は慌てて飛び起きた。
身体を包んでいた羽毛の布団がずり落ちて、生まれたままの肩や胸が露になり、誰もいないのに慌てて胸を隠す。

「あれ…入江くん、もう起きたんだぁ」

今日から大学は試験休みだ。例年この時期は前期試験の真っ最中なのだが、今年は日程の変更があって昨日で試験が終わり、大学に入って初めて気楽な誕生日を迎えられそうである。

誕生日ーーそう、今日は琴子の22歳の誕生日。大学生活最後のーーそして、結婚して初めてのバースディ。

結婚して初めての………………

「……いやん///」

琴子は昨夜のことを思い出して真っ赤になる。まだ唇が腫れぼったい。まさか、タラコのようになってないわよね?と、指で唇を軽くなぞる。
布団をめくり、何も身につけていない自分の肌を見る。
余すところなくつけられた赤い花びら。


ーー誕生日、何か欲しいものあるのか?

直樹の珍しく優しい問いに琴子は必死で考えた。欲しいものーーモノは1つも浮かばない。

愛してるよ、琴子。
大好きだよ、琴子。
世界中の全てを敵に回してもおまえを守るよ、琴子。
おまえの全てがオレのものだよ、琴子。

ドラマにでも出てくるような歯の浮く科白の数々が頭に思い浮かんだが、それを直樹に言って、と頼むのは少し勇気が足りなかった。
「アホか」と一蹴されるのが怖かった。
そして漸く思い付いたのがーー

「キスして。……いっぱいキスして」だった。

一般的に『好き』という言葉をねだるより、『キス』をねだる方が大胆なような気がするが、直樹にとっては、キスよりも言葉を紡ぐ方がハードルが高いということは、10ヶ月を迎えた結婚生活でよくわかっていた。

それでも唇からロマンチックな睦言を囁いて欲しいと常に全開で願っているのだが、その願いはもしかして凄まじく贅沢な願い事なのだと身に沁みる日々だったりする。
そして逆にキスはーー入江くんってキス魔? と思うくらい何のてらいもなく琴子の唇に落とされる。嬉しいけれど、それが屋外だったりするとやはり恥ずかしさが先に立つのだけれど、直樹にはそういう感覚はないようだ。無論人前で態々するわけではないのだが。




「…いっぱいって、何回くらい?」
直樹が意地悪く訊ねる。

「…え……と…百回……?千回……あっ……やっ…ダメ……!」

だいたいズルいと思う。
「誕生日に何が欲しい? 」 なんて、琴子が直樹の下で忘我の状態の時に訊ねるのだから。
まともに考えることが出来る筈もないのに。

そして琴子の求めたものはまさしく直樹があげたいもので。

「お安いご用。千のkissに、百本の薔薇をつけてやる」と、にやりと笑う。

結婚して初めて迎えた誕生日の夜、まさに0時を迎えたその瞬間、おめでとうのkissでも貰えたらーーと、ちょっと可愛い妄想を前日まで抱いていたわけなのだが。kissどころか、全身で繋がったまま誕生日を迎えてしまっていた。そして恐らく直樹は快楽の頂点を迎えるその瞬間に0時が来るよう狙っていた節がある。
………………それは、それで幸せな瞬間だった訳だけれど…。


そしてその夜ーーいや、ほぼ朝方まで。琴子の唇が腫れ上がるくらいの貪り尽くすキスを与え、身体中痕がないところはないくらいに、その白い滑らかな肌に赤い薔薇の花びらを散らしたのだ。

「奥さんの誕生日の要望だからな。全力でプレゼントしないとな」

実のところいつだって(夜は)全力なのだが。


「でも、やっぱりいつもより優しかったかな…?」
……優しくて…激しくて。
すっかりこの行為に身体は慣らされてしまったけれど、何処か心は羞恥心が邪魔をして付いていけない部分もある。けれど昨夜は何も考えられないくらい翻弄され、直樹によってもたらされる快楽に随分忠実だった気がした。

「これで大丈夫かな?」

琴子は項の赤い痕を隠すようにタートルネックのシャツを着て鏡の前でチェックする。
取り敢えず唇も著しく腫れてるわけではないようだ。


階下に降りて行っていつも通り真っ直ぐ父の和室に向かい、母の仏壇の前に座る。

「あれ? お父さん、今日もうお線香あげたの?」

琴子は微かに漂う線香の薫りに不思議そうに父を見る。
そう言えばまだ寝ていることの多い父の布団が今日はもう仕舞われている。

「いや、さっき直樹くんが来てね」

「え?」

「母さんに随分長く手を合わせてくれていたな」

「……入江くんが?」

琴子は驚いた。

「ああ。おまえを生んでくれてありがとうと言いたいってな」

「………!」

その言葉を聞いた途端に琴子の大きな瞳から涙が溢れ出す。

「母さん、琴子はいい旦那さんを掴まえたよ」

重雄は琴子の隣に座り、手を合わせて報告する。
琴子も流れる涙を拭った後、手を合わせて目を閉じる。

ーーお母さん、あたし幸せな誕生日を迎えられたよ。本当に生んでくれてありがとう。





リビングに行くと、丁度直樹がキッチンでミルで惹いたばかりのコーヒー豆をフィルターに入れているところだった。

「あ、入江くん! あたしが入れるよ!」

慌ててキッチンに駆け込む琴子に直樹はあっさり場所を譲った。

「じゃあ頼む」

「うん。あれ? お義母さんは?」

「ゴミ出しに行ったままかれこれ30
分帰って来ないな。多分ご近所さんと井戸端会議じゃないか?」

「ふふっ収集車来ても喋ってるもんね」

そうこうしているうちにケトルのお湯が沸く。

「入江くん……ありがとう。お母さんにお参りしてくれて」

沸騰の沫が収まってから、ペーパーフィルターの中の茶色い粉末全体にゆっくりと均一にお湯を落とす。

「…別に…。なかなか墓参りとかは行けないからな」

じっくりと蒸らしながら20秒。ぽたぼたとサーバーに落ち始めたのを目安に再びお湯を注ぐ。豆を惹いただけで十分キッチン中に溢れていた薫りが、抽出によって部屋中に拡がっていく。

「あ、豆、二杯分だから。おまえも飲むだろ?」

「あ、うん」

直樹はキッチンから出ずに暫く琴子の手元を見ていたが、思いたったように冷蔵庫を開けて牛乳を取り出す。

「あ……」

「おまえ、カプチーノだろ?」

「うん!」

直樹が耐熱カップに入れてレンジでミルクを温めている間に、琴子は食器棚から二人分のカップを取り出す。
お揃いのペアマグは紀子が買ってきたものだ。二つを向かい合わせてくっ付けると、男の子と女の子がキスしているようになるもの。
一度も使ったことがないけれど、今日は誰もいないから出しちゃえとサーバーの横に置く。
直樹は一瞥して顔をしかめたが、何も言わなかった。

琴子は2つのカップにコーヒーを注ぐ。男の子のカップにには並々と。女の子のカップには半分くらい。

「本当はエスプレッソ3、スチームミルク3、フォームミルク4の割合が正式らしい」

「フォームミルク?」

「泡立てたミルク」

そう言いながら電動泡立て器でミルクを撹拌する。

「カフェオレとカフェラテとカプチーノの違いって何なの?」

泡立てたミルクを琴子が注ぎながら直樹がすらすらと答える。

「カフェオレはフランス語。カフェラテはイタリア語の造語。まあカフェオレはコーヒー牛乳で、カフェラテは牛乳入りエスプレッソだな。カプチーノは、エスプレッソに泡立てたミルクを入れたもの。はい出来上がり」

渡されたカップを持ってダイニングの椅子に座る。そして直樹も琴子の向かいに座った。
そして二人でゆっくりと味わう。

「…やっぱり、おまえの淹れたコーヒーの方が美味いな」

一年前のことを言っているのだと直感的に察した。琴子も二人でキッチンにいる間一年前の誕生日の夜のことを思っていた。
あの夜も幸せだった。けれど暗闇の中のささやかな幸せに追い縋っていたあの頃と、今の、特に何も特別なことはないけれど日々が平穏に過ぎていく幸せに溺れそうになる感覚は、全然違うものだった。

「入江くんのカプチーノも変わらず美味しいよ」

休みの朝のゆったりした時間が二人の間を通り過ぎて行く。

「太るぞ」

「へっ?」

「砂糖。また4つ入れただろ」

「そ、そう?」

「……甘そう」

「…いいじゃん……朝だし」

「昨夜いっぱい運動したし?」

意地悪くにやりと笑う直樹に、「言わないのっ」と顔を赤くして抗議する琴子。
そのまま頬を膨らませる琴子の様子にふっとその表情が面白がっているものから穏やかな笑みに変わる。そして、指先を彼女の口元に持って行き、唇に付いている泡を指で掠めとると、その泡をペロリと舐めた。

「…やっぱり甘い」

そしてやはり顔を真っ赤にさせる琴子に、昨夜あれだけ乱れた姿を互いに見せあって、一年前とは全然違う距離にいるのに、何故こうも全く同じーー初々しい反応を示すのだろうと、可笑しくなる。

「やだぁ~ すっかり話し込んじゃったわ~」

紀子の甲高い声が玄関から響き渡る。

「あ、お義母さん」

琴子が立ち上がると、スリッパのパタパタする音と共に紀子がリビングに入って来た。

「あら、琴子ちゃん、起きたのね。もっとゆっくり寝ていてもよかったのに! お休みだし、お誕生日だし! あ、お誕生日おめでとう! 言い忘れるところだったわ」

「ありがとございます」

「もう、お兄ちゃんはちゃんと琴子ちゃんにおめでとうって言ったの? プレゼントはあげたの?」

紀子の問いに一瞬空を見つめた琴子に、「言ったよな?」と、目配せをする。

「え? あ、うん……」

言われたような気もするが、今ひとつ記憶がさだかではない。いや、どちらかというと言われてないかも……?
何にせよ誕生日を迎える瞬間は………

「プレゼントもあげたし。奥さんご所望のモノを」

「まあ、何かしら?」

目を輝かせて食い付く紀子に直樹はにやりと笑い「ナイショ。なあ、琴子?」と、一言。そして、琴子は真っ赤になり……
何かを察したのか、ふふんと鼻を鳴らして紀子はこれ以上言及しなかったーーが。

「で、今日はどうするの?」

「パーティーやるんだろ?」

もう何日も前から大騒ぎして家族の予定を押さえている紀子である。

「それは夜よ! 昼間はあなたたち自由よ!」

「ああ、自由に家でのんびりするよ」

「もう! お休みで誕生日なんだから、お兄ちゃん何処か連れてってあげればいいのに!」

紀子の言葉に琴子の目が一瞬輝いて、直樹の方を伺い見る。

「ダメ。こいつ勉強がある」

「えーっ! なんで? 試験終わったのに」

「そっちじゃなくて卒論。締切近いんだろ?」

「ああっ~」

そうだった、とガクンと机に突っ伏す琴子。

「そんなの今日1日くらいいいじゃない、ねえ? 琴子ちゃん」

「うっでも…」

エサを待つ仔犬のような瞳て直樹を見つめる。

「…ったく。デート代わりに図書館でも行くか? 後で本屋も寄りたいし」

「うん! 行く! 行こっ!」

琴子の顔がぱっと華が咲いたように明るくなる。
琴子は二人分のカップをシンクに持って行き軽く洗った後、ばたばたと忙しなく二階に走って行った。

「もう、たかが図書館に行くくらいであんなに嬉しそうに……。ねえ、あなた愛する妻を遊園地の観覧車とか水族館とかもう少しロマンチックな処に連れて行ってあげようという気概はないの?」

「ない!」

即答である。

「いいんだよ。あいつはオレがいるところなら何処でもいいんだから」

「んまぁ。そんなことを言っているといつか足元掬われるわよ。ホントに琴子ちゃんてばなんでこんなつまんない男がいいのかしら」

息子を扱き下ろす母を無視して、直樹は英字新聞を読みながら二階の気配に耳を澄ましていた。

パタパタとけたたましい足音が聞こえる。
直樹は新聞を折り畳むとゆっくりと立ち上がる。

「入江くーんっ! お待たせ!」

仕度を済ませた琴子が頬を紅潮させて直樹の隣に立つ。
痕を隠す為サーモンピンクのタートルネックのシャツはそのままで、薄いレースのチュニックと、小花柄のマキシ丈のスカートが愛らしい。

「行くぞ」

「あん待って」

直樹は琴子を置いていくように、さっさと行ってしまうが、玄関で、扉の向こうで、いちいち琴子を待って立ち止まっている。

「まあ」

若夫婦のそんな様子に紀子は目を細める。

「二人とも、夜パーティーまでには帰って来てね~ それまでごゆっくり!」

紀子の声に琴子が振り返り、にこっと微笑む。いつの間にか直樹に追いついた琴子はしっかり直樹の腕を掴んでいた。

「さあっ張り切って準備しなきゃね!」

紀子は幸せそうな琴子の笑みを思いだし、何故だかじんわりと滲んできた目元のものを軽く拭き取ると、キッチンへと急いだ。




「ふふっいい天気だね!」

直樹の腕に掴まりながら、晴れ渡った秋空を見上げる琴子。

「図書館に行くのなんか勿体ないか?」

「へっ?」

「例えば遊園地の観覧車とか?」

「えーっ? うそっいいの?」

驚いた琴子は腕を離して直樹の前に立つ。

「あ、でもやっぱり卒論……」

琴子は一式揃っているトートバッグの中をちらっと見た。

「いいよ。1日くらいサボっても変わんねぇだろ」

そう言って琴子のトートバッグを持つ。

「……嬉しい! 幸せっ!」

再び直樹の腕に掴まり全身を擦り寄せる。

「そんかわり、混んでても並ばないぞ」

「いいよーっあたし、入江くんが居てくれるなら何処でもいいの」

ふふっ笑う琴子の頭をくしゃっと撫でる。

「……そういえば裕樹くんは、今日学校だっけ?」

幸せそうに笑っていた琴子が唐突に思いだしたように訊ねた。

「ああ。……今日平日だし。でもなんで裕樹…?」

「うん、ちょっと思い出して。そういえば去年裕樹くんが誕生日にくれたミサンガ、結婚式の前日に切れてね」

「…願いが叶った?」

「うん! 本当に叶ったな~と思って」

「そうか」

ふっと笑って、今度は琴子に手を差し伸ばす。琴子は躊躇いがちにそっとその手を取る。

繋がった手のそのぬくもりを感じながら。
琴子の歩幅に合わせてゆっくりと。

二人はともに歩いて行く――。





――この家に住むひと全員が心から笑っていられますように………。






※※※※※※※※※※※※※※

なんとか、琴子ちゃんのお誕生日のうちにアップ出来ました。前の話が微妙に寂しかったので、幸せなお話を今日中にアップしたかったんです(^^;








2014.09.28 / Top↑





「ただいま~」

琴子が入江家の扉を開け、しんと静まり帰った玄関に入った時、ポーチライトは点いているものの誰もいないのは明らかで、それでもいつもの癖でいつもの挨拶をしながら靴を下駄箱に仕舞う。

重樹が入院して以来夕飯の仕度は琴子の役目だが、今日のように出掛ける日は、紀子が一度裕樹を連れて病院に行き、弁当など買い込んで重樹の個室で皆で食べたりしているようだ。

直樹は最近はとみに忙しくて、家で食べる機会はぐんと減った。
それが仕事のせいなのか 、見合い相手とのデートのせいなのが分からない。
ただ琴子の料理が不味くて食べたくないから帰らない――とは、思いたくはなかった。少なくとも、琴子が夕飯担当になって以来、直樹は料理については一切文句も云わず完食してくれた。自分でも相当ひどい出来だと感じた時でさえ。

誰もいないリビングの灯りを点けて、とりあえずキッチンに行き、水を一杯飲む。
時間は午後9時。そんなに遅い時間ではない。紀子と裕樹もそろそろ帰ってくるだろう。明日も学校はある。
琴子も前期試験が終わるのが明後日で、じんこも理美も「どうせ勉強してもムダ」と、琴子の誕生日の為に目一杯お祝いしてくれた。
金之助の作ってくれたケーキも美味しくて、店のカウンターの片隅で、少し目を潤ませながら食べた。
少なくとも…寂しい誕生日ではなかった、と思う。試験の出来はともかく、幸せな1日だったと。


…直樹は今日も遅いだろう。最近余り顔を合わせていない。夏休み中は会社でアルバイトをしていたから、ほぼ1日共に過ごすことが出来た。
重樹が入院し、会社が大変なことになり、でもその結果直樹が一人暮らしをやめて家に戻り、新婚生活の真似事が出来、会社でも一緒に居て――ちょっと浮かれていたのかもしれない。
――だから、バチが当たった。

直樹が医者になる夢を諦めなくてはならなくなって。
琴子が直樹のことを諦めなくてはならなくなって。

――これは天罰だ。


「ふう…」
コップを洗い軽くシンクを拭いた後、ダイニングテーブルの上に散らかっていた裕樹の教科書やノートを片付ける。どうやら紀子が迎えに来るまで宿題をしていたようだ。
そして、ふとテーブルの上に箱と置き手紙があることに気が付いた。

「…これ…!」

『琴子ちゃんへ お誕生日おめでとう。今年はちゃんとお祝いしてあげれなくてごめんなさい。ささやかなプレゼントです。受け取ってね』

『琴子、またひとつババァになったな』

紀子の綺麗な文字と裕樹の幼い文字が並ぶ。

箱の中味は以前琴子がファッション誌を見て可愛い!と叫んでいたピンクのポシェットだった。
その横には裕樹が作ったらしいミサンガ。三色ほどの紐を編み込んで、でこぼ
こしているが素朴な風合いがある。

手紙を何度も何度も読みながら、ぽろぽろ涙が零れ落ちる。

――ありがとう、おばさん、裕樹くん。

自分は本当に幸せ者だと思う。
多くの人に自分の生まれた日を祝ってもらえる幸せ。

ただ一人の人に祝ってもらえなくたって、全然平気だ。大丈夫。
――大丈夫だから。






かたん…

階下の物音に、はっと琴子は机から顔を上げた。

「やばっもう11時!」

試験勉強をしていて机に突っ伏して眠ってしまったらしい。紀子たちが帰ってきたらお礼を言おうと思っていたのに気付かなかったようだ。

今の物音は紀子だろうか。裕樹はもう寝たかもしれない。

慌てて階下に降りる。

「……入江くん?」

そこにいたのは直樹だった。
久しぶりに見る直樹の顔。パジャマ姿で風呂上がりらしい。
キッチンでコーヒーをれていたようだ。

「あ、あたしやるよ!」

慌てて駆け寄る。

「…いいよ、もう淹れ終わるから」

ほぼケトルのお湯を注ぎ終わり、ドリップからは黒い雫がぽたぽたと落ちている。サーバーには一人分より少し多目のコーヒーが出来上がっていた。

直樹は棚から自分用のマグカップ取りだし、コーヒーを注ぐ。ステンレスに黒い英字が刻まれたシンプルなマグは、以前琴子が旅行に行った際にお土産としてあげたものだった。

琴子はコーヒーの芳醇な香りが立ち込める中で、ぼんやりと直樹の手元を見ていた。
いつも自分がコーヒー係だった。この家の中で唯一自分が自信を持って出来た作業だった。でも、それすら実は直樹の方が上手なのかもしれない。自分の淹れた方が美味いな、と思いながらも面倒だから琴子のコーヒーを我慢して飲んでいたのかもしれない。
ふとそんなことを思って少し悲しくなった。

「…おまえも飲む?」

「え? え?」

不意に直樹に訊かれて、琴子は一瞬何のことか分からなかった。
サーバーにまだ少しコーヒーが残っているのを見て、自分な勧めてくれたのだと思い至る。

「今から飲んだら眠れなくなっちまうか」

「…え、あ、ううん。まだ少し勉強したいから、飲みたい! 飲ませて下さい!」

慌てて直樹に追い縋る。
その様子を見てくすっと笑うと、「そっか、今試験か」と、少し寂しげな表情になる。
試験を受けたくても学校にも行けない状況の直樹に、琴子は申し訳ない気持ちになった。

「おまえ、カフェオレとかの方がいいんだろ?」

「え、あ、うん。いいよ、あたし自分でミルク入れる」
冷蔵庫に手を伸ばそうとした琴子を直樹は制し、「いい、おまえ座ってな」と、ダイニングテーブルを顎で指し示す。

「でも」と、尚も食い下がる琴子を無視して、直樹はさっさと冷蔵庫から牛乳を取り出すと、耐熱カップに注いで電子レンジに入れた。その間に流し台の引き出しから小さなスティックタイプの電動泡立て器を取りだし、温まった牛乳をしばらく撹拌する。
琴子は流れるような直樹の手際の良さにぼんやりと見とれていた。

コーヒーの入った琴子専用の花模様のマグカップに、撹拌したホットミルクを注ぐと、コーヒーはふわふわの白い泡に覆われた。
直樹は製菓グッズやスパイス一式の入った引き出しからココアの粉末の小瓶を取りだし、泡の上にぱらぱらと振りかける。

「はい、カプチーノ。……まあ、本式はエスプレッソだけどね。あ、砂糖入ってないから自分で入れろよ」

「すごーい! 入江くん、バリスタみたい!」

あっという間に出来上がったカプチーノ。カフェオレよりも一手間掛けてくれたことが信じられないくらいに嬉しい。

琴子の座ったテーブルの上にマグカップを置き、角砂糖の入ったシュガーポットとティースプーンを手渡す。
そのまま直樹は自分のマグを持って上に行ってしまうかと思いきや、琴子の前にあっさり座った。

こんな風に差し向かいで対峙するのは久しぶりだった。
真夜中に二人きりという状況にもどぎまぎしてしまう。

直樹は自分のコーヒーを一口飲むと一瞬眉をひそめた。
直樹はブラックだ。苦いのは当たり前。なんでそんな表情をしたのかと不思議に思いながら自分はカップにぽんぽん砂糖を入れる。

「幾つ入れるんだよ?」

「へ?」

「砂糖」

「ああ、3つ」

「もう4つ入れてるけど」

「えー! あ、でも、甘いの摂った方が頭に良いよね?」

「夜は脂肪になる方が多いだろうな。糖分摂取するなら朝に摂れよ。試験の時に効果出るぞ」

「そ、そっか、へへへ」

そう言ってスプーンでかき混ぜ直樹の作ってくれたカプチーノを口に含む。

「美味しい!」

口元に泡をいっぱい付けて琴子は満面の笑みを浮かべる。
その様子に直樹は軽く口角をあげると、
「おまえの淹れたヤツの方が美味いけどな」と、ボソッと呟く。

「不思議だよな。豆も同じだし、淹れ方もちゃんとレシピ通りの手順でやってみたのに何が違うのかな?」

独り言のようにコーヒーを見つめながらぽつぽつと話す。

「そういやおまえ、緑茶とかも淹れるの美味いよな」

「…緑茶は父さんに仕込まれたけど、コーヒーはおばさんだよ。おばさんに教えてもらった通りにやってるだけ。だから、おばさんと同じ味だと思うけどなぁ」

「それが不思議と違うんだな…」

心底不思議そうにカップの黒い液体を眺める直樹を見つめ、どうやら自分のコーヒーを褒めてくれたらしいことに気が付いて少し顔が赤くなる。

その後は、二人でとりとめのないを続けた。もっぱら試験の話題が中心になる。

「出来はどう?」

「まあまあ…かな?」

「明日のは何? 大丈夫なのか?」

「国文学概論。うーん、資料持ち込みO.K.なんだけど、何を勉強していいのか分かんなくて」

カプチーノを飲みながら上目遣いで直樹の顔を伺うが、流石に勉強見てやるとは言ってくれない。……当たり前だが。

会話が途切れた時、話題をどうしようと悩み、直樹の近況を訊こうと言葉を紡ぎかけ、しかしやはり自分の中で待ったをかけた。

もし、彼女とのデートの話が出たら――そう考えただけでも胸が締め付けられる。

しばらくの沈黙の後。

「…それ……」

「…え? あ、これ?」

裕樹のくれたミサンガに直樹の視線はあった。もし裕樹が起きていたら見せようと腕に着けていた。

「裕樹くんが…」

「…知ってる。編み方調べるの、手伝ったから」

「えっ!? ウソっ」

「なんで嘘つくんだよ」

直樹のムッとした顔に、慌てて謝る。

「ごめ…入江くんが手伝ってたなんて思いもよらなくて」

つまり直樹も今日が琴子の誕生日だと知っていたということか。
では、もしかして――。
琴子はあと少しで飲み終わってしまいそうな、泡だけふわふわ残っているカップの中を見つめる。

「知ってるか? それつけたら自然に切れるまで付けっぱなしなんだぜ?」

「…知ってるわよ。切れた時に願いが叶うんでしよ?」

Jリーグが開幕したこの年、選手たちが身に着けていたミサンガが話題になった。サッカー選手の名前を少しも覚えられない琴子だってそれくらいは知っている。

「何か願い事したの?」

「…ナイショ」

少し顔を赤らめてそっぽを向く。直樹はそんな琴子の様子を見て微かに笑った。

「じゃあ、オレもう上に行くわ。仕事持ち帰ってるし」

立ち上がった直樹につられ自分もつい立ち上がる。

「入江くん、ありがとう! カプチーノ、凄く美味しかった!」

頬を染めて礼を言う琴子を一瞬見つめたあと、薄く笑う。
そして。

「ひげ、付いてる」

琴子の口元にふっと指を差し伸ばすと、その回りに付いていたミルクの泡を拭い取ってへペロリと舐めた。

「………………!!!」

「甘いな。ミルクには砂糖入れてないのに」

余りに自然な直樹の行動に、琴子はただあたふたするだけで、顔がかあっと熱くなっていく。

「じゃあな。試験頑張れよ」

「うん、おやすみ」

直樹はそのまま琴子の顔も見ずにさっさと背を向けて行ってしまった。

琴子は火照った顔を隠すように頬を両手で覆う。
誰もいなくなったダイニングに琴子はしばらくひとりで座っていた。
空っぽになって、すでに冷たくなったカッを両手で持ったまま。

これは……誕生日プレゼントのつもりだったのだろうか?
それともただの気紛れだったのか。

「どっちでもいいや…」

たまたま誕生日に直樹がカプチーノを作ってくれただけ。それだけでも、一年分の幸せを貰った気分だ。

「お母さん…今日は素敵な1日だったよ」

腕に着けたミサンガを優しくなぞる。

願い事はただひとつ。


――来年の今ごろ、この家に住む人たち全員が心から笑っていられますように…








****************

スミマセン、バースディイブなのに、ほろ苦い話で(..) なんだか、素敵サイト様のブログタイトルのような話になってしまいました。カフェラテにしようかな、とも思ったのですが、やっぱり泡立てるという一手間を直樹にして欲しかった…
明日は極甘スイートな一年後の話です。
一話で明日中に更新したいなぁとは思っているのですが^^;


2014.09.27 / Top↑
「おはよう、お父さん」

朝一番に父重雄の寝起きする和室に入って来ると、琴子はゆっくりと仏壇の前に座った。

「おはよう、琴子・・・それと、誕生日おめでとう」

「ありがとう、お父さん」

ふんわり微笑んだ後、仏壇の小さな写真に手を合わせる。倒壊した家の中から探し出したアルバムの殆どが土にまみれ、唯一無事だった母の写真は小さな集合写真のみで、拡大しても少しぼやけている。

重雄も敷いていた布団を押し入れに仕舞うと琴子の隣に座る。

ローソクに灯をともし、線香を立てた。

「お母さん、おはよう。あのね、あたし、今日で21歳になったよ。お母さんには想像もつかないよね? 大人になったあたしなんて。でも、お母さんはあたしの歳にはお父さんと一緒に暮らしていたんだよね。あたしも・・・お母さんみたいに好きな人と両想いになりたかったな・・・」

琴子が一心不乱に心の中で想うことは、ぶつぶつと言葉になって隣の父に丸聞こえだった。

「お母さん、産んでくれてありがとう。あたし、今はちょっと色々としんどいけれどいつかきっと笑って歳を重ねて行ける日が来ると思うの。少し時間がかかるかもしれないけれど待っててね」

誕生日の朝に恒例のように繰り返されてきた琴子の母への言葉。

――産んでくれてありがとう。

いつもはにっこりと告げる言葉が、どことなく寂しげで、重雄は娘の負う傷の深さに、自らの胸も何か大きな塊が鎮座しているように、ずしりと重い。

「今日は大学終わった後は店に来い。金之助がケーキ焼くとか言ってたぞ」

「えー、金ちゃんケーキも焼けるの ? スゴーイ!」
そう言った後で「あ、じんこや理美たちも約束してるんだった。二人が帰りにカラオケでパーティやろうって」慌てて父を見る。
「一応まだ、明日も試験あるから、そんなに遅くならないよ」

「その後でもいいから、店には顔を出してくれ」

「うん、分かった。ありがとうね、お父さん」

少しはにかんだように笑う。

「・・・昔に戻ったみたいだね」

「そうだな」

昔・・・4年前までの、二人きりで暮らしていた頃の、誕生日。

あの頃も、友達にお祝いしてもらった後で父の店に寄り、ささやかな祝い膳を出してくれた。

入江家に同居しはじめてから、誕生日はまるで小学生のお誕生会のように賑やかで楽しいものだった。紀子の仕切りで横断幕や部屋の壁いっぱいにつけられた折り紙が、入江家のリビングを保育園のプレイルームのように彩り、オモチャ箱の中に住んでいるようにわくわくとした。
手作りのケーキ、食べきれないくらいのご馳走、紀子からのプレゼントはいつもセンスのいい雑貨やアクセサリーだった。
そして渋々といった風に、それでも必ず参加してくれた直樹。
プレゼントをくれる訳でもなく、しかめっ面を崩すこともなく、例え紀子に脅されたのだとしても――必ず居てくれた。それだけで十分だった。

去年の誕生日は最高だった。素敵なドレスを誂えてもらい、皆から祝福され――そして直樹がプレゼントと称して一晩中試験勉強をみてくれた。

もう、あんな日々は二度と来ないのかもしれない。

直樹の父、重樹が倒れ、直樹は会社を立て直す為に、医学部に転科したばかりの大
学を休学した。そして会社の為に見合いをして――。

この嵐のような夏から秋の出来事は、あんなに明るかった入江家に陰を落とし、常に琴子のことをあれこれ気遣っていた紀子ですら、彼女の誕生日を思い出すことはなかったようだ。

それはもう、仕方のないことだ。
寂しいとか切ないとか、そんな風に思う訳ではない。
ただ昔に戻っただけ。

――入江くんは覚えているのかな? 今日があたしの誕生日って。
・・・ 覚えてる訳ないか。
考えた瞬間、自嘲気味にソッコー否定。
記憶力のいい直樹のことだから、琴子の誕生日が何月何日と直ぐ様言えるだろう。しかしきっと今日がその日だという認識はないに違いない。

それくらい彼は忙しくて。
それくらい彼は琴子のことなど眼中になくて。


そんなこと分かっていたハズ。
今更、寂しいとか悲しいとか思わない。

――ただ、あまりにも心が空虚で――やりきれないだけ。




2014.09.27 / Top↑
この度は当ブログをご訪問下さりありがとうございます。
管理人の『ののの』と申します。

当ブログは、イタズラなkissの二次創作サイトです。イタズラなkissに御興味のない方、二次創作に不快な思いを感じられる方の閲覧はご遠慮下さるようお願い申し上げます。


ちなみにこのブログの性質上、下記に該当する方のご訪問を熱烈歓迎致します。


1 ) IFでもパラレルでも何でもオッケー
2 ) 原作のイメージとかけ離れても大丈夫!
3 ) 琴子ちゃんが不幸な目にあっても(病気やら事故 やら記憶喪失やら)最後がハッピーエンドならどんとこい。
4 ) たとえ 沙穂子さんと直樹が結婚しても最後は琴子とハッピーエンドならどんとこい。
5 ) なんか似たような話読んだことあるぞ、と思っても気にせずスルーできる方!
6 ) なんかこの人の話好きじゃないや、と思ったら何も語らず立ち去っていただける方(..)



以上、つまるところどんな話でもどんとこいの方、歓迎です。
なんか注文の多い料理店みたいでスミマセン(..)
切ない系パラレル長編が多いかも、ですが、基本イリコトラブラブハッピーエンドです。それは絶対!!です。

ちなみに私、PCスキルゼロです。なのでひたすらスマホから投稿する予定。かといってスマホのスキルがあると言う訳でもなく、PCより文字打ちが多少速いだけ。でもスマホはやはり誤字が多くて(..)しかもハード面の問題が山積みで、解決されないまま、えーい行っちゃえと見切り発車です。取り敢えず琴子ちゃんの誕生日までにお話アップしたかったんですっ(^^;
恐らく更新も亀のようにのろいことでしょう。
こんなざっくりしたブログですが、お付き合い下さる方がもしいらっしゃったならとっても幸せです。

尚、多田先生の公式サイトや関係者各位とは一切関係ありません。
すべては私の趣味と妄想の世界です。
原作のイメージを大切に思われる方はくれぐれもスルーでお願いします。

ののの
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