ハネムーン症候群 ~ある大停電の夜の救急外来にて~


すみません、誕生日のお話が完結してないとゆーのに……(((^^;)

実をいうとこのお話は病院本用に書いたものなのですが、手違いやら勘違いやらの、諸事情がありまして、ブログアップすることになりましたf(^_^;





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人魚姫幻想



更新がなかなかできなくて申し訳ありません。

ちょっと仕事ハード過ぎて。
いつまで続くのかなーこんな生活……(*_*)
先が見えない………orz

平日は妄想してる時間すらない目まぐるしさ。


でも、先週の日曜、娘と四季のリトルマーメイド、観に行ってきたんですよ。
久しぶりのミュージカル、楽しかったです(^^)v

そのせいで、ちょっと人魚姫幻想妄想を。ええ、いろんなサイトマスター様方が人魚姫のイリコトバージョン書いてらっしゃいますし、特に目新しいことするわけでもないですが。

落書きとともに、短い時間でさくっと書いた人魚姫をどうぞーー。




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ソフレな関係 (後)





一話で終わらせるつもりだったのを分けたので、ちょっと短いですが……f(^^;





※※※※※※※※※※※※※※※




あの大雪のバレンタインデーから季節が2つ過ぎ、直樹の一人暮らしも半年が経とうとしていた。

琴子も念願のドニーズのバイトに収まり、トラブルを巻き起こしながらもなんとかクビにならずにすんでいる。
そして、直樹と同じように遅いシフトにいれて、ちゃっかりそのまま部屋に泊まりこむ図々しさも健在だ。
本来若い女子は深夜帯にシフトはいれないが、夏休みを前に留学するからと学生が何人か辞めて途端に夜の人手が足りなくなり、入江くんが送ってくれるから大丈夫だよ、と直樹の居るときだけ深夜帯に時折入るようになった。
もう終電がとうに過ぎた時間で、当たり前のように直樹の部屋に泊まっていく。
お陰で夏になってからの方が部屋に来る頻度が増えたようだ。ほぼ週一ペースで寄っている。

そして、相変わらず二人の間にはーー何もない。


ーー暑いから離れろ。

タオルケットを蹴り飛ばして直樹に張りついてくる琴子にそう云ったら、むくっと起き上がって勝手にエアコンの温度を少し下げた。
そして、すぐまた幸せそうに張り付いて爆睡。
無意識なのが恐ろしい。

「入江くんが暑がりじゃなくてよかった~~」

初めて熱帯夜を計測した夜、エアコンの温度を地球に優しい28度に設定していたのをみて、琴子が嬉しそうに云っていた。

「ほら、夏になるとおばさんとおじさん、エアコンの温度で喧嘩してるでしょ。あたしもどっちかっていうと冷えすぎは苦手だし」

体格のいい重樹はやはり暑がりの汗かきらしい。比べて紀子は寒がりの冷え性でエアコンの冷風も苦手だ。夫婦二人の寝室はリモコンの奪い合いで密かなバトルが繰り広げられているのだと聞いたことがあったのだ。

「それでも寝室を別けないのだから、ラブラブなのよねー。いいわよね、おじさんとおばさん。理想の夫婦だわ」


あの親しか知らないので理想といわれてもピンと来ないし、少なくともかなり規格外の親だと思う。(特に母親は)
琴子に全く言葉通り他意はないだろうが、ふと両親揃っている自分がひどく恵まれているのに、それを感謝することも出来ず蔑ろにしているような罪悪感を微かに感じ、結局それ以上何も云わずに琴子に背を向けて眠った。
とりあえずお互い体感温度にさして格差がないということはこの夏で学習した。
エアコンの設定温度で揉めることなく、快適に眠れる筈ーー
ーー琴子がうっすいTシャツやキャミソール一枚の部屋着で、直樹にぴたりと絡み付いてきさえしなければーー

理性と本能とのタイトルマッチは未だ熾烈な闘いを繰り広げていて、夏になってからは理性にとって、かなり不利な状況になっている。
しかし、母の思い通りになってたまるかという一念は、鉄の防壁を作って辛うじて踏みとどまっているのだ。
人間はどこまで性欲や情動に流されず自分を律する事ができるのかという研究論文が書けるかもしれない、と自嘲気味に思う日々である。





そろそろ夏休みも近くなり、キャンバス内がなんとなく浮き足だっている気配が感じられる頃だった。

ーー琴子に男が出来たという噂が流れたのは。

ひとつ年下の法学部の学生だという。
琴子が告白され、かなり積極的に迫られて、あの相原が了承したのだと、あっという間に噂は学内を席巻した。

どうせ、自分の気を引く作戦だろうと直樹にはあっさりと予想がついた。
またも母紀子が、少しも進展しない様子に業を煮やし、余計な入れ知恵をつけたかもしれない。

二人そろって直樹のバイト先に来てデートの相談をする辺り、かなりのわざとらしさだ。

だがそのせいか、その週、琴子は直樹の部屋にぱたりと来なかった。

それぞれに恋人が出来れば簡単に解消できる後腐れない関係ーー

ふと、『ソフレ』を検索した時に出てきた言葉を思い出した。
別に自分たちの関係が『ソフレ』などという意味不明なものだと思っていた訳ではない。端から見ればそうとられても仕方ないのかもしれないが、そんな簡単な言葉で説明は出来ない。

ーー入江くんに彼女が出来たらもう、来ないよーー

そう云っていた琴子。無論、逆もあるということだろう。

だが、勝手にずかずかと他人の領域に侵入し、勝手に来なくなる琴子に、妙な苛立ちを感じていたのもまた事実だった。




ある午後のことだ。4限目が休講になり、直樹が、松本裕子の妹、綾子に大学の図書館で勉強を見ていた時だった。
視線を感じて、窓の外を見ると琴子が少し切ないような表情でこっそりと覗いている。

なんだ。
やっぱり予想通りか。
内心妙な小気味良さを感じつつも隣の綾子に気付かれないようにしていた時ーー

一人だと思っていた琴子が、例の中川とかいう男と何やら深刻そうに会話をしていた。そして唐突に抱きすくめられ、無理矢理キスをされそうにーー


「直樹先生、実はエスパーかと思ったわ。さっきまで隣にいた筈なのに気がついたら窓の外にいるんですもの」

と、これは後々その中川武人と付き合うようになった時に語った松本綾子の弁。


直樹が外に駆けつけた時には、金之助と中川が殴り合いをしていて、横で琴子がただオロオロとしていた。

「 別にいくらおまえらが殴りあってもケンカしても血を流してもいいんだけどさ。でも、琴子の好きなのはオレなんだぜ」

本当、馬鹿らしい。

「ケンカするだけムダじゃない?」

内心の焦りを全く顔に出すことなく平然と云ってのける。

どうやら琴子の唇を死守したらしい金之助がこれ以上殴られるのを庇ったという意識は、本人には一切ない。

どうでもいいが、ほら、見てみろ。
琴子の嬉しそうな顔!

「おい、バイト行くんだろ? 行くぞ」

と一言に云うと、尻尾を振って飼い主の周りを纏わりつく仔犬のように、直樹の後を満面の笑みで付いてきた。
少し陽が傾きかけた街中を琴子と並んで歩き、連れていったのは自分の部屋。
実はバイトまでは少しまだ時間があった。

4限目がある予定の上でシフトを組んでいたので二人とも遅番だった。
まだ2時間くらいあるからそれまで部屋で時間を潰そうということだ。

いつもは夜に、緊急避難先のように、もしくはバイト帰りにそのまま部屋に泊まりに来ていたから、明るいうちから訪れたのは初めてだった。日差しが窓の高い位置から差し込み、ブラインドを通してベッドの上にゼブラの影を落としている光景が、琴子には少し新鮮だったようだ。
でも何だか妙にどぎまぎして、初めて雪の日に泊まったような緊張感が琴子から感じられた。

普通逆だろうが。

思わず直樹は心のなかで突っ込む。

ーーどうせ、『昼下がりの情事』とか思い浮かべてんだろう?

まるで直樹の言葉が届いたかのように、ぶんぶんと首を振り、そして唐突にはっと顔をあげて、
「あたしね、さっき頭の中をずっとあの曲がリフレインしていたの。『喧嘩をやめて~~二人を止めて~~私の為に争わないでぇ~~』♪」
と、歌いだす。

「なんか、ドラマみたいなシチュじゃない? あたしにだってそんなシーンを経験することがあるのよ。捨てたもんじゃないでしょ?」

「あほか」

直樹は冷めた眼で一言そう告げた。

「そんなうわっついたこと云ってるから好きでもないヤツからキスされそうになるんだ」

「………入江くんだって好きでもない子にキスできるでしょ?」

直樹の少し嫌味っぽい言い方に琴子がムッとして返す。

「……好きでもないのに無理矢理キスしたクセに」

謝恩会の日のことを思い出したらしい。

「……なんだ、じゃあ、あのままキスされても良かったんたな、あの中川って奴に。金之助は邪魔したもんだ」

分かっているクセに琴子の問いにきちんと答えを返さずひねくれた言葉を投げ付ける。

「そんなこと言ってないでしょ! あたし、金ちゃんには助けてもらってほっとしてるんだから! 入江くん以外となんて絶対に………」

そう食って掛かろうとした琴子の身体が突然ベッドに押し倒される。

「あいつとは、健全にデートとやらをしたんだろ? 男がみんな草食だの絶食だの思うなよ。世の中には物好きな男が金之助以外にもいたってのは驚きだが、あいつは全うに肉食……いや、雑食みたいだからな。キスの次は速攻ホテルに誘われてたんじゃないか?」

両手首を握りしめられ、直樹に上から押さえつけられる。

嘲笑うかのように頭上で囁く直樹に、ふと、高三の夏休み最後の夜を思い出したがーー。

「い、入江くんは、武人くんとは入江くんの気を引く為に付き合ってたって分かってたんでしょ? だったらあたしがそんなこと受け入れる訳……」

「そんな風に男を利用すると、痛い目合うぞ、っていってんだよ」

「わ、わ、分かってるわよ! 武人くんに申し訳ないからもう会うのやめようって……」

そう半泣きで叫ぶ琴子の胸が、薄いTシャツの上からぎゅっとつかまれた。

「えっえーー? ひゃああ」

思いもかけない事態に、慌てて琴子は身を捩る。

「む、む、胸………」

「あれ? これ胸だった? 肋骨の割りには柔らかいかなとは思ったんだけど」

「や、やだ………」

「やだって、何だよ。期待してんじゃないのかよ?」

笑っていた直樹の瞳がすぅっとすがめられる。ドキッとする。目は全然笑ってない。
思わず顔を背け視線を反らそうとした琴子の顎が突然、直樹の細い指に捕らわれた。

直樹の玲瓏とした美しい顔が、ゆっくりと近付いてくる。

キ……キス……! 2度目………!

思わず目を瞑る。
顔に身体中の血液が集まったように熱くなるのが分かった。
かかる吐息で唇の寸前まで来ていると思ったのにーーー

「……………………?」

いつまでも唇が触れることはなく。

「い……イタ……!」

代わりにちりっとした痛みが首筋に走った。

「な、何したのよーっ」

琴子ががばっと跳ね起きて、首に手をやる。

直樹はさっとベッドから離れクスクスと笑っていた。

何が何だか分からないがまたからかわれたらしい。

「あー赤くなってる~~!」

コンパクトを取り出して首もとを見ると薄く赤紫の痕がついていた。

「な、何? 噛んだの?」

「あほ。噛んだら歯形がつくだろう、普通。おまえキスマークも知らねーのか」

「ええっこれが噂のキスマーク!?」

再び鏡を当ててまじまじと見つめる。

「子供の頃不思議だったのよね。漫画でキスマークつけられてって……男の人、口紅付けてないのになんでキスマーク付くのかしらって」

「おまえ……マジ知らねぇの?」

「え、あ、そりゃ今は鬱血で出来るって知ってるよー。でも、実物見るのは初めて! ちょっとカンドー」

ぽっと顔を赤らめてから、ふと思い付いたように、

「そ、それに入江くんに初めて付けられた……所有の証……ってことよね!! えっやっぱり入江くん、あたしのこと好きなの!?」

「あほ! 何が所有だ! 男に対して余りに無防備だから、からかっただけだ。ほんっと、おまえ高三の夏から心身共に成長しねぇな。あの池に落ちた日におれに抱きついて誓ったクセして、胸はちっともCカップに育ってないし!」

「………そ、そう? これでも毎日牛乳飲んでバストアップ体操して頑張ってるのよ?」

そういって衿ぐりを引っ張って自分の胸を覗きこむ琴子に、直樹はぷいっと顔を背け、「ふざけ過ぎて喉渇いたな。アイスコーヒー入れてよ」と、まるで何事もなかったように素っ気なく云う。

「う、うん!」

どきどきどき。
まだ少し速い鼓動を叩く心臓を押さえながら琴子は立ち上がる。

…………なんだ……結局またからかわれただけかぁ……

な。なんか………思いっきり胸を揉まれた気がしたのだけど……(いや、鷲掴み?)
全然あたしじゃその気にならなかったってことだよね……

心の中で少しため息をつきながら………



その後は特に何事もなかったように、琴子の入れたアイスコーヒーを飲みながら、直樹はPCに向かい、メールのチェックを始めた。
まるで琴子が部屋にいることなど忘れてしまったかのように。

直樹が話し相手になってくれないのを察
すると、琴子もスマホを取りだす。
今どきの女子大生らしく友達や芸能人のブログをチェックしたり、そこから気になったショップやらサイトやらを検索したりすると、あっという間に時間が過ぎてしまう。
たまには勧められた乙女ゲームなぞをやってみたりするけれど、どうもリアルに隣にいる直樹以上に素敵な王子様に出会えたことはない。
先日理美に勧められたのが『ドSな上司と突然同居?ダメOLのシェアハウス』とかいう長ったらしいタイトルで、何だかありがちな設定だった。「なんか、このドS上司の性格入江くんに似てない?」とか云われたけれど、現実の直樹の方が全然カッコイイし、現実の方がずっとエキサイティングな日常で、仮想現実に特にのめり込むことはなかった。




「………夏休みかぁ」

文学部の知り合いが呟いていた彼氏との旅行計画に「いいね」を押して、ついちらりと直樹の方に視線を送る。
夏休みの話題が多くなるこの頃、何処か夏らしいトコに遊びに行きたいなーなどとつい思いを馳せ、直樹と何処かに出掛けるイメージを夢に描いて、あちこちネットサーフィンをしながら妄想を増大させてしまう。
旅行らしい旅行は冬休みの熱海旅行以来していない。真冬だったし、家族旅行だからイマイチときめき度合いは少なかった。今思えばあの頃直樹は将来のことを含め一人暮らしすることを真剣に考えていたのだろうなーと思い当たる。

元々客商売の家で、弾丸で秋田に墓参りに行く以外旅行など殆どしたことがなかった。

ーーカップルで旅行ってどんな感じなのかしら。

考えるだけでわくわくするけれど、デートすらまともにしたことがないので妄想の下地になるものが何もないことに気がついてしまう。

そういえば、あのハワイの旅行券は使う機会があるのかしら?
いつか入江くんとーーなんて、あるわけないか。

ハワイなんて贅沢いわない。
海や山や避暑地に花火に新しい水着に浴衣の新作モデル……
めくるめく、夏のときめきアバンチュール…………

ああ、近所のプールでも、神社の夏祭りでもいいから何処か行きたいなー入江くんと。

うん……でも、いいか。
一緒にこの部屋に居られるだけで。

ダメだなーついつい欲深なことを妄想してしまうわ。

あれこれ巡っていた琴子の妄想が現実的なところに戻ってきた途端に、

「琴子、おかわり」

その存在を忘れている訳ではないようで、当たり前のように琴子にグラスを差し出す。

「はーい」

琴子もいそいそとグラスを受け取ってキッチンに向かう。勝手知ったる様子で手際よくコーヒーを淹れる。料理は全く作らせてもらえないが、コーヒーグッズだけは琴子の自由にさせてくれる。

「いっとくけど」

よく冷えたアイスコーヒーを渡された直樹が、琴子に向かって唐突に言い渡した。

「おれ、夏休み、予定があるから。ドニーズのバイトも夏休みは入らないし、この部屋にも居ない」

「ええっ!!」

寝耳に水、である。

「おまえがあれこれめくるめく夏のトキメキプランを妄想しているようだから、一応伝えておくよ」

「え……? あたし、喋ってた?」

いつものこと過ぎて今更何も云わない。

「………入江くん、夏休み、どっかいっちゃうの?」

忽ち悲しそうな表情に一変した琴子が、直樹を上目遣いで見つめる。
打ち捨てられた子犬のような瞳が、一瞬でうるうると潤んでいる。

「………別なとこにバイト入れただけ。いっとくけど、バラさないからな」

「留学とかじゃないんだね? ほら、夏休みに短期留学する人多いから」

「短期なんて、意味ないから、行くならいつかちゃんと自分のやりたいことが決まって必要だと思えば行くさ。少なくとも今はその時じゃない」

「………そっか。まあ日本ならいいや。……1ヶ月以上会えないの、寂しくて死んじゃうかも、だけど」

「…………須藤さんが紹介してくれたバイトだけどね」

暗に須藤に訊けといっているようなものなのだが。

「須藤さん? ええーじゃあ今度訊いちゃおっ」

泣き出しそうだった顔がもうぱっと溢れんばかりの笑顔に変わる。

「………来るなよ」

直樹の釘を刺すような一言に、

「さあ……どうかなーー?」

ふっふっふっーと不敵に笑う琴子。
もうこの笑みだけで、探り出したらきっと追い掛けてくる気は満々だ。

それに気づいてるのかいないのか、直樹は再びPCに向かい始める。



ワンルームの1つの空間に、それぞれ自分の時間を過ごしながら、でもお互いの気配を常に感じてる。

なんか、いいなー。

入江家ではなかった時間だわ。

琴子は時折直樹を盗み見ながらその午後の昼下がりを楽しんでいた。

何も用事があるわけでもなくこの部屋に来て、こんな風にまったり過ごして何だか本当に彼女みたいじゃない?
まあちょっとしたドキドキも時にはあったりしてーー

ーーソフレでもなんでもいいや。

一線を越えそうで越えない関係というのは、始まらないかわりに終わりもない。
もしも直樹と恋人関係になったら、その日からいつ別れを告げられるかビクビクして過ごすような予感がする。

ーーこうして入江くんの近くに居ることを許されるのなら。



呑気にそんなことを考えている琴子に反して。

ーーバイトまでの時間、あと1時間くらいだが。

今ならーー紀子には此処にいることは知られていない、今ならーー。

先程琴子を押し倒した時に、身体の最奥で感じた昂るような熱が、未だ燻っている。
Cカップには程遠いが軽く触れた胸は、その柔らかさに奇妙な感動を覚えた。

胸は大きさじゃないんだよーー女たらしの理学部の先輩が、自慢げに己の持論を繰り広げていたのを思い出す。
信用ならない男だったが、今なら納得してしまうかもしれない。

思わずまだ感触の残っている手のひらをじっと見てしまう。

そしてーーもう1度触れたいとーー。

キスもーー。
辛うじて唇に触れるのを避けたが、あの状態で唇を塞いでしまったら確実にそれ以上の行為に発展しただろう。首筋に方向を無理矢理変えたが、吸い付いた肌は危険なくらいしっとりして甘かった。


全く、何がキスマーク初めて!ーーだ。

こいつ、雪の夜にあんなにドキドキ期待してたクセして、絶対現実に男がどんなことするか、わかってねーだろ。

1コマ目、キス。
2コマ目、上半身裸で抱き合って。
3コマ目、朝、女は男の腕に抱かれて、顔を赤らめて目が覚めるーー

琴子がうっとりと読んでいた少女漫画をちらりと覗き見たのを思い出す。
点描やら薔薇やらに埋め尽くされた幸せな情景。
おそらく琴子がイメージしているセックスはそんなもんだろう。
すっ飛ばされた2コマ目と3コマ目の間にどんな生々しい手順が踏まれるのか果たして分かっているのか。


いっそ、あのまま押し倒して、男が一体どんなものなのか、思い知らせてやればーー


いや、まて。
落ち着け、おれ。
此処でやったら多分、バイトで使いもんにならねーだろ、こいつ。
1度箍が外れたら抑えが全く効かなくなる予測はつく。

一応現実的なことを考えて、ストッパーをひとつ。

夜、遅番だから当然部屋に泊まってくよな……友達んちに泊まると連絡させて……
ラインで連絡させれば琴子の上擦った声を聞かせることもないから大丈夫だよな、うん。

いや、だから待てって。
おれは何の段取りを考えているんだ。
こいつをどうするつもりだっ?

今日バレなくても、明日こいつが帰って挙動不審ならすぐバレるぞ。おふくろの勘も動物並じゃねーか。

落ち着け、おれーー。

悶々とする直樹。

のほほんとしている琴子。

ゆっくりと夏の遅い夕暮れが、オレンジ色の光で室内を染めていく。


二人のソフレな関係は果たしていつまで続くのかーー?




とりあえず、夏休みーー清里で……何かが起きる………かもしれないーー







※※※※※※※※※※


続くのか続かないのかf(^_^)

ちょっと書いてみたかったのです。
修行僧のように野獣封印している直樹さんを!ちょっとしたザマーミロ企画(M様命名)でした(^_^;
この後、原作では清里エピ。キスをきっかけにキスフレになるとか。そしたらキスフレの後はセフレか?(それはそれでかなりな問題作)何にしろ「待て」をされてる期間が長い分、タガが外れたらケダモノ間違いないですね、この直樹さん……f(^^;

まだまだ今のところは自分の感情が何物か分かっていない無自覚野郎なので、関係が進んでも多分琴子ちゃんは不安なままでしょうね……(結婚したって常に妻を不安に陥れている馬鹿な夫なので^_^;)

帰着点が決まってないので続き(キスフレ編)を書くかわかりません……あしからず~~(^_^;)



とりあえず次は未完のものたちを片付けようと思ってますf(^_^)
何故かリクエストの多いキミゴゴを……と思っていたのだけれど、多分先に『夏休み』再開しようかと(諸事情により……)
キミゴゴ……教生シーズンの6月くらいまでには~~~(お待ちくださってる皆様、スミマセン~~)




ソフレな関係 (前)



また変な話を思いつきで書いてしまいました……f(^^;
バレンタインの前に書き始めていたのに、ちょっくら流行りにのってインフルなんぞでダウンしてまして、更新遅くなっちゃいました。(あ、もう大丈夫ですので!)



『ソフレ』(←知ってます?)という最近の言葉を使っているので現代の設定。なんとなく日キスドラマと原作を混ぜ合わせた感じです。
でも……原作とは少し違う設定です。








※※※※※※※※※※※※※※※







「おまえまた来たのかよ。こんな時間に………」

部屋の扉の前で所在無げにぼーっと立っていた琴子を見つけると、直樹は軽くため息をついた。

遅番のシフトのバイト帰り。もう0時を回っていた。

直樹の姿を見て、ぱっと顔を輝かせた琴子は、てへっと舌を出して、はにかんだように笑う。

「だって、終電乗り遅れちゃって」

「こんな時間まで何やってんだよ? 」

眉間に皺を寄せて直樹が呆れたように問う。
この辺りは街灯も多いしコンビニも近い。それほど危険な場所ではないが、いくら琴子とはいえ年若い娘がうろうろするべきではない時間だ。

「理美と一緒にじんこの知り合いのライブイベントに付き合って、それからファミレスでしゃべってたら、ついうっかり」

「石川んちへ泊まればいいだろうが?」

「まだ電車大丈夫と思って、家へ帰るつもりで、二人と別れちゃったの。ほら二人はバスの方が近かったし。でもなんやかんやあって終電逃しちゃって」

「なんやかんや?」

「酔っぱらいに絡まれたり、変な客引きに連れてかれそうになったり」

「おまえ一体どんな界隈歩いてんだ! 」

眉間の皺がさらに深くなり、直樹が苛立ったように怒鳴り付ける。

「あまり使わない駅だったから、つい迷っちゃって」

「おまえは夜の街の危険認識が甘すぎる!」

もう初夏の季節であった。
夜は薄いカーディガンなど羽織っているものの、肌の露出は多くなっている。
ましてや琴子はホットパンツやミニスカートなど、平然とそのほっそりとしたしなやかな足を見せつけて歩いているのだ。

「一応、家に電話しておばさんにお迎え頼んだの。でも、駅名云ったら、入江くんちに近いって」

「『お兄ちゃんとこ泊まってらっしゃい』ってことか」

聞いてみれば確かに一駅分の距離だが。
夜、女独りで歩かせようという方が危ないだろうと、非常識な母に心の内で毒づく。

「うん、そうなの。電話して入江くんに迎えに来てもらって、って云われたけど……まだバイト中だろうなーって…… ごめんね、いつもいつも。タクシーで帰ろうかなーとも思ったけど」

「どーせ財布にたいして金が入ってなかってんだろ?」

「ピンポーン!」

あ、タクシーは捕まえたのよ、ここまでの道順訊くために、と自慢げに笑う琴子にどっと脱力し、直樹は鍵を取り出して扉を開ける。
メゾン・ド・ジョイコブ302号室。
直樹一人だけの城だ。
初めて得ることが出来た、他人には決して侵されることのない自分だけの王国。
少なくとも琴子との同居が始まり、弟と部屋を共有するようになってからはプライバシーといえるものは殆どなかった。
別に裕樹との相部屋が苦痛な訳ではなかったが、それでもやはり一人でゆっくりと思考に耽る時間と場所が欲しかった。
親の脛をかじりながら、親の仕事を継ぐのがイヤだとごねるのも愚かしいことだと分かっていたからーーある程度自立した環境で将来についてじっくりと考えたかった。
その為に得た部屋だ。
誰にも、親にすら立ち入らせない不可侵の聖域。

ーー4か月前、バレンタインディの大雪の夜に琴子を泊める前までは。

まさか、たった一ヶ月しか完全なる孤高の日々を保てなかったとは。

直樹のバイト先で胃痛で倒れ、誰も招いたことのない部屋に初めて琴子を連れてきた。
紀子の思惑もあって、結局そのまま泊める羽目になった。

そして同じベッドに眠ることになりーー
琴子に蹴りあげられたり乗っかられたりしながらも、時折掛かる甘い吐息に妙な感覚を呼び起こされる戸惑いに耐えて、まんじりとしない夜を過ごしたのだ。眠れたのは朝方になってようやくだった。

母の思い通りになってやるものかという意地が、ともすれば揺るぎそうになる理性を叱咤したのだ。

そして夜が明け、何事もなくいつもの日常は過ぎていく筈だった。

母がいつも通りSNSに二人が一夜を過ごしたことを自作の予想絵図とともに大袈裟にアップした。それは想定内の出来事だったのだが。
もっとも、母のそうした行為は、琴子との同居が始まって、勉強を教えながらうたた寝してしまったショットをSNSにアップされて以来、ほぼ日常的にあることなので、周りもあまり本気にしていない。
顔だけは世間に晒すなときつく言いおいてあるので(一度ネットに写真を載せた為に芸能事務所や出版社からの問い合わせがあまりにもひどかった)ハートマークで顔は隠すようにはしているが、分かる人には分かるという感じだ。

二人の間に何かあるのか、いやそりゃ一緒に暮らしてりゃなんかあるのが普通だろう、いや、今までの写真はあの変わり者のおふくろさんの妄想劇場らしいぜ、あの写真、全部CG加工だろ? などと好奇な噂は絶えないが、真実は誰も知らない。

その時も、母のラクガキ付きの呟きだけで、特に証拠写真があるわけでもないから、一瞬ネットや大学のキャンパスはざわめいたがすぐに沈静化した。

それで終わる筈だった。

いや、イヤな予感はしたのだ。
琴子に部屋の場所を知られてしまった。
夜、しかも雪の日で、方向音痴の琴子が道を覚えていられる筈などないだろうと高を括っていたのだがーー
こと直樹に関しては驚異的動物的直感能力を発揮するのが琴子なのだ。

2度目に琴子が直樹の部屋を訪れたのは、また寒い夜だった。バレンタインから2週間後。
後期試験が終わり、皆で打ち上げに飲み会をした帰り、電車が事故で止まってしまった。タクシーも代替バスも長蛇の列で、紀子に電話をしたら『ワイン飲んじゃったから、お兄ちゃんのところに泊まってね』と云われたのだという。

「ご、ごめんね~~」
といいつつ、直樹の部屋を突然訪ねてきた琴子。
結局、再び泊める羽目になった。
そしてまだ肌寒い季節だったのでやはり同じベッドで眠った。

ーー2度目の夜も、当然何もなかったのだが。
母から電話で「琴子ちゃんをよろしくね。そして、頑張ってね」と妙なエールを送られては、どうこうする気も殺がれるというものだ。

けれどここで、きっちり断らなかったことが仇をなしたのか、あるいはすっかり味をしめたのか、それから度々琴子は部屋を訪れるようになった。
うっとおしい程の頻度ではないが、月に1、2回は襲来しているのではないだろうか。

いわく、「おばさんにおかず作り過ぎちゃったから持っていってって頼まれたの……」

いわく、「そろそろ衣替えした方がいいんじゃない?って着替えを渡されて……」

いわく、「英語のレポート、教えてほしくって」

ーーと、段々図々しさが増してくるのは否めない。

追い払えばいいものの、別に部屋にいても害はないし、少し禁断症状が出ていた琴子の珈琲が飲めるのなら、ま、いいか、となし崩しに部屋に来ることを容認してしまっていた。

そして。いつの間にか部屋の中には琴子の物が、じわじわと増えてきている。

洗面所には100均で揃えた歯ブラシとプラスチックコップ。
コンビニで買ったトラベル基礎化粧品セット。
キッチンには、いったいいつ持ってきたのか、ペアのマグカップまで置いてある。
クローゼットの端に紙袋に入れられた着替えまでもが常備されている。
完全に半同棲の様相だった。


「お先に~~」
勝手知ったる顔で、シャワーを浴びて、直樹のドライヤーを借りて髪を乾かす。

「 髪の毛落とすなよ」

「わかってるよー」

直樹はデスクに座りノートパソコンを開いて何やらキーボードを叩いていた。
琴子はうっとりしながら、ピアノを弾くような流麗なブラインドタッチで操作するその長い指を見つめる。


「これから、遅くなったら電話しろ。なんかあったらおふくろに殺される。おじさんに申し訳がたたない」

「ええーっ電話したら入江くん、迎えに来てくれるの?」

「おまえは無防備過ぎ。一応女なんだから」

「へへっ女と認めてくれてるんだー」

「あくまで『一応』だ!」

少し嬉しそうに琴子はスマホを取り出す。

「じゃ、じゃあ入江くんの携帯の番号教えてくれるってことだよね。あ、ラインとかする?」

「しねーよ」

そういいながら直樹も自分の携帯を取り出す。今どき珍しいガラケーである。
けれど、それまで断固として携帯を持とうとしなかった直樹が、持つ気になったことが奇跡に等しいことなのである。

しかも番号教えてくれるなんて~~

一緒に寝泊まりしている関係なのに、たかだか番号ゲットに瞳をぱっと輝かせる。

「ガラケーでもラインできるみたいよ。家族みんなでグループ作ってるよー。裕樹くんも入ってるよー。やろーよ」

「なくても生きていける」

「 でもさ。おばさんから入江くんが携帯契約したらしいって聞いた時は冗談かと思ったわー。どんなにみんなが説得しても持ってくれなかったものね。あ、もしかして、登録、あたしが女子1号?」

「松本には聞かれたけどな」

「ちぇー」

でもまだ教えていないけれど。
それは云わない。
ショップにいったのは四日前。まだ二十歳まで数ヵ月あるから親の同意書がなければ携帯の新規契約は出来ない。だから重樹に頼んだのだ。購入してすぐに登録したのは実家の番号と家族の番号ーーそして、記憶していた琴子の番号。

「でも、どうして突然持つ気になったの? 不自由ないから絶対要らないって云ってたじゃない」

子供の頃は誘拐防止の為に持たせていたけれど、中学くらいから持ってくれなくなっちゃって。
家に置いて行くから携帯の意味がないのよ。
紀子もそう嘆いていた。

24時間束縛されているかのようだ、とよく云っていたと。

「バイトのシフトがメールで来るからな。PCメールで確認してたが返事がすぐ出来なくて思うようにシフトに入れない」

「そうなんだ。まあ、今や休講の案内もメールだし、就活とかになるともっと必要らしいもんね」

妙に納得している琴子だが、実際は嘘である。バイトのシフトはPCメールでやり取りしているものの、たいてい店で決めているし、店長に直接云えばかなり融通がきいてもらえた。

PCかタブレットさえ持っていればメールでのレポート提出も問題なかったし、休講の連絡も、ゼミの緊急連絡も自分だけラインのグループに入っていなかったものの、誰かが必ずPCのメールに送ってくれていたので特に不自由はなかった。
高校時代も連絡網はメールだったが、渡辺が必ず家に電話をくれていた。

学生の一人暮らしで今どき珍しく固定電話を契約しているが、それすらも滅多に鳴ることはないのだ。必要は全くないと思っていた。

だがそれはそれまで現実に緊急事態が起きたことがなかったからだ。
ーー先日、裕樹が腸閉塞で入院した。
家族全員九州に出掛けていて、たった一人で琴子が、突然自宅で腹痛に苦しむ裕樹の対応をした。
不安そうに電話をかけてきた琴子の、悲壮な震える声がいまだに耳に残っている。
たまたまバイト中で店にいたからよかったものの、出先だったら、と思うとゾッとした。

病院に駆けつけた時、必死で不安と戦っていた緊張が解けて、自分にしがみついて泣いていた琴子をいつのまにか抱き締めていた。
それはただ単に弟を救ってくれた感謝の想いだけかもしれないけれどーー。

結局はあの夜も、一人で誰もいない家に帰すのが忍びなくて琴子を部屋に泊めてしまった。
そして、なかなか寝付けないようだった琴子についうっかり、腕枕まで貸してしまった。

いやーー実際危なかったのだ。あの夜は。
魔が差すーーという瞬間を確かに感じ、だがなんとか理性を総動員して、妙に熱く滾るものが冷めてくるまで何とか乗り越えた。
それまで何とか拮抗を保っていたものが少し沸点を越えたら簡単に溢れ出してしまいそうな危険な予感は常に感じてはいる。

しかし、なんで琴子なんかにでも欲情できるのかーー。
男の身体のなんと面倒くさいものだと、何度か琴子を泊めてみて思い知ったが、これもひとつの試練なのだろうと、この状況を妙に達観して見ている自分もいるのだ。




レポートの作成を終えてから、シャワーを浴び、部屋に戻る。
琴子はさっさと先にベッドに入り、左端に寄って雑誌を見ながら寝転んでいた。
既に床に寝転んでも寒くはない季節であるが、当たり前のように直樹のスペースを空けて、ベッドの中にいる。
琴子がこの部屋に訪れ始めた頃は寒かったので、布団を温めてくれているのは正直ありがたかったが、段々暑くなったらどうなのだろう? とふと思う。
暑いから床で寝ろ、と云ったらしぶしぶ出ていくだろうが。

でも、夫婦は普通、暑かろうが寒かろうが一緒に寝てるんだろうな。いや、例外はあるだろうが。

きっと、自分は例外だと思っていた。
誰かと同じベッドで眠るなんて、以前は考えてもみなかった。
例え誰かと結婚し、夫婦の寝室を持ち、そういう行為をした後でも、じゃあ、おやすみとそれぞれのシングルベッドに戻る方がいいと思っていた。

ーー特にこんな寝相の悪い女が一緒にならーー


なのに、狭っ苦しいシングルベッドに、そういう行為もなしに二人張りついて同衾しているこの事態は一体何なんだろうーーと唐突に自分のことが理解不能に思ったりもする。

「ねぇ、入江くん」

琴子が雑誌を枕元に置いて、直樹の方を見た。

「ソフレって知ってる?」

「ソフレ? セフレなら聞いたことあるけどな」

「うん、まあセフレに引っ掻けただけの最近の造語みたいだけど。ふふ、入江くんでも知らないことあるんだね」

「ネットで多用される独特の言葉はさすがに知らないな。新聞なんかに乗れば記憶するが」

一人暮らしだが新聞は2部取っている。ネットニュースは殆ど見ない。インターネットはメールでのやり取りや、論文などの検索や本の購入などに便利だが、信用出来ない部分も多く、利用はするが決して依存はしない。
流行り廃りのネット用語や若者用語も、耳にすれば記憶するが、テレビやネット動画を殆ど見ない生活をしているので、全ての情報を取得している訳ではない。

「理美とじんこがね、あたしたちの関係、ソフレなの?って」

「だから、ソフレって何?」

「『添い寝フレンド』ってことみたい。全く男女の関係にはならずに、一晩ただ一緒に寝るだけの異性同士の友達関係。最近、すごく増えてるんだって。そういう関係」

「おまっ……石川たちにここに泊まってること話してるのかよ」

「うん。て、いうかみんな知ってるじゃん。おばさん、あたしが此処に泊まる度に、あら琴子ちゃん、今日もお兄ちゃんとこにお泊まりかしらって呟いてるもの」

この間なんて「いつ赤ちゃん出来てもオッケーよー」なんて、呟きとともに、直樹と琴子の顔を合成して赤ちゃんの写真を作ってアップしていた。勿論女の子である。当然直樹にはそんなこと言えないが。

「ちゃんとおばさんにもお父さんにも何にもないから!って説明してるのよ?毎回! 入江くんはそれはもう、紳士だから!って」

「………………」

「あーわかってる、わかってる。あたしに興味ないだけだよね、えへへ」

自虐的に笑う琴子に少し眉を潜める。

時折「おまえ、マジで相原と付き合ってんの?」と訊かれ、「まさか」と笑って否定している。
一体どれだけの人間が母の戯れ言を信じているのか分からないがーー。

「で、あたしたちってソフレなの?」

琴子が真面目に訊ねてくる。

思わず直樹は布団に入るのをやめて、PCを開き、その『ソフレ』とやらを検索する。

調べながらも琴子にはっきりと告げる。

「 まず『フレンド』ってくくりがおれたちに当てはまるのか?」

「えー……そ、そう?」

「おれたちって、友だちか?」

「えーと……」

そういわれると確かに悩む。
直樹の位置は、理美やじんこ、金之助とは明らかに違う。

「……ただの同級生?」

恐る恐る訊ねる琴子に密かに吹き出す。

少なくとも、かつてのA組の女たちとは遥かに近い位置にいる。かといって松本裕子とも違う場所だ。
松本とこうやってひとつベッドで添い寝をすることなど想像もつかない。
趣味嗜好からいっても恋人にするならベストな相性のような気もするが、彼女とキスやセックスをすることなど考える余地もない。

けれど、琴子とはーー

「あ、ただの同居人かーー今は違うから、元同居人?」

そうかーそういえば、友だちじゃないよねぇ、あたしたち。
………だって、カテゴリーの中では『苦手』な種類の女だもんね、あたしって。

と、妙に一人で納得している。

苦手だけど嫌いじゃないーー去年の夏の思いもかけず二人でデートした時に云われたセリフは宝物のように胸に刻んである。
ザマーミロなキスより嬉しかったから。
そう言ってもらえて良いように解釈したものの、結局自分は直樹にとってどういう存在か不明なままである。

ーー同じ家にいてもイヤじゃないよ。

あの時と同じ感覚でこうして傍にいることを容認して貰えるだけかもしれないけれど。

「えーと、じゃあなんだ?『添い寝ルームメイト』?」

一人でぶつぶつと言いながら自分たちの関係性に最も相応しい単語を探しているようだ。



『ソフレ』ーー恋愛関係のない男女が一緒に添い寝をすること。

なるほど、最近の若者はそういう関係が実際に多いらしい。

検索をかけると多数の記事にヒットした。

ーー現代の若者の新しい恋愛観
ーー友達以上恋人未満の関係

『隣に異性が寝ててなんにもしないなんて、あり得ない!』

30代以上には全く理解不能だというコメントが多いが、20代の若者はそういう関係を積極的に求めてるものが多いのだという。『ソフレ募集』などとSNSに書き込む者もいるらしい。
セックスはしたくないけれど、独り寝の寂しさは埋めたいーーと。


実際に恋愛に消極的な草食系男子が多いのも事実だろうし、恋愛関係自体を面倒に思う若者が多いのもまた事実なのだろう。

恋愛が面倒。

まあ、確かに。そこは否定はしないが。

とはいえ、そこに書かれていることが自分たちに当てはまるとは全く思えない。

昔なら硬派といってたものが、今は草食という妙に柔らかい言葉の方が一般的になっている。
たが、やはり硬派と草食系とは意味合いは全然違う。

「………入江くんって絶食系……?」

ぼそっと琴子が呟く。

「は?」

また新たな単語が出てきた。

「今はね、恋愛に積極的になれない草食系男子よりも、さらにパワーアップして、全く恋愛に興味の欠片もなく、性欲もない男の子のことを絶食系男子って言うんだって」

「おまえに欲情しないから絶食男子ってか?」

少しむっとしたような直樹に、琴子が慌てて答える。

「えーと、まあ……だって、理美やじんこがね、男なんて、顔や性格なんてどーでもよくって、そこに……があればヤりたがるものなんだって。据え膳食わないのは不能かホモか絶食男子だって」

「おまえの友だちは……全く……」

「でも、実際はその絶食系男子が多くなって、恋愛面倒、結婚面倒、時間やお金のムダ……みたいに思う人が多いのよね。女の人も恋愛より自分の時間の方が大切……とかさ。あたしには考えられないなー」

「おまえは恋愛のことしか頭にないからな」

「……恋愛というより、入江くんのことしか頭にないだけだよ。ちょっと前に流行った脳内メーカーなら、頭の中は全部『直樹』『直樹』『直樹』で埋め尽くされているわね。入江くんの頭の中はどうかなー。今でもそんなアプリたくさんあるのよ。やってみる? 名前いれるだけで……」

「いい! 名前でそんなのわかるか!」

何年も前にそんな遊びが流行ったのは知っていたが、全くなんの根拠もない法則に基づいて作られたお遊びアプリがまだ存在していたのかと呆れてしまう。

「入江くんは『本』『本』『本』ばっかかなーいや、これで『H』『H』だったら笑………あ……」

「なんだよ」

スマホを見つめ、顔を赤くして止まっている琴子を怪訝そうに眺めてから、さっとスマホを奪う。

「何? これ」

「えーと、入江直樹の脳内?」

「くっだらねぇ遊びすんなっ!」

「いやーん、スマホ捨てないでぇ~~」

琴子がベッドの端に放り投げられたスマホを拾うとそこには、びっしり『H』『H』で埋め尽くされて、端に申し訳程度に『 友』とある脳内の絵図がーー。






「………やっぱ当てにはならないわねーこんなの」

えへへと笑う琴子の頭を軽く小突く。

「2度とこんな下らないことに俺んちの電力使うな」

ちゃっかり自分のスマホの充電器を差し込んでいるコンセントを指差して、直樹が睨みつけた。

「はーい」

まさか妙な気まずさからスマホに八つ当たりをしたとは、琴子はまるで思っていない。
男の頭の中が現実にどんな風になっているのか、恋愛どころか頭の中が一面お花畑な琴子には想像もつかないだろう。

隣に眠る度にその唇に触れそうになり、そのパジャマの下を夢想し、ひとつひとつボタンを外していく様を………
この部屋に来る回数以上に何度も頭の中で、どんな風にされているかを……

「でもさ。ソフレとかキスフレとか、草食だの絶食だの、恋愛に臆病な男の子ってそんなに多いのね。それが晩婚化や少子化にも繋がってるってことなのかなー。やっぱ、男は狼なのよ~♪ っていうのはもう昭和の話なのね」

いや、平成にも狼はいっぱいいるから自重しろ!

「うん、まあ絶食系でもソフレでもなんでもいいのよ。こうして一緒に眠れて入江くんの寝顔みれるの、あたし的には幸せだし。ちょっとした役得? 入江くんが肉食でがっついてるのってあまり想像できないものね」

ふふっと笑いながら琴子は布団の中に潜り込んだ。

「スティックな所がまたいいのよね~~」

「スティック……? …………もしかしてストイックとでもいいたいのか?」

「ああ、そうそう、それよ!」

「………………」

紳士だの。
禁欲主義者(ストイック)だの。
おまえの中のおれのイメージは一体何なんだ!?

泊まりも、2、3度目までは、かなり緊張していたようだった。もしかしたら、一線を越えるかも、という期待と不安が琴子には常にあったように思う。奇妙な緊張感が隣からひしひしと伝わってきた。

けれど4回目を過ぎた頃には、もうすっかり諦めたのかひどくリラックスして隣で眠るようになった。
まるで母の隣で眠るような安心感でもあったのか、一度寝言で「お母さん……」と呟かれて巻き付かれた。
それはそれでどうかと、思わず襲ってやろうかという気が起きなかった訳ではない。

琴子にも最初に云っておいた筈だが、全ては紀子の思うつぼになってたまるか、というその一念に過ぎない。
琴子は嘘が付けない。
関係をもった途端、紀子にはバレるだろう。
そしてその翌日には間違いなく婚姻届だ。
ゾッとする。
自分の意思のないところで全てが進んでしまうことに。

では、もし紀子に知られなかったら、何の躊躇もなく琴子を抱くのだろうかーー?

「………入江くんに、もし彼女が出来たらもう、ここには来ないよ。そういう風にあっさり解消できるのがソフレなんだって。後腐れない関係ってヤツ? でもその後もちゃんと友だち関係は継続出来てさ」

ぽつりと寂しそうに琴子が囁いた。

「おい、おれたちを勝手にその『ソフレ』とやらに定義づけるな!」

直樹はパソコンをシャットダウンしてから閉じて、琴子の方を振り返る。

返事はない。

「………琴子?」

すーーーー

すぐに規則正しい寝息が聞こえた。

「……おまえ」

大きくため息をついてから、直樹の為に開けられたスペースに潜り込む。

「………入江くん……」

ごろりと寝返りを打って、直樹にしなだれかかる。
ドキッとする。
相変わらずの寝付きの良さ。
さっきまでペラペラペラペラ独りで勝手に喋り倒していたクセに、数秒で唐突に落ちる。初めは呆気に取られたが、もう慣れた。
そして、甘い声でのいつもの寝言。
とりあえず「お母さん」より「入江くん」の回数の方が多いのが少しは勝った気に………

待て。
勝つ? 何に? 亡き母親にかよ?

ーーと、つい自分で突っ込んでしまう。

自分を好きだという女が隣で寝ていて全く手を出さないのは、絶食系だから?

冗談じゃない。
ただ完璧なまでの鉄の理性の持ち主なのだと理解しろ!

甘い吐息を首もとに吹き掛けられ、ないと言いつつも男よりは確実に膨らんだ胸を押し付けられ、無意識に腕にしがみつかれーー確実に身体の一部は本人の意思とは無関係に熱くなるのだ。自分は正常な男なのだろうと思う瞬間だ。

紀子から渡された着替えのなかには大量のコンドームが仕込まれていた。そういう行為をいちいち腹立たしく思いだし、ぐっと理性を総動員して琴子にのしかかりたくなる本能を制御しているのだ。誰か誉めてくれ、といいたい。

コンドームなぞ、最初に琴子を泊めたあの大雪の夜、コンビニへ食料を買いに行った時に既に購入してある。1種の御守りのようなものだ。
絶対使ってはならない! 自分にそう言い聞かせる為の。


もう、来るなーーそういえば簡単にこの苦行から逃れられるのかもしれない。
何故だか、そういった瞬間の琴子の悲しそうな顔、そして、きっとあっさり「うん、わかった」といって2度とここに来なくなるだろうことも予想がついてしまう。

なのに言えないのはーー何故だろう?

自分の身を厳しく律することをストイックというのなら、確かにストイックなのだろう。
とにかくこのまま流れに身を任せてなるものかと必死で自制心を保ち日々己の煩悩と闘っているのだから。

そして、今夜も悶々と眠れない夜を過ごすのだ。

もんもんもんもん…………

「いてっ」

琴子に顔面パンチを食らいながらーー









※※※※※※※※※※※※※

野獣封印(笑)



雪のバレンタインの夜に直樹の部屋の所在地を知った琴子ちゃん、原作では一年後のバレンタインにマフラー届けにいくまで一度も訪れてないようですが(よく辿り着いたな~方向音痴で)せっかく部屋の場所を突き止めたのにいつものストーカーパワーで部屋に押し掛けたりはしなかったのね、と不思議に思いまして。(うん、まあ基本入江くんの嫌がることはしないもんね)
もし琴子がしょっちゅう部屋に押し掛けてたらどうだったのかしらという妄想をから始まりました……f(^^;




どうでもいいけど懐かしの脳内メーカー、作中のものは『ののの』で入力したら出たものでした~~(えーと^_^;……)

入江直樹は『金』『金』『金』、真ん中に『迷』……何だよ、それ?と使えなかったのですが、相原琴子は意外と合っていたかも……よかったら試してみてください(^_^;↓

http://seibun.nosv.org/nou/


こんな感じで淡々と後編に続きます。一話で収めるつもりが長くなってしまったので分けましたが………そんなにおおっという展開はないので期待しないで下さいませf(^^;とりあえず書きかけてはいるので……そのうちにアップするかと。





ぴんく★りぼん (後)



すみません、長いです。中編にすれば良かったと後悔…………(._.)


※※※※※※※※※※※※※※※※※


「………しこり?」

直樹は茫然と、傍らで少し不安気に自分を見つめる琴子を凝視した。

--馬鹿な……!

一昨夜抱いた時には全く気がつかなかった。しっかり触診したのは1ヶ月も前だが、胸はいつも丹念に愛するので、しこりがあって違和感を感じない筈はない--そう思っていたのに。

「……右胸になんだけど…小さいからね…気のせいかなぁとも思ったんだけど」

「…見せてみろ」

直樹の手が琴子のパジャマの釦に伸びる。
いつもはあっという間に外されてしまうそれが、今はなかなかに手間取っている。指先が少し震えているようである。

漸く釦を外すと、淡い花柄のキャミソール姿が露になった。いつもならここで押し倒してキスするところだが、今はそれどころではない。キャミソールの右の肩紐を外すと、右の胸だけはだける。

「……ここだけど…」

琴子の指し示す箇所を指でぎゅっと圧す。
つんとたった赤い実の少し右上のあたり。

指先に硬い何かがぐりっと当たった。

「……………!」

背筋がぞわっとした。

「…あるな」

「……でしょ?」

「……一センチはないな」

「うん……」

自分の心拍数が跳ね上がるのを感じる。嫌な汗が腋を伝う。

皮膚に近い位置だ。それに圧せば動く。
実際に乳癌患者の腫瘍に触れたのは研修医時代の一度だけだ。進行もひどく大きさも随分あった。今触れているものとは随分違っている。

「良性のものだと思うが……」
専門ではないから、自信はない。そう思いたいだけかもしれない。

左の胸や、リンパに沿った腋下も入念に触診し、他にはないことに安堵する。

「とりあえず、明日朝一で乳腺外科に行くぞ」

「……うん」

まだ少し不安気な琴子の髪を撫でてから、パジャマの釦をゆっくりと留めてやる。

「大丈夫だよ」

そう云ったのは琴子のほうだった。
さっきまで不安気だった琴子の顔は、直樹に診てもらったことで安心したのか、パジャマの釦がきっちり留め終わった頃には妙にスッキリしていた。

「ほら、胸の小さい方がガンになりにくいって云うじゃない?」

「脂肪部が少ない分パーセンテージが、減るだけで、ゼロじゃない」
どんな病だって発症率がゼロということはないのだから。

「でも入江くんはガンじゃないって思ったんでしょう?」

「…専門外だからな。断定は出来ない……」

「大丈夫!」

琴子がぎゅっと抱きついてくる。

「……ガンでもガンじゃなくても入江くんが傍にいてくれれば、あたしは大丈夫だから……」

心から大丈夫と思っているのか、琴子は直樹の腕の中であっさり寝入ってしまった。
しかし直樹はなかなか寝付けない。
もしも。万が一。
そんな想いがぐるぐると巡り、経験のないような緊張感が全身を包んでいた。
心拍数が上がり、咥内がカラカラに渇いていた。

これが自分だったら案外冷静でいられるのだろうと思った。
逆に琴子の方が激しく取り乱すだろう、とも。

………自分よりも大切な者がいるということは、こういうことなのだと改めて思い知る。相手を守るためには自分の命を投げ出すことすら厭わないくらい強くなれるのに、失うかもしれないという恐怖は自分の弱さを露呈させる。
小さな不確定なしこり一つで、自分がここまで不安に苛まれるとは思ってもみなかった。明日になれば判ることなのに……。

--俺は、今まで患者やその家族の気持ちをきちんと慮って告知や治療をしていただろうか。

相手は子供だったりその母親だったりするから、努めて冷静に穏やかに、そして優しい口調で、命に関わる病の告知をしてきた。
泣き叫ぶ親の痛みや辛さを頭では理解していても、本当の痛みは分かっていなかった。いや、分かっていないことは分かっていたのだ。自分の身に振りかからない限り、その痛みは所詮想像に過ぎないのだから。真の痛みを理解している訳ではないのだと。

そして、今。
直面したこの恐怖に近い不安。
医師であるがゆえに、もしこれが悪性だった場合の今後の展開も治療方針も全て予測しシュミレート出来ているのに、胸の奥に重い塊が鎮座して、理性では抑えようのない不安に支配されていた。

………大丈夫。

琴子の声を思い出す。

そう、きっと大丈夫。明日の夜はきっとぐっすり眠れる筈--。


直樹は、いつも通りの穏やかな寝息をたてる琴子を抱き締めたまま、まんじりともしない夜を過ごした。





--そして、翌日。
直樹は斗南大学附属病院の、乳腺・内分泌外科の外来受付の前で少々悩んでいた。

「入江くん、どうしたの?」

琴子は初診受付の横のベンチに座って問診票を記入していたが、外来担当医師のシフト一覧の前でしかめっ面をして動かない直樹の様子を訝しんだ。

「……いや」

そう言いつつも、直樹は己れのリサーチ不足を悔やんでいた。
乳腺外科の外来担当は毎日二人ずつ、四人の医師が曜日ごとにローテーションしている。今日火曜日は二人とも男性医師
だった。
女性医師で斗南の中でもっとも乳癌のオペの経験値が高い三田村は、明日水曜日の担当だった。

明日まで待てば良かったか--いや。
確かに1日2日で状況が変わるものではないが、もう1日あんな思いをするのは真っ平である。さっさと診てもらって安心したい、というのが本音だった。

とりあえずどっちにするかだが。
まだ研修1年目の田神は問題外だ。仕方ない。専門は内分泌だし非常勤ではあるが、30代後半でキャリアもそこそこある笹木医師の方がマシだろう。

直樹は琴子の書いた問診票を受け取って
そのまま勝手に診察室に入っていく。
半休を取っているのに、わざわざ白衣を着てきたのはその為だった。まさか妻の付き添いにきた夫が、診察医師と順番をごり押しして変更させる為に医者の格好をしているとは思うまい。
だが大学病院の診察は、予約をしないと順番が来るのは半日がかりだ。担当医師もたまたま最初に当たった医師がそのまま主治医となることが多い。
乳腺外来の患者は、数も多いが一人の診察に意外と時間がかかる。診察時間の一時間前だが、もう多くの患者が待合室にひしめいていた。
正当な順番を待っている患者に申し訳ないとは思うが、自分自身も患者を抱えていて、待っていられないのが実情である。

「入江琴子さん、先にマンモグラフィ検査しますね。こちらの放射線科に来てください」
看護師が呼びにきた。

「げっ! 噂のマンモ!」

琴子が嫌そうな顔をする。
乳癌検診では40歳以上にならないとマンモグラフィ--乳房画像検査は行わない為に、マメに検診を受けている琴子も未体験だった。
ただ話にはよく聞いている。乳房をガラス板で相当キツく--万力で押し潰すかのように挟み込みエックス線撮影するのだが、かなり痛いと評判である。
「デカイ胸の人は痛いっていうけどな……お前の場合は大変なのは検査技師の方だな」

「…え?」
振り返った琴子に、
「いいからさっさと行ってこい」
と、手をはたはたと振る。




「うー痛かったよ~」

琴子か半泣きで戻ってきた。

「それに、検査のお姉さんに凄く申し訳なくなっちゃって……」

がっくしと頭を垂れる。
案の定小さな胸を挟み込むのに悪戦苦闘したようだった。

「腋の肉まで引っ張られて無理矢理板に挟もうとするんだけれど、なかなか挟めなくて……」

はぁ、とため息を一つついてから、
「Aカップの弊害がこんなとこにもあるなんて。……お姉さんに、大丈夫ですよ、もっと小さな人もちゃんと測れますからね、なんて励まされちゃって」と、項垂れる。
普段なら、失礼しちゃうわね、などと云って剥れてしまうのだろうが、そこで申し訳なく思うあたり同じ医療従事者であるが所以だろう。自分の細い血管が針が刺しにくい為に健康診断で採血する度、自分に当たった看護師に果てしなく申し訳なく感じてしまうのと同じである。

「入江さん、入江琴子さん、1番の部屋にどうぞ」
検査から20分ほどで、まだ診察時間前だが笹木医師の声がアナウンスで流れた。

「あれ? 早いね」

不思議がる琴子を尻目に自分の方がさっさと中に入る直樹。



「……しこりがあるそうで」

椅子に座っている琴子の背後に妙に威圧感を持って立っている直樹の姿に少々圧倒されながら、笹木医師は問診票を眺めていた。
デスクには先程の画像検査の写真が貼り出されている。一見して直樹はそれが悪性でないと確認出来、密かに安堵した。

「じゃあ上半身脱いでベッドに横になってください」

「あ、はい…」

ベッドの周りのカーテンを引いた看護師に促されて、琴子はその中に入り、あたふたとブラウスを脱ぎ始める。
そして当たり前のようにカーテンの内に入り込んだ直樹に医師と看護師は一瞬目を瞠った。
小さな子供や介助の必要な者でもない限り、身内といえどわざわざこの狭いカーテンの内に入らない。

「ほら、もたもたすんな」

「あん、だって入江くんが焦らせるから……あっ!」

脱いだ服を篭に入れ、肩にケープを羽織っているらしい彼女から小さな叫び声が聞こえた。

「…どうしました?」

看護師が覗き込むと、琴子は肩のケープがずり落ちないように胸を隠しながら手で押さえてベッドに腰掛けていた。俯いている顔がどうやら真っ赤になっている。

「もう……入江くんの馬鹿ぁ。……夕べ気がついていたんでしょ?」

「…仕方ねぇだろ? どうせ直ぐに消えねぇし。消えるの待ってから来るのも落ち着かないし……っていうか、おまえ、さっきマンモやった時に気が付かなかったのかよ?」

「初マンモに怯えて気が付かなかった……」

「技師は気がついていたろうな、きっと……」

「…こんなに付ける方が…」

小声でボソボソと話している二人の会話に、?マークを乗せながら、
「仕度が出来たらベッドに寝てくださいね~」と、看護師は努めて気にしないように琴子を促す。


「じゃあまず触診しますね」

ベッドの横に立った笹木医師がケープを外す。琴子の上半身にいくつも付いている赤い花びらに一瞬手を止めかかったが、素知らぬ振りでそのまま続ける。
真っ赤になっている琴子に、
--可愛いなぁ、入江先生の奥さん。……にしても、入江先生って意外と……
などと微かに思ったりしていたが、思った瞬間に恐ろしい程の殺気を感じて、思わずベッドの傍らに立つ年若い同僚医師の顔を見た。

「さっさとお願いします、笹木先生」

--睨み付けられている気がする………無心になろう、無心に!

彼は自分自身にそう言い聞かせて淡々と触診を行う。仰向けに寝ている状態だとほとんど無いに等しい膨らみだが、間違っても乳輪の色が綺麗とか小振りだが形は綺麗とか--思ってはいけないのだ……(いや、普段、そんなこと思わないんだっ 誰の胸でもただの患部だっ ただ入江先生の奥さんであんな痕がいっぱい付いているから~)

落ち着けっおれっ

動揺を押し隠して笹木医師は触診を終え、「じゃあ次はエコー撮ります。少し冷たいですけど」と、ゼリーを胸に塗る。
すぐ横のPC画面に写し出された超音波画像を見ながら、直樹と笹木医師が何やら会話している。
ドイツ語だか英語だかの単語が飛び交っているが、二人の様子からどうやら悪性ではないと感じられ、琴子は少しほっとした。

「…胸に出来るしこりの殆どが良性の場合が多いんですよ」
笹木医師の説明に、
「良かった。ガンじゃないんですね」と、嬉しそうに傍らの直樹を見る。

「…?」

直樹も先程までの緊張した面持ちが解けてはいるが、どことなく不機嫌な感じがする。

「…一応しこりの成分を調べる為に細胞検査をしましょう」

「細胞検査………ってことは」
びくっと琴子が震える。

「ええ、針で細胞を採ります。ちょっと痛いですけど、すぐ終わりますよ」

「……入江く~ん」

琴子は泣きそうな顔で直樹の方を伺い見る。いや、見たって助けてくれる訳じゃないことは分かっているのだ。「看護師のクセして針刺されことなんかにビビるな」と、叱られることも分かっている。
でもとりあえずそう言って叱られないと前に進めないあたりすっかりM体質になっているのかもしれないが……。

しかし。

「いえ、細胞診は結構です」

「……そうだよね、痛いのくらい我慢しないと………って、え? え? え? 今なんて?」

「へっ? 受けないんですか? やっぱりいくら良性とはいえ、どんな種類の腫瘍かは確認した方が……それによって摘出するか放置するか決められますから」

笹木医師も驚いたようだ。

「細胞診の結果が何であれ、摘出します。摘出した腫瘍はどうせ病理検査に回すんだから、忙しい病理に二度手間させることもないでしょう」

「取っちゃいますか? でも良性ならそのまま放置でと石灰化して消えることも多いですよ? まあ、取る取らないは患者さんの判断次第ですが」

いくら旦那でも本人に訊かずに即決とは、どーなんだ? と言いたげに直樹の顔を見て、それから琴子の顔を見る。

「摘出」イコール「オペ」という図式が看護師らしく直ぐに思い至ったらしい琴子は少々青ざめている。

「エコー、マンモ、細胞診で良性と出ても摘出したら悪性だった、という症例もあります。良性の腫瘍の裏に悪性のものが隠れていたという例も。無論それらは稀なケースですが、腫瘍という身体に不必要なものを残しておく必要はないでしょう」

キッパリ宣言する直樹に、
「摘出ってことは傷が出来るんだよね? ………胸に…」不安そうに見つめ、けれど、
「やだっ あたしったら……悪性だったら小さな傷一つじゃすまなかったかもしれないのに……!」と、乳房全摘の恐怖を思ったらどうってことないのに、と反省する。

「しこりの大きさは1センチくらいですから、大した傷は残りませんよ。多分数年で消えます」

「俺に任せれば、半年で傷痕が消えるくらい綺麗に切ってやるぞ」

直樹の言葉に、
「ええっ入江くん、切ってくれるの?」
と、琴子が嬉しそうに叫ぶと、笹木医師が慌てて立ち上がる。

「え? ちょっと、冗談ですよね?」

「割りと本気ですが」

「でも身内のオペはここでは禁止ですよね?」

「オペなんて大層なもんじゃないでしょう? こんなの隣の処置室で20分もあれば、ちゃちゃっと取れる」

「でも小児外科の入江先生に乳腺外科の処置をしてもらう訳には……」

「うちに琴子のカルテを回してもらってもいいんですが、さすがに小児ではないので……。出来れば俺がここの応援って形で」

「そんなの許可が出るわけないでしょう! 私は非常勤だからそんなこと頼めませんよ!」

笹木医師の悲痛な叫びに直樹はあっさりと宣(のたま)う。

「大丈夫です。こういう時の為に、外科部長の弱味握ってますから」

--もう、何も言えません………。

「それに」追い討ちをかけるような一言に完全に打ちのめされる。

「……笹木先生。俺より綺麗に取れる自信ありますか? 俺、こいつの胸に下手な傷痕残したら絶対に許しませんよ?」

--どうぞ好きにしてください………。


「じゃあ、いいな? 琴子。俺が切るぞ」

「わーっ 本当に入江くんがやってくれるの? だったら全然怖くないよ!」

「おまえ、俺じゃなくてもこれくらいでビビるなよ。奈美ちゃんやノンちゃんに大手術薦めといて」

「はは……そうだねっ」
すっかり安心しきった表情の琴子に直樹も穏やかな顔になる。

「……で、午後から隣の処置室空いてますか? あと、ナースを一人貸してください」

「今日やるんですか!?」

何なんだこいつはっ

医師としてのキャリアは自分のほうが断然上の筈だ。なのにこの圧倒的な自信を持った男を前にして何も異論を挟めない。

「こんなもの、さっさと取ってしまった方がいいでしょう?」

平然と答える直樹の言外に、妻の身体に異物が1分1秒でも入っているのが嫌なのだということが感じられ、妙な脱力感を覚える笹木医師であった--。



「ああ、それと」
処置室の確認や段取りを終えた後、直樹は最後に、まだ正規の患者を一人も見ないうちにすっかり疲れきっていた哀れな非常勤医師に声をかけた。

「ここで見た琴子の身体は、綺麗さっぱり忘れて脳内記憶を消去してください。それから触診の感触も」

……こいつは~!

はじめは身体のあちこちに付いていたキスマークのことかと思いきや、どうやら診察時に見た上半身のことを言っているのだと気がついた。

「守秘義務がありますから喋りませんよ、そんなこと」
心外だとばかりにそう言い放つと、
「そんなの当たり前です。口外するしないの問題じゃなくて、先生の頭から琴子の画像を消してくれ、と言ってるんですが」

「「………………!!」」

「じゃあよろしくお願いします」

そしてこのとんでもない夫婦は彼の前から去って行ったのである………。

「驚いた……入江先生って噂と大分イメージ違いますね~」

看護師が呆れたように呟いた。
最近育休が空けて、久しぶりに復職したばかりであった。
あまり科内の裏事情に詳しくはないが、超イケメンで優秀と名高い医師の評判と、どじでトラブルメーカーな看護師であるというその妻の評判は、入って早々耳にしたくらい有名である。

「……噂って、入江先生が妻に冷たくて、蔑ろにしてて、妻は旦那を片想いの如く追っかけて……ってやつ?」

「今の二人見る限り、そんな感じじゃないですよね? 噂って、周りの女性たちのそうあって欲しいって願望ってことかしら?」

「……だろうな…。公私混同の意識の欠片もない、奥さんに対する偏愛っぷり……あれは間違いなく……」

「「バカップル………」」」
二人は毒気を抜かれたようにため息をついた。

「…で、先生。入江琴子さんのカルテ、どういう事務処理にすればよいでしょうか?」

「知らないよ………外科部長に聞いてくれ……」



さて。
直樹の予定通り、その日の午後には、彼は妻の腫瘍をちゃちゃっと摘出し、病理室に軽く睨みを効かして病理検査の結果をかなり迅速に出させたところ、特に問題のない脂肪腫だということが判明した。





そして1ヶ月後。

「本当に凄いね、入江くん! 痕がもう殆ど残っていないよ!」

ベッドの上で琴子のパジャマを脱がしに掛かっていた直樹に、自分からキャミソールをずらして、すっかり綺麗になった傷痕を見せた。

「当たり前だ。俺の処置は完璧だ」

「ふふっ本当入江くんって天才!」

琴子の絶賛ぶりに気をよくしながら、直樹はそのまま傷のあった筈の箇所に唇を落とす。

「…でも、やっぱり麻酔注射は痛かったなぁ……痛くない注射発明してくれたら、あたしもっと尊敬しちゃう!」

「おまえ、少しは痛みに慣れた方がいいんだよ」

「えー?」

「出産の痛みに耐えられるのか? そんなんで」

にやっと笑う直樹に顔を赤らめる琴子。

「入江くんの赤ちゃんなら痛くないもん」

看護師の仕事にも慣れてきて、本格的に子供のことを考え始めていたところだった。

「……じゃあ、そういうことで」

部屋の灯りが消え、室内には濃密な甘い空気が漂い始めた--。






その数ヵ月後。琴子の胸を夫以外で初めて見て、触った男、笹木医師は非常勤の任期を終え、斗南病院から去って行った。

王様の耳はロバの耳--

言いたくて言いたくて堪らない秘密を抱え、彼は内心ほっとして斗南を去った。

「…いったい外科部長の弱味って何だったのだろう?」
無論その答えは永遠に分からないまま。
ただ、その後乳腺外科と産婦人科の医師は女性医師だけになり、それが女性にとって気安く検診を受けやすい環境になったと評判になり--斗南病院の売りとなる訳だが--それが入江直樹が握る外科部長の弱味と関係あるかないかは定かではない。


--------了------ー



※※※※※※※※※※※※※※※※※

金曜日中にアップしたかったのですが……土曜になってしまいました(T.T)

10月の第三金曜日。
アメリカでピンクリボン運動の日とされているそうで。

実体験半分くらい入ってるお話です。あとがきは、また明日にでも。



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