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個別記事の管理2017-03-19 (Sun)

夏休みの続きでなくて申し訳ないです。
ちょっと気分転換に久しぶりに短編書いてみました。


どっかで聞いたことのあるタイトルで………某直樹賞……じゃなくて直木賞作品と一字しか違わないですが(((^^;)






※※※※※※※※※※※※


「えーと、ビデオの充電はオッケーよね…
…」

琴子がコンセントから充電器を抜いて、ビデオカメラに装着していた。

「琴子ちゃん、カメラもバッチリよ! ビデオは三脚で固定しておけばいいから、
こっちは私に任せてね。あなたはその瞳にしっかりみーちゃんの晴れ姿を焼き付けてね!」

紀子が買い換えたばかりのデジタル一眼レフを抱えてウィンクする。重そうではあるが、慣れたものである。きっと身体の一部といっても過言ではないだろう。

「ありがとうございます、お義母さん! そう、やっぱり生で見るのが一番ですよね~~」

なんといっても幼稚園時代から運動会も学習発表会もカメラのレンズ越しに見ていて肝心なところを見逃したりシャッターチャンスを逸したりしていた。基本琴子は姑と違って撮影センスは皆無だ。
なので、ほぼ撮影に関しては玄人跣(はだし)の紀子にお任せである。
実際レンズ越しよりもやはり我が子のその一瞬一瞬を自分の瞳で捉えたいという想いも強い。

「これで準備オッケーかな」

「琴子ちゃん、忘れてるわよ。はいハンカチ」

そういって義母が渡してくれたのは、3枚ものハンカチ。

「お義母さん、さすがにそんなには……」

しかも吸収性抜群のマイクロファイバー素材のハンドタオルだ。

「何を云ってるの。愛する娘の晴れ舞台よ。全校児童の前で代表として別れの言葉を述べるのよ。幼稚園の卒園式でも泣き通しだったあなたが、泣かないわけはないじゃない」

「………そ、そうですよね」

幼稚園の卒園式を思い出したのか、もう琴子はぐずっと涙目になる。

「………何を朝から騒いでんだか」

「入江くん!」

2階から降りてきた直樹に、琴子は新婚の時と同じ初々しさで飼い主を見つけた仔犬のように嬉しそうに微笑むと、「おはよう! 今コーヒー淹れるねー」といそいそとキッチンへ向かう。

「……まったく、なんでそんなに他人事なの? 自分の娘の晴れ舞台に」

「入江くん、やっぱり来れない?」

ぶつぶついう母に、残念そうに直樹を見つめる琴子。

「………行かない」

直樹は大きくひとつため息をついて、そして呆れたように訊ねた。

「………っていうか、逆に訊きたい。なんで行くんだよ? 琴美はまだ5年生だろうが! 卒業は来年! 在校生の親が出席してどうするんだ!?」







********




「…………ほんと、恥ずかしかった。パパ、どうしてもっとちゃんと止めてくれなかったの?」

その夜である。

夕食のあとで昼間撮影したビデオの上映会として、今日の卒業式の様子を家族全員で見ていた。
珍しく早く帰宅した直樹も無理矢理ソファに座らされている。

そして、在校生代表として朗々と壇上で送辞の言葉を紡ぐ琴美の姿を何度もリフレインして見ていたのだ。

「みーちゃん、立派だったわー」

「ほんと、卒業生の答辞より堂々としてたものね。5年生とは思えない凛とした様子で」

「よく在校生の親が潜り込めたもんだ」

「潜り込めたなんて失礼ね。PTA役員で広報委員やってるから写真もビデオもオッケーなの」

援護射撃はするから、役員やっておいた方がいいわよ、という紀子のアドバイスのお陰で、これまでも本来なら保護者が参加できないクローズの行事も見学することができた。紀子には感謝である。

「ママってば、卒業生の子達が泣く前にもう泣き出したのよ。最終的には誰よりも激しくしゃくりあげてるし」

琴子の涙につられて多くの保護者もかなり泣きモードになったらしい。
ビデオにもあちこちで鼻をすする音がかなり入っている。
その中で遠慮なく盛大に鼻をかんでいるのが琴子のようだった。

「………来年が思いやられるな」

「でしょ? 来年はパパも来て、ママをなんとかしてね」

「それは何ともいえないな」

無論愛娘の卒業式には何としてでも出席したいが、この職業をしている限り確約は出来ない。
そこをきちんとわかっている娘は、それ以上ごねたりはしない。
そんなところは琴子を見て育っているのだな、と少し安心する。

「………みーちゃん、来年はあなたも泣くわよ」

「……泣かないわよ。多分。だって初等部から中等部に変わるだけじゃない」

外部入学で生徒が増えることはあれ、初等部は足切りは殆どないから別れはあまりない。

「でも、校舎の場所、違うでしょ。先生ともお別れだし」

「先生なんて、ちょくちょく変わるじゃない」

私学だからあまり教師の異動はないものの、持ち上がりは一年と決まっていて隔年で担任は変わっていた。

「もう、みーちゃんってば、そーゆークールなとこ入江くんにそっくり」

つまらなそうに琴子が肩をすくめる。

「でも」

にまっと笑ったあと、琴子は娘にきっぱりと予言した。

「きっと、泣くわよ! だってママの娘でもあるんだもの!」

予言というよりは断言といってもいいくらいの自信ありげな口調だ。

「 答辞読みながら泣いたりしちゃったりしてぇ」

「来年答辞やるとは限らないよ」

「あら、絶対大丈夫よ。直樹だって小中高とずっと送辞も答辞も読んでたわよ」

「琴子はそーゆーのさっぱり縁がなかったが、さすがに直樹くんの血が入ってると違うな」

祖父母の賛辞に琴美は肩をすくめて、「来年度は児童会入るのやめようかなー。会長やると絶対選ばれちゃうもん」と、つまらなそうに呟く。
基本的に目立つことは好まないのだが、好むと好まざるに関わらず、光を放つくらい目だちまくっている両親(+祖母)のお陰で琴美もいつの間にかクラスの重要ポストについていた。

「まあ、みーちゃん。もし今回みたいにみんなから推薦されたらやった方がいいわよ。それだけ期待されてるってことだもの」

「ママ、あたしが答辞読むの期待してるだけでしょ」

「………だって。壇上に立ってるみーちゃん、何となく入江くんに似てるんだものぉ~~きゃー萌えちゃう。見て見てこの角度!」

普段間違いなく母親似と云われる琴美だが、最近になって身長が伸び、顔立ちも少し大人びてきて、ふとした瞬間に父親の面影が映りこむようだ。その度に母はきゃあきゃあ町でアイドルを見つけたミーハーのように騒ぎ出す。

「……本人が隣にいるんだから、本人に萌えてちょーだい」

未だに父にベタ惚れの母に呆れつつ、ほんと、来年が思いやられる、とまたひとつため息をつくのだった。

「去年もママ、ずーっと泣いてたよね」

弟の遥樹も思い出したように口を挟んできた。
少年サッカーで疲れはててソファで眠っているかと思ったら、いつの間にか起きていたらしい。

「そうねぇ。ハルの幼稚園の卒園式は、また感慨深いものがあったものね」

昨年は未曾有の災害がおきた為、幼稚園の卒園式は一週間延期されたのだった。
卒園の喜びとは別に、色々と複雑な心境がリンクされてしまう。

「………そうだったわね」

今度は昨年のことを思い出したのか、またしんみりと鼻をすすり出す母である。
我が子が一歩一歩成長していく喜びとともに、春を迎えることなくそこで時間が止まってしまった多くの人たちのことを想うと未だに胸がきゅっと締め付けられ、息苦しく感じる。

「…………日も長くなって春めいてきたけど物想う季節だわねぇ」

ガラスの小鉢に、ルビー色に光るイチゴをてんこ盛りに持ってきて、紀子がしんみりと呟いた。

そういえば、去年卒園式終わったらみんなでイチゴ狩り行きたいねって言ってたっけ。

練乳をかける必要がないくらい極上に甘くて、瑞々しい果実を口に含みながら琴美は思い出していた。

…………結局いかなかったけど。

こうして毎年ちゃんと食卓に美しい粒の揃ったイチゴは並べられ、家族揃ってみんなでおばあちゃんの撮影したビデオを鑑賞して。

日々はきっと当たり前に過ぎていき、そして一年後、ママはまちがいなく号泣するんだろうなぁ。
あたしは …………どうかなぁ。ママの予言通り泣くのかな?

思いも寄らない別れは突然やってくるのかもしれない。
ふと、唐突にそんなことを想う。


「みーちゃん、酸っぱかった?」

母が娘の顔を覗きこむ。

「うん、ちょっとね」

二つ目のイチゴは微かに酸っぱい。
鼻の奥がつーんとした。





************




「やっぱり、来年はハンカチ5枚は必要かなー」

「どんだけ泣く気まんまんなんだよ。それに一年後だぞ。鬼がせせら笑う」

ベッドの上で読書をしていた直樹の隣に滑り込みながら、琴子は少し寂しそうに「一年なんてあっという間だよ。本当に30過ぎてからは一年がジェットコースター並みに加速してると思わない?」と話しかける。
なんといっても今年は40歳になる二人だ。(まったくそう見られないが)

「『ジャネーの法則』だな。 『主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価される』という現象を説明している」

「へ………?」

「覚えてないのかよ。………って、おまえが覚えてるわけないか。昔、高校の恩師の篠崎先生から聞いただろ」

「あ、そうだっけ………?」

さすがに10年前のことだから琴子が覚えているはずがない。直樹は相変わらず事細かく鮮明に記憶していたが。同窓会のことで琴子と母校を訪れたことも恩師と話をしたことも、そのあと校庭でファーストキスのやり直しをしたことも………

「ま、つまりは今11歳の琴美にとっては1年は人生の11分の1だが、40歳になるおれたちにとっては1年は40分の1だという感覚の違いだな」

「ああ、なるほどー。何となくわかる」

「子供のうちはいろんなことが新鮮で驚きの連続だけれど、経験値を重ねるに連れ1年の出来事が慣例的で当たり前になってくるからな。だから、時間の過ぎる感覚がどんどん速く感じるんだ」

「そっかあ。でも、ほんと、子供の成長って速いよね……みーちゃんなんかついこの間生まれたばかりのような気がするのに」

本筋から外れているが、琴子がしみじみと話し出す。



ーー生まれたばっかりの頃は一晩が過ぎるのがとっても長かった気がするの。何度も泣いて泣き止まなくておろおろして早く夜が明けて欲しいって思ってた。早く笑ってくれないかな、あんよしてくれないかな、お喋りしてくれないかな、ってすごく成長を待つ時間って長かった気がするのに、こうして思い返して見ると、本当にあっという間なんだよね。ちっちゃなみーちゃんがもうすぐ小6なんだもの。
ーーああ、そんなことをいちいち思い出しちゃうから、卒業式とか泣いちゃうのよね。
今日行ってみてわかったけど、学校側の演出がもう、泣かせよう泣かせようという魂胆があざといくらいなのよ。
ここでこの映像? この音楽? このセリフ子供たちに言わせちゃう? そりゃ、もう泣くしかないでしょ!!ってなもんよ。
だから、来年はハンカチ5枚は必須よ。これは間違いないわね。

そしてあっという間に中学生。ウソみたいよね……。中学の3年なんて、それこそ一瞬よって、この間ママ友に云われちゃった。

………ああ、でもその分あたしたちも歳を取ってるのよねぇ……
なんだかとっても不思議。高校の卒業式の日も、入江くんの大学の卒業式の日のことも……そしてあたしの卒業の日のことも……ついこの間みたいな気がするのに。
ねぇねぇ覚えてる?
あたしたちの高校の卒業式の時に………



とめどなく語られ続けた言葉がふいに止んで、二人の寝室に静寂が訪れる。
直樹が琴子の唇を塞いだからだ。無論、己の唇で。

このままだと琴子のお喋りは高校卒業式のファーストキスから大学の卒業式の講義室でのキスだの、卒業式から想起されるエピソードの数々を振り返り始め、止まることがなさそうであった。
そして、さらに子供たちの卒園式などエピソードはいくつも増えていた。
このままエンドレスループに陥るのは間違いないと思われた。


「……入江くん……っ」

長いキスに瞳を蕩けそうに潤ませながらも、もっと話をしたかった不満を微かに頬を膨らませて訴える。

「奥さんのお喋りが永遠に終わりそうにない気がしたから。おれたちの歳になると時間はどんどん短くなるんだぜ? せっかく早く帰れておまえの夜勤とも被らない貴重な夜も、おまえが喋り倒してる間にあっという間に明けてしまうのはあまりに勿体ないだろう?」

「う……うん………」

無論にんまりと話しかけてくる直樹の手はすでに手際よく琴子のパジャマのボタンを外し始めていた。

「……おれたちが出会ってから何年たっていると思ってんだよ。いちいち振り返っていたらマジで夜が明けるぞ」

「……そんな、オーバーな……」

そういいつつも首筋に顔を埋める直樹の舌に翻弄されて抗う言葉は力なく宙に消える。


琴子と知り合ってすでに20年以上経った。
琴子の存在を知らなかった18年よりずっと長い時間の筈だ。
しかし20年前のことがつい昨日のように思い出されるのは、決してジャネーの法則によるものだけではなく、緩慢と過ごしてきた無色透明無味無臭の18年よりも、ずっと濃密で濃厚でそして極彩色に彩られた日々だったからだろう。時間は物理的には全て平等に流れているはずなのに、確かに琴子を知ったその日から世界は色を成し、全ての記憶が鮮明に残され、時間の流れも変わった気がする。

そして、これからもーーー。
色鮮やかで喧騒に満ちた日々は永遠に続いていくのだろう。


そして、さしあたって今夜はーー。


「啼かせる準備はできているからな。覚悟しとけよ、奥さん」










※※※※※※※※※※



すみません……またまたとりとめのない話で………f(^^;


一昨日が息子の卒業式で、あまりに校長先生の話が長すぎてついうっかり卒業ネタ妄想してました……

いや、さすがにハタチの息子の式に涙はでませんが……。5年もいたので感慨深いものはありますね。そうか人生の4分の1をここで過ごしたのね。もっともまだ2年ここに居座る予定笑(最終的に7年だよ。琴子ちゃんの大学生活と一緒だわ……)

そして作中の『ジャネーの法則』ですが2年前のこの時期に『10年目のファーストキス 路地裏のキス編』にて書いております。このネタ書いたかどうか思い出せなくて(調べたのは確かだったんですが)、読者のm様に確認すると言う怠慢な作者です……(((^^;)m様、変なメールしてごめんなさい。いつもすみません……(^_^;)そして息子くん娘ちゃんの卒業おめでとうございました♪

仲良くしていただいているサイトマスターの北のm様東のe様はじめとする、この春お子さまが卒園卒業されたすべての皆様にも……おめでとうございます!!






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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

私も、あの小説の中味は知りません~~江國さんは『きらきらひかる』しか読んだことないなー。タイトルだけのパクりですf(^^;

息子の卒業式で校長先生の話が長すぎて変な妄想してました。いや、でも需要はなかったかしらー(^_^;)

琴美は絶対泣きますよねー。私は自分の卒業式には一切泣かないクールな奴でしたが子供の卒業式にはうるうるしまくってます。

変なメールしてすみません。お騒がせしました~~そしてありがとうございました(^^)d


Re.heorakim様 * by ののの
拍手コメントありがとうございました♪

ほんと、3月と4月、バタバタと行事続くとき、それは、新しい生活の始まりを意味してて、ちょっと色々感慨深いものがありますよね。、年取ると時間は加速するだけでなく、涙もろくもなります……f(^^;
世間は三連休でも私はフツーの週末でした。なんとなく卒業式のあと勢いで書いてしまったけど、やはり連載の方をみなさんお待ちですよねー………ガンバリマス……(((^^;)

個別記事の管理2016-11-30 (Wed)



連載に戻るといいつつ……f(^^;
なんとなくイタキス期間を引きずる私……

そして、28日にアップするつもりだったのに、結局もう12月なのです~~f(^^;
早いよー。

そして、ヤマもオチもなく脈絡のないお話になってしまったのだよ……(ーー;)










※※※※※※※※※※※※※





………もうすぐ11月も終わりかぁ……ほんと、あっという間だよね。


琴子は自分のスケジュール帳を見ながら軽くため息をついた。
ファンシーなキャラクター柄のスケジュール帳は、マンスリータイプだ。そして11月のページは花丸だのシールだのがいっぱい付けられていた。
直樹の誕生日に結婚記念日に……アニバーサーリィ目白押し月間だったからだ。


……そうそう、そのうえ、学祭もあったのよねぇ


今年の11月は直樹最後の学祭ということで、ミスター斗南に選ばれるだろう直樹と並ぶべくミス斗南に選ばれる為に奔走することに終始してしまったといっていい。ドタバタの挙げ句、最後は二人で過ごせた訳なのだが、もっとゆっくり直樹と学内を回れば良かったと後悔しきりの学祭となってしまった。

とはいえ、重要な記念日をお座なりにしたわけではない。直樹の誕生日や結婚記念日も、去年が色々あってぱっとしなかった分も今年は準備万端でかなり頑張ったのだ。

……まあ、ドタバタはしたけどね、うん。入江くんが楽しんでくれたらそれでいいのよ。(←ドタバタはしたらしい)

……学祭の後もだけど……お誕生日も結婚記念日もそれなりに甘い夜を過ごせたし……入江くんも満足してくれたみたいで……////////
(←つまり美味しくいただかれただけの夜だが)



11月は……それだけじゃなくて。
まず、この日はーー雨の日のプロポーズ記念日でしょ。

今思い出してもうっとりするなぁ……

“オレ以外の男、好きなんていうな”

ふふふっサードキス記念日でもあるんだよねー。
セカンドキスを覚えてないのが心残りではあるけれと……

この日は驚きモモノキの結婚式発表記念日。驚いたよなー。お義母さん、式から披露宴からハネムーンから全部段取りしてくれちゃって。
でも、そうしてくれてなかったら、あたしまだ入江くんのお嫁さんじゃなかったんだよねー。まさか、お互い未だに学生やってるとは思わなかったもん。
ほんと、お義母さんのお陰だよね。


でもってぇ……この日はちょっとディープなキッス記念日でぇ……
って、入江くんの誕生日なんだけどさ……
へへっ。
いやーこの日は全部あげちゃってもいいかなーってちょっと思ってた……ってか少しは期待してたかも………
入江くんのバースディにあたしのすべてを捧げるわ、なんて。まあ、理美とじんこに乗せられかんじだったわよね。
二人で最後まで揉めてたわよね。
清楚な白かパステル系で行くか、超透け透けの色っぺーので行くのか。黒とか赤とか挑発系で攻めるのか。
結局3つとも買っちゃって、神様の言う通り、で選んだレースたっぷりの赤の下着にしたのに、お見せすることはなかったのよねー。
……完全あたしがびびっちゃってるの入江くんに見抜かれてて……
だいたい、入江くんも仕事忙しくて帰ってきたの日付変わってからだったし。
お疲れだったもんなー。

“……ま、お陰でちょっと、エネルギー補給になったよ。”

“でも、おまえ、鼻で呼吸しろよ……何窒息しそうに、なってんだよ……”

“こんなんじゃ、まだまだだよな……”

ーーふっ、そうね、あのときのあたしってばもう全然うぶでお子ちゃまで、まだまだだったわよね……//////ちょっと胸触られだけで頭の中沸騰してたもんね~~

あー初めてのバストタッチ記念日でもあるわね。
ごめんっまだAなのって叫んじゃったりして……
ああ、そしてごめんね、未だにAだわ、あたし。……この3年で結構揉まれて大事に育てられてる気もするのに成長しないのは何故だけしら……こればっかりは天才でもままならないのね……

そして、結局、結婚式の夜も何もないままハネムーン最終日までに持ち越すとはよもや思いもしなかったわけだけどさ……
あ、三種類の下着も持ってったのに、結局役にたたなかったなー。
あ。ちなみに初夜のあの夜は上はノーブラ、下は白でした~~
特に下着についてのコメントはなかったなー。赤とか透け透けだったらなんか突っ込まれたのかな~~?

ーーで、この日ーー誕生日の翌日は入江くんと結婚指輪選んだ記念日で~~お昼休憩の短い間だったけど、銀座でランチしてちょっと唯一恋人みたいにデートできた日だから恋人記念日に制定してるのよ。

で、20日が前夜祭で、21日が結婚記念日でしょ。
ふふっ結婚式の時、牧師さんの前であたしからキスしちゃったんだよね。思わずザマーミロって。だってそんなに前から入江くんってば、あたしのこと好きだったんだ~って、めっちゃ嬉しかったんだもん。
その後「マイッタ」って入江くんからもキスしてくれて。牧師さんからこの教会史上初の長いキスだったって云われて……そ、そんなに長かったかな? 裕樹くんからもカップ麺作れたな、って後からからかわれたけど//////

披露宴は始まりあたりは楽しかったけど……入江くんのテンションが段々落ちてきて不機嫌MAXになっちゃったもんなー。ゴンドラとかあたしは楽しかったんだけど。でもスライドショーは……あれはちょっと入江くん、可哀想だったかも。ほんの少しだけお義母さん恨んだな~~~
お陰で初夜も入江くんふて寝で。
まさかそこからハネムーン最終日まで引っ張るとは思わなかったなー。

で、翌日がハネムーン記念日。
でもハネムーン自体はね~~
楽しいというよりはあの麻里さんに振り回された記憶しかないもんなー。
いつかもう一度ハネムーンやり直したいよね。……無理か。入江くんお医者さんになったらもっと忙しいだろうし。

でも……最後の夜だけは………むふふふふ

“もう平気じゃない……”

いやーん////////


早いなーもうあれから3年か……


「何、鼻の下伸ばして不気味な笑い顔してんだよ」

「えっえっえ? ひ、ひぇぇぇ~~~入江くんっいつからそこに!?」

唐突に直樹に声を掛けられて、思わず琴子は手にしていたスケジュール帳を落としてしまう。
それを拾いながら、
「カップ麺のくだりから」と、呆れたように答える直樹。

「や、や、やだぁ~~いるなら声掛けてくれれば……」

「おまえが随分長い旅に出ていたようだったんでね」

「へ? えへっ………」

「すげー。シールとかマークとかいっぱいだな。これでわかるのか?」

琴子に手帳を渡しながら直樹か問いかけた。デコシールやら蛍光ペンやカラフルな彩りのマークやメモ書きで溢れかえってごちゃごちゃとした手帳の中身である。

「そりゃ、入江くんはスケジュール帳要らずだけどさー」

直樹がスケジュール帳に予定を書き込むところなど見たことがない。おそらくすべての予定はしっかり記憶されているのだろう。

「だいたいおまえ、結婚してまだたった3年なのに、何をしみじみと振り返っているんだか」

「『たった』じゃないのー。とっても濃密な3年だったのよ?」

ぷう、と頬を膨らませる琴子の顔を覗きこんでくくっと笑う。

「……この一ヶ月もイベント多くて、とっても濃密だったし……」

「……まあ、濃密な夜はそこそこ過ごせたかな」

「え? いや、あ、そーゆー意味じゃなくてっ」

「どーゆー意味だよ。どーせ、今日はお初記念日とかいうんだろ?」

「お、お初記念日なんて~~『幸せのハカリ記念日』という素敵な命名が……」

……などと、ごにょごにょ云ってる間に直樹の顔は琴子の間近に迫り、腰はがっちり支えられている。

「ま、正確には時差があるからハワイでは27日だけどな」

「ええ~~~!?」

相当衝撃的な事実だったようで、こぼれ落ちそうな大きな瞳がさらに大きく見開かれていた。

「でも、お義母さんの撮ってくれた写真に28日って」

「カメラの日付設定をわざわざ変えてなかっただけだろ?」

「日本時間は28日なんだよね。だったら、今日で大丈夫だよね?」

「……大丈夫の意味がわからんが……」

「だって記念日はきっちりしとかないと……理美なんか結婚記念日、式を挙げた日なのか入籍した日なのかで良くんと揉めたって」

半年前に式を挙げたばかりの理美は、まだ初めての結婚記念日を迎えていない。

「どっちでもいいだろ、そんなの。記憶に残ってる方で」

「うちは結婚式挙げた日にしちゃってるから。入籍記念日は1月だし」

「悪かったな……間が空いて……」

軽くぎろっと睨まれる。

「え、あ、うん。いいのよ、それは、もう! それに、割りと入籍日と式を挙げた日と間が空いていて、どっちを結婚記念日にするか悩む夫婦も多いってきくし。理美も、はじめは式は出産の後にするとか言ってたから、入籍は一ヶ月早いんだよね」

そういえばあそこも姑の横槍が激しくて事態が二転三転して、準備期間1ヶ月くらいで急遽式を挙げたということだった。
酔っぱらって暴言はきまくった琴子のスピーチを思い出して、微かに笑みが浮かぶ。
あの時の黒のドレスーー意外と艶めいて似合っていたよな……。

直樹の思考が別の方向にそれかかっていたが、琴子は気づかないまま話を続けていた。

「理美の話じゃ、ダントツで入籍の日を結婚記念日にする人が多いんだって。そうなると、あたしたちの結婚記念日、1月になっちゃう~~って何か根底から覆る感じじゃない?」

「何の根底だよ……」

因みに、そんな会話をしている間に、琴子の身体は抱きかかえられ、ベッドの上に下ろされているのだが。

「で、今更結婚記念日、変更するのかよ?」

「し、しないよー。入籍したのも嬉しかったけど、やっぱりみんなに祝福されて式を挙げたあの日は別格だもん」

そんな話をしている間に、ささっと直樹は琴子のパジャマをはだけさせていた。
あの夜、随分手慣れた感じでコトを進めていく直樹に、微かに今まで何人のひとを抱いたのだろうと頭の片隅で思ったりもしたのだが、今思うとやはり習熟度が違うようにも思われる。何かを探すようにさ迷っていたあの頃とは違う、匠の技のような熟練した指の動き。今は何処を触れれば琴子の琴線に触れるかわかりきっているのだ。

「そして、今日も別格なのよ……」

既に琴子の瞳は直樹の指先に翻弄されて、うっとりと潤んできていた。

ーー今日は初めて入江くんと結ばれた日。
11月の記念日ラッシュのラストビッグイベントなのよ……

そして入江くんにとってもサヨナラチェリーボーイの……

「おまえっ!! またその話を蒸し返すのかっ!!」

うっとりとしたところでべちっと額をひっぱたかれた。

「……そんなにお仕置きして欲しいのか。それでは、ご期待に答えないとな。微に入り細に入り、徹底的に可愛がってやるよ」

にやり、と不穏な笑みが、琴子の頭上でこぼれ落ちる。

「ひ……ひぇーーっ」







……だいたいどうせ、12月も手帳の書き込みはぎっしりだろ。

ばらりとみえたスケジュール帳はどのページも賑やかで空白がなかった。

コトリン記者会見記念日だの、2回目記念日だの。
12月最大イベントのクリスマスだって待ち構えてるもんな。ほんと、大忙しだよな、おまえ。
それに、お母さんの命日もある。
今年は……今年こそは、おれも一緒に墓参りに行こうと思ってるんだけどな。




忘れっぽいクセに記念日ばっかり増えていく。

毎日が記念日みたいなおまえだけど……


とりあえず今日も特別な日だと思っているおまえのために、スペシャルな夜をプレゼントしてやるよ。
……来年の今ごろ、どーしてるかわかんないしな……。


琴子のうなじに顔を埋めながら、直樹はその指先をなだらかな胸に這わせていく。




きっと、今日も、明日も明後日も。
毎日が刺激的なスペシャルデイ。
おまえが約束してくれた通りになーー。









※※※※※※※※※※※





とうとう今年から紙のスケジュール帳を買わずに、スマホのスケジュールアプリを使うようになってしまった………(((^^;)

スマホ壊れたら、ほんと大惨事だな、といつも思う………


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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございます♪
リコメが遅くなって申し訳ありませんでした(((^^;)

11月って本当に怒濤の日々ですよね。すっぽぬけた恋人期間の2週間にも色々あったと思います(他の素敵サイト様の隙間話が頭の中で定着してますが)。

手帳に書いてむふむふしても、忘れっぽいので案外忘れてるかもですが笑
きっと直樹は色々覚えてるけど云わない(^_^;)

そうそう、はっきり11月21日って出てますものね。入籍日は1月のいつか。大学始まった日ですねー。ほんと、結局仲直りしてからも1ヶ月は入籍してなかったんだーと呆れます。その間に何かあったら……どーすんだ、と昔、あんな話、書きましたけどね~~(^^)

ふふ、勝手に神戸行き決めちゃうのも鉄槌事項ですよねー。ああ、早く夏休み書き出さねば(スミマセン、重い話を書くテンションになれなくてーー)。

Re.たまち様 * by ののの
コメントありがとうございます♪
リコメ遅くなって申し訳ありませんでした(((^^;)

ほんと、琴子はささいなことでもメモって、ちょっとしたものでも(デートのレシートとか)記念に取っておいてガラクタ増えそう笑 絶対直樹さん、呆れながらも嬉しいですよねー♪

やっぱりスマホは危険ですよね。でも最近紙のスケジュール帳も書き忘れたり見忘れたりして予定忘れることが多々あって、前日にお知らせしてくれるアプリが便利でねー。来年のスケジュール帳今日美容院でもらってきたので、紙に戻そうかなー(((^^;)

Re.でん様 * by ののの
拍手コメントありがとうございます♪
リコメが遅くなって申し訳ありませんでした(((^^;)

少しは幸せな気分になっていただけたでしょうか?良かったです(^^)v寒くなってくる季節ですけど、イリコトはラブラブであったかいですよね。ショックだった未入籍事件もきっと、コトリン会見記念のお陰で悲しい気持ちは上書きされてるでしょうねー(^_^;)

Re.ちびぞう様 * by ののの
拍手コメントありがとうございます♪
リコメが遅くなって申し訳ありませんでした(((^^;)

アニーバーサリーラプソディー!!そっちの方がタイトル良かったかしら~~笑
ほんと、琴子って思考がブッ飛んで楽しいですよね。遊園地のよう、って言葉になるほど、って思いました。入江家に越してからジェットコースターのようにアップダウン激しいし笑
そうそう、今宵は2度も3度も朝までも……(爆)

Re.ちょこましゅまろ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪
リコメが遅くなって申し訳ありませんでした(((^^;)

そう、11月はいろんなことが濃縮されてますよねー。
この2週間の恋人期間にちょっと恋人らしいキスやら、もう1つステップアップのなんやかんやはいろんな方が書いてらっしゃるので、もうそういうことが隙間にあったのは前提な感じです(((^^;)
恋人期間が少なかった分、恋人ってコトバ、新鮮ですよねー。
サヨナラチェリーボーイに受けてくださって良かったです(((^^;)
11月どころが1年中ラブラブ……ですよねー(^w^)

Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪
リコメ遅くなって申し訳ありませんでした(((^^;)

おー紀子ママさんは式を結婚式の日と入籍日がいっしょなんですねー。うちは入籍したのは新婚旅行から帰ったあとだったんですけど、一応式をあげた日に制定してます。でも入籍日の方が一般的に多いと聞いてびっくりしました。
クリスマス入籍。いいですねー(^w^)

ほんと、3年たって漸くお墓参りって謎ですよね。きっと結婚後、毎年行きたくても行けない用事があったと思っておきます(^w^)
普通ならこの時期にはもう神戸行きの打診はあった筈ですけどね。原作で卒業式寸前に教授に呼ばれてますけど、もう決定事項できっと詳細の話をしていたのでしょう。それまでひとかけもそんな話してないの、本当に妻をなんだと思ってんでしょーね。(ーー;)

そう、携帯やスマホは水没とかね、怖いですよねー。私、スケジュール帳だけじゃなく、壊れたらブログの更新もできなくなりますよ……(._.)端末に書きかけの話も結構入ってましてねー。デジタルは壊れたらマジ怖いです……(*_*)

個別記事の管理2016-11-21 (Mon)



23回目の結婚記念日、おめでとーー♪♪

ええっもう再来年は銀婚式ですか?
永遠にラブラブな二人でしょうが、今回は9年目のお話をどうぞ^_^







※※※※※※※※※※※





その日は結婚記念日だった。

ただ9回目の結婚記念日というのは、実に中途半端で、ついうっかりと琴子の頭から忘れ去られていた。
何しろ忙しい。
とてつもなく忙しかったのだ。

琴美は2歳になり、可愛いさかりだが、好奇心旺盛で目の離せない時期だ。

仕事も復帰して一年、夜勤も通常モードでこなし、寒暖差にやられて増えた患者のお陰で救急外来の応援にも頻繁に呼ばれる。
復帰後に内科に異動となったせいで、いよいよ繁忙期に突入となった。

そんな中でも直樹の誕生日はしっかり覚えていた。なんといっても今年の琴子の誕生日には水族館デートにロイヤルホテルディナーと、最高のバースデイプレゼントをもらってしまったのだ。
お返しに何をあげようか悩んだ末に結局定番の財布に名刺入れのセットにした。あまりに芸がないかなーと悩んでいたら、紀子からお財布にお金が増えますようにって、招き猫の着ぐるみはどうかしらと提案され、ついうっかり真に受けてしまって(紀子作)招き猫ぐるみを着て寝室にいたら、「招かれたなら受けねばな」と、着ぐるみごといただかれてしまったのは毎度のお約束な直樹の誕生日の夜だった。

ただ直樹の誕生日が終わると、もうすぐ結婚記念日よねーという認識はあったものの、その十日あまりの日々が怒濤過ぎてついうっかり失念してしまっていたのだ。
それはもう、ものの見事に。

そもそも、いつもは結婚記念日のお祝いどうしましょう、とはしゃいで、さらにあれこれ段取りをしてくれる紀子がいなかったのが災いした。
紀子は今は重樹とニューヨークである。
パンダイNY支社で行われる新プロジェクトの制作発表のレセプションに夫婦揃って出席らしい。
久しぶりのNYだわ、と少し浮かれ気味の紀子は十日近く滞在してラスベガスなども回る予定らしい。
来年入社予定の裕樹も同行している。卒論は終わったし単位も完璧らしいので、今は大学の傍らパンダイで父の仕事を手伝っていた。

しかし入江家に紀子がいない状況というのは、なんだか大きな太陽が欠けたような心もとさだ。
紀子の補佐があってこそ、仕事と育児を両立出来ていたのだと、改めて実感し、紀子に感謝する日々である。
紀子から、居ない間はベビーシッターを頼みましょうと提案されたが、ちょうど保育園の一時保育の空きがあったので、十日だけ預けることにした。とはいえ夜勤は出来ないのでシフトの編成し直しをしてもらったりして職場にはかなり迷惑をかけてしまった。
幾分早めのインフルエンザとノロウィルスの流行もやってきて、免疫力の弱い高齢の患者が殺到し始め、自分も疲労やストレスから感染しないようにするのに必死だ。

ーーなどなどと日々に忙殺されてうっかり結婚記念日を忘れていたとは言い訳にすぎない……。

ーーーどうしよう!!
ノープランだわっ

琴子は、朝の情報番組で明日は『いい夫婦の日』、というワードを聴いて、連鎖的にはっと思い出して愕然とし、そして青ざめたのだった。

思い出したのはまさかの当日の朝。
直樹が当直で朝から居ないのはラッキーだった。
今日は木曜日ーー平日だ。
琴美を保育園に連れていってから琴子も出勤せねばならない。
昨日、直樹と病院で会った時にはまるで結婚記念日の話題はでなかったが、おそらく忘れているわけではなく、琴子が思い出さねばそのままスルーのつもりだろう。

直樹が結婚記念日を自分から言い出したことはない。
積極的に琴子の誕生日を祝ってくれるようになってまだここ数年の話で、結婚記念日は直樹にとっては重要な日ではないのかもしれない。
なんといっても披露宴の悪夢を思い出す日なのだから。
二年目で紀子が大きなパーティを開こうと目論んだこともあり、大袈裟なパーティは今後一切企画してくれるな、と毎年母親に釘を刺しているので、いつも自宅でささやかなお祝いをするか、二人だけで食事をしたりホテルで過ごしたりするくらいで派手なことはしていない。一年で一番派手なパーティは琴子の誕生日だろう。
でもせめて直樹の誕生日も結婚記念日もちゃんと手作り料理をしてプレゼントを準備してそれなりのお祝いはしてきたのだーー出来映えは別として。

けれど今回は……全く準備していない。


さて、どうする?

どうしようーーー?





「何よ、今年は何も騒がないな、と思ったらやっぱり忘れてたの?」

幹は琴子の奢りのスペシャルランチを有り難くいただきながらも、ついあきれ返って大きな声をあげそうになる。

「も、モトちゃん、しっ」

琴子が焦って人差し指を口元に立てた。
そして周囲をキョロキョロと伺う。

直樹はいないようで安心した。
直樹ファンの女子に聴かれてもやっかいだ。
記念日も覚えていないサイテーの妻だの冷めた夫婦などと噂をたてられてしまうのは必至だ。


あんたが騒ぎ立てない時点で、忘れていると入江先生、わかってるでしょうに。

幹は呆れ返りがりながらも、おそらく直樹は琴子が忘れていても気にしないだろう、と推測していた。
目の前のことに捕らわれすぎるとその先のことはすっぽりと抜け落ちる。
直樹の誕生日に全力であれこれ企画していたから、おそらく同時進行は無理なのだろう。そして、そんな琴子を直樹もわかっているハズ。


「とりあえず、何をしたらいいと思う? いつも全部お義母さんが取り仕切ってくれてたからーー」

「ほんと、出来た姑よねー。だから嫁が甘えてしまうのよ」

「うう……反論出来ない」

「九年目だもの。特別なことはしなくていいんじゃないの? あんたが仕事から帰ったあと、みーちゃんを一人で面倒見ながらバタバタご馳走作るよりは、デパ地下でちょっと豪華なお総菜買って、ワインとケーキでも買って帰ればーーああ、そういえば、今日はちょうどボジョレーの解禁日よ」

「うん。そっか。そーだよね……」

「ま、入江先生はそんなのどーでもいいでしょうけどね」

「そうなのよねー。結局はそうなんだけどね。でも、やっぱりそれなりの体裁は整えて、ちゃんと結婚記念日覚えてましたアピールはしておきたいのよね……」

「……そういう意味じゃないんだけど」

いただきたいのは琴子だけだろうし。
きっと、記念日はさぞ念入りなことだろう。
明日、琴子の身体の見える部分にどれだけキスマークがついているか、みんなと賭けようかしら、などと不埒なことを考える幹であった。








「きゃーーっなんてことっ!!」

幹のアドバイス通り、デパ地下でワインとオードブルを買って、テーブルにセッティングした。
でもやはり一品くらいは自分で作りたいと、寒くなってきたのでポトフでも作ろうと思ったのが失敗だった。
野菜を切って肉やらソーセージやら放り込んで煮込むだけだ。誰にだって簡単に出来るハズーーなのに。

保育園から帰って眠っていた琴美がグズって様子を見に行ってる隙にーーすっかり鍋の中の水分は飛んで、そして具材は鍋底に焦げ付いていたのだ。
部屋中に焦げ臭さが充満している。慌てて換気扇のスイッチを強にする。

「はあーー。やっぱ。棄てよ………」

鍋の中味を捨てようとしたときに、ドアのチャイムが鳴り、慌てて玄関に飛び出していく。

「おかえりー入江くんっ」

ドアを開けて、出迎えた途端にーー

「臭い。おまえ、何、焦がしたんだ?」

眉を潜めて鼻を摘まむ直樹に、鞄を手渡されてから睨まれたーー。






「ご、ごめんね! すぐ棄てるから~~。大丈夫、食べるものはいっぱいあるしっ」

慌ててキッチンに戻って鍋の中味を廃棄しようとした琴子の手を止めて、直樹は鍋を覗き込む。

「具材はちょっと焦げただけだな。これならなんとかなるだろ。棄てなくていいよ、勿体ない」

「ええーー? でも水分とんじゃって。スープにならないよ」

「元々ポトフはフランスの家庭料理で、スープと具材を分けて食べるものなんだ。具は別盛りにして、ソースやマスタードを添えて食べる」

そう説明しながら、直樹は焦げた部分を器用にさっさと取り除いて、綺麗に皿に盛り付ける。
手早くマスタードを使って即席ソースを作る。熟練した主婦も目を剥く早業だ。

「へーそうなんだー」

感心する琴子を尻目にあっという間に皿をテーブルに置いた。

「……なんだ、ワインも買ったのか。おれも買ってきたけど」

「ええ? あ………これ」

直樹がぽんとテーブルに置いたのは、フルボトルの赤ワイン。

「1993年の シャトー・フォンリュード。ちょっと動物臭さやトリュフのような熟成香が全面にでるけど、風味は驚くほど若々しいらしいぜ。オススメしてくれたソムリエの話によると」

「入江くんはちゃんと覚えてくれてたんだね。結婚記念日」

「おまえは忘れてたろ?」

自分の言い方で、すでに忘れていたと告げているようなものだったと気づいて赤面する。

「う……うん、まあ色々あってね」

「ま、しょーがねぇよな。仕事と育児両方全力投球だもんな、おまえ」

そういって大人しくリビングで子供向けビデオを見ていた琴美のところにいってふわっと抱き上げる。

「パーパー」

きゃっきゃっと喜ぶ琴美を手洗いに連れていってから食卓のベビーチェアーに座らせた。

「じゃあ、家族三人でささやかにお祝いをしようか」

「ワイン、どっち開ける?」

「せっかくだからおまえの買ったボジョレーにしよう」

「うん。こっちの93年もの、来年の十周年の時に開けようか」

「そうだな。うちにはワインセラーもあるから、もう一年寝かせても大丈夫だろ。それに、まだまだ熟成しきってないおれたちにはボジョレーヌーボーの方が合ってるかもな」

「へへ。そうだね」

「……ま、あと一年でおれたちが熟成出来るかわからないけどな」

「入江くんは……もう熟成しきってるよー。病院でもすっかりベテランの域だしさー。あたしなんてまだまだだわ……」

「そりゃそうだな。おまえは産休育休でブランクもあったわけだし。他の同期みたいに指導看護師(プリセプター)も任されたことないしな」

「う………精進します」

直樹は既に実習生や研修医の指導医も任されている。ついちょっと前まで直樹自身が研修医だったような気がするが、なんだか二十代後半辺りから時間の流れが加速している気もする。
要らぬトラブルを恐れてか、病院側が女子学生や女性研修医を直樹に付けないようにしているらしく、それだけは安心だが。

「ボジョレーは飲みやすいけど、おまえ、飲みすぎんなよ」

「はーーい」

ワインを開けかかったところに、再び玄関のチャイムが鳴る。

「え? 誰?」

モニターを見ると宅配便だった。

何だろうと首を傾げつつ、印鑑を持って玄関に行くと、少し小振りな箱を渡された。


「あーお義母さんからだ!」

開けてみると中味はーー

「わ、可愛い。ペアのマグカップ!」

箱の中は厳重に緩衝材でくるまれた、爽やかなミントブルーのカップが2つ。白いリボンのデザインがシンプルでスタイリッシュだ。そして、ピンクのカードが一枚。

『陶器婚おめでとう。割れない二人になってね。母より』







「九年目は陶器婚なんだね……」

義母紀子は、毎年その年の結婚記念に纏わるプレゼントをくれる。

「そういえば、去年って……すごく、可愛いヘアゴムもらったっけ。七宝焼のお義母さん手作りの」

8年目はゴム婚式である。
ゴム婚式なんてあるの!? と思わず叫んでしまったのはつい昨日のことのようなのに、もう1年経ったとは。

「入江くんはお義母さんから何かもらったの?」

「いや……別に」

実はもらった。

『産後1年で、そろそろ二人目はいつでもオッケーだけど、家族計画は入念にね』
ーーと、夜しか使えない余計なお世話なゴム製品を1ダースほど。
消耗品なので、きっちり使わせてもらい既にないが。

「でも、おふくろ間違えてる。これは陶器じゃなくて磁器だな」

直樹はペアマグを手にとって確かめる。

「陶器と磁器って、違うの?」

「違うよ。陶器は土から作る。ほら、学校の美術で粘土をこねて焼き物作らなかったか? それが陶器。磁器は陶石という石の粉から作る。焼き加減も陶器より強くて、丈夫でそして繊細な仕上がりになるんだ。陶器よりずっと薄くて軽いけれど強い。だから磁器婚式は20年目なんだ。磁器と陶器を総称して陶磁器婚式ともいうけど」

「へえー。入江くんって、ほんと物知りだよねーー。何でも知ってる」

「これくらい常識たろ?」

「………そう……かなー?」

「これはボーンチャイナって書いてあるから磁器製品。でも、きっと……」

ブランドはニューヨークに本店のある有名宝石メーカー。
わざわざニューヨークから送った訳ではないだろうが、きっと去年直樹が同じブランドのラピスラズリのビーンズネックレスを琴子に贈ったことを覚えていたせいかもしれない。

実は今日も琴子がそのペンダントを身に付けていたことをしっかり直樹は気づいていた。


「本当に、お義母さんには頭が上がらないなー。いっつもいっつもあたしたちのこと考えてくれて」

「……だな」

振り回され掻き乱されて、腹が立つことはしょっちゅうだが、でも母がいなかったらこうして琴子と結婚できたかどうかはわからない。
感謝はしているのだーー一応。図に乗るから云わないが。

「……お義父さんやお義母さんみたいな素敵な夫婦になれるかな」

「あそこまで熟成するにはまだまだ年季が足りないかもな」

「そうだね」

熟成はされてないが、新酒のボジョレーの赤ワインも、さっぱりした飲み口で口たりはよい。渋味や深味はないけれど、それなりの良さがあるものだ。
未成熟ではあるけれど、今はまだこのままでいい。
焦らなくても、きっとじっくりと時間をかけて得るものはあるだろう。それがわかるのは十年後か二十年後か。

「飾っておいても仕方ないから、食事の後でこれでコーヒー淹れてくれ」

「うんっ!」

琴子はいそいそとマグカップをキッチンに持っていく。

「なんか、ペアマグ増えちゃってるねー」

「おまえがすぐに買ってくるからだろ?」

「だって可愛いの見ると欲しくなっちゃって。このハートのも好きなんだよね。取っ手が猫の尻尾になって絡まり合うのも。ふふ、この2つ並べると糸電話で繋がってるの、これ、神戸にいるとき使ってたんだよねー。これは上から覗くとハート型になるタイプ……モトちゃんから前にもらった奴なのよ。色々思い入れ深いわー」

「ほら、思い出に浸ってないで、飯食うぞ。琴美が腹へったって」

「きゃーごめんなさいっ! ああーみーちゃんっそれ食べちゃダメー!! ポトフのウィンナー、マスタードがべったりついてるの~~」

走り寄ろうとした琴子が何もないところで躓いて、そのままテーブルクロスをつかんでひっくり返る。

「わっ馬鹿っ琴子!!」

無論、引っ張られたテーブルクロスはガチャガチャとけたたましい音を起ててテーブルの上の料理を引き倒しーーー。



「…………ったくおまえは………」

「すごいね。ポトフとボジョレーは無事だわ……」

つまりはそれ以外は壊滅状態だが。

「本当に期待を裏切らずやらかしてくれるよ」

「えへっ」

「何が『えへっ』だ!!」

琴美の手が届くので、普段はテーブルクロスなど敷かないのに、今日はたまたまお洒落にセッティングしたくて使ったのが仇になった。
床の上に散らばった惣菜やら割れたお皿やらの片付けをした後、漸く食事にありつけた。
琴美は子供用のプレートに取り分けてあり、それは無事だったが、琴子と直樹はポトフとフランスパンだけの質素な食事となった。

「なんか、いつもより半分の人数なのに、おまえ一人で十分騒々しいな」

「ごめんね。せっかくの記念日なのに」

食後のコーヒーを淹れて申し訳なさそうに謝る琴子に、「いいよ、このコーヒーさえ飲めれば」と満足そうにカップに手を伸ばす。

「あれ? おふくろのプレゼント使わなかったのか?」

琴子が差し出したのは、結婚当初から時折使っている琴子お気に入りのペアマグカップだ。

「うん。さっき値段検索したらとってもいいお値段で。今日のあたしはやらかしまくってるから割っちゃいそうで恐いじゃない? なのでさしあたり食器棚に飾らせてもらったの」

「まあ、入れ物はどうでもいいけどね」

要は中味なのだ。
極上の薫りが鼻腔をくすぐる。


あとはおまえさえいただければね。



「九年目もよろしくね、入江くん」

「こちらこそ、奥さん」

かつんとカップを合わせると、kissした形になるペアマグ。
これも結婚して初めてのクリスマスに紀子からもらったものだった気がする。何となく結婚記念日にはこれを使いたくなる。
ワレモノだけど意外と頑丈で粗忽な琴子の手にかかっても欠けのひとつもない。




ま、目の前の嫁もそこそこ頑丈ではあるが。
今宵は陶器のように大事に丁寧に……ヒビなど入らないように。

「………優しく大切に扱ってやるよ。陶器婚らしく」

「へ?」

「 いい夫婦の日に突入するまでじっくりと」

「えーと………」


コーヒー味の甘いkissとともに。
九年目に突入した二人の夜はまだまだ長いのだーー。










※※※※※※※※※※※※※※※※


なんか、甘ったるい顔の直樹さんだなーと自分で突っ込むセルフ挿し絵……写真加工アプリでぼかして誤魔化す技を修得しましたf(^^;



いやー今回マジで焦りました!
余裕で一昨日記事がほぼ書けて、日曜の午前中に校正して、予約投稿したら………記事が消えた!! 端末からも消えた‼
もう、頭真っ白になりました。

m様、e様、お騒がせしましたm(__)m

実は一年前の書きかけの話を補正して書いていたので日付が一年前だったのでした……f(^^;過去記事に埋もれてしまってました。
あー良かった。お詫び記事、書きかけていましたよ……(((^^;)





とりあえずイタキス期間が終わって、これで連載に戻れればよいのですが……まだまだ仕事の方が落ち着かず……( ´△`)
気長にお待ちいただければ嬉しいです。



えーと、以下は業務連絡です。


前回の謎解きクイズで正答していただいた方からのメールアドレス付き鍵コメが、まだ2名様から届いておりません。
気がついていないのかも知れないし、要らないのかも知れませんが。

tぴょん様、mゅ様
お待ちしてます~~^^;


一応、11月いっぱいで締め切って、メルアドいただいた方のみで、生イラストの抽選会したいと思います(^w^)

ハズレた方にはメールでイラスト画像お送りしますねー。当たった方には御住所教えてくださいメールが届くかと。12月以降になりますが、お待ちくださいませ(^^)d

こんなへったくそなイラストでも欲しいといっていただいただけで、とっても嬉しいです♪



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No Title * by なおちゃん
ポトフて、日本の、おでんみたいなものだもんね、結婚記念日入江君、ちゃんと、覚えていてくれたんですね、紀子ママも、わざわざ、ニューヨークから、プレゼントを、送ってもらったり、琴子ちゃんは、相変わらずドジだし、入江家は、安泰、幸せですね。

Re.heorakim様 * by ののの
拍手コメントありがとうございます♪

九年たっても相変わらずの琴子です笑
妄想の中ではもう、永遠に新婚気分な二人なのです(^^)v
いやーほんと、羨ましいですよねー(((^^;)

Re.とりぴょん様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

アドレス送っていただいてありがとうございます♪
少し時間がかかるかもですが、必ずお送りしますので、お待ちくださいませね(^_^)

結婚記念日のお話、とりぴょん様がほっこり幸せな気持ちになっていただけてよかったです(^w^)


Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

今回、余裕の更新の筈が、一瞬焦りました~~よかった、記事が消えてなくて(^_^;)

2年目でも忘れてたくらいなので、記念日に拘るわりには忘れっぽい琴子だと思うんですが、さすがにいい夫婦の日の1日前なので、世間が気づかせてくれるかと笑
多分、お互い仕事が一番充実して忙しい時期ですよね。でも直樹さんが忘れることはきっとない(^w^)

マグカップを検索してたらティファニーがあったので採用しちゃいました。もうちょっと紀子ママの好きそうなファンシーなのやラブラブなのもあったんですが。なので、そっちは実用的に使いました。

9年たっても琴子がやらかすのはお約束。トラブルが起きないワケはないのです♪そうそう、そんな琴子がいいんですからねー、直樹さんは。云った言葉を反故にはできませんよ(^^)v

もちろん、察しのよろしい琴美ちゃん、一度も起きずに両親に甘い夜を過ごさせてあげたことでしょう♪

イラストも誉めてくださってありがとうございます(^w^)キスマグカップを持たせたかっただけのイラストですが、嬉しいです♪

Re.りん様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

うちの神戸以降の直樹さんはかなり優しくてアマアマなので、よそ様のクールな入江くんにとっても憧れるのですが、優しくて大好き、といわれると、ま、これでいいのかなーと安心します(^w^)ありがとうございます。
どうしてもデレ妄想が多い私なのです……(^_^;)

イラストも褒めて下さってありがとうございますね♪

Re.りょうママ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪


そうそう、イリコト月間が終わるとすぐにクリスマスで……年末に向かってバタバタですよね。
二人とも忙しない師走に突入だと思いますよ(^w^)
この日ばかりは二人(+一人)だけでほっこりと過ごす記念日も良いですよね♪

個別記事の管理2016-11-13 (Sun)


思い付きのクイズに、たくさんの方が奮闘して解いて下さったようで、嬉しかったです~~! 解答コメントお寄せくださった皆さま、ありがとうございました(^w^)

さて、解答編。
続きからどうぞ♪




※※※※※※※※※※※※※※




………………琴子の様子がおかしい。


今日はおれの誕生日だ。
謀ったわけではないが昨夜はお互い当直と夜勤で、日付が変わった瞬間に琴子は息せきって医局に飛び込んできて「入江くん、誕生日おめでとう!」と満面の笑みで叫んでから、慌てて持ち場に帰っていった。
「バカ野郎、仕事中だろうが! 」と叱責する間もないくらいの素早さで。

朝方、夜勤終わりに帰宅する琴子に所用を頼んだ時も、いつも通りだった。
おれのための心穏やかに過ごせる誕生日を企画するのだと楽しそうに笑っていた。

だからきっと先日の琴子の誕生日のように派手な馬鹿騒ぎはないだろうと安心して帰宅したのだ。
そして、その予想通りーー何もなかった。
そう、何も。
琴子の出迎えさえも。

まさかクラッカーでお出迎えなぞはないと踏んでいたが、いつも通り琴子が満面の笑みを携えて玄関に飛んでくるのはお約束だろうと疑いすら持っていなかった。

なのに満面の笑みどころか、どんよりと重い空気を纏いつかせて「……あ、入江くん、おかえりなさい……お疲れさま……」とリビングから動きもせずに、虚ろな瞳でそう云うのだ。

「何かあったのか?」

「う、ううん。何でもないよっっ」

と、ぶるんぶるん首を振る。
いや、何でもないわけないだろう。

思わず額に手をあてると、ぴくっと首を竦める。何だよ、その反応。
触れると可愛らしく反応するのはいつも通りで、微かに頬を染めてはいるが、何処か憂いを帯びた悩ましげな表情だった。
とりあえず熱はないようだが。

「ほんとに大丈夫だよ。ご飯、食べよっ。ね?」

そういいつつも夕食のすき焼きを、琴子は殆ど手をつけていない。
箸を持ったまま、時折ぼんやりとため息をついている。
これ神戸牛A5ランクの肉だろう?
後でこそっと「あのお肉、琴子ちゃんが自分のお給料で買ってきたのよ」とおふくろが教えてくれた。
確かに旨い肉だったが、いつもは食べるか喋るかどっちかにしろと怒鳴りたくなるくらい食卓を賑わしていた琴子が沈んでいるせいで、妙に静かな夕食となり、家族全員が戸惑っている。この妙な空気のせいで今一つ味も半減した気がした。

「じゃあキッシュ切るね」
琴子は元気のないまま、よろよろとオーブンに向かい、キッシュを取り出す。
ロウソク付のバースディキッシュとやらを切り分けるときも随分とぼんやりとして、かなりいびつな等分だ。
甘くないのででかいヤツをもらう。おふくろ監修のせいか、確かに味は美味しい。
しかし琴子はやはり申し訳程度に口にしただけだった。

……ったくっ!
なんなんだ、おれの誕生日にそのテンションは!!

琴子が席を外した隙におふくろから散々と、「おにいちゃん、職場で琴子ちゃん苛めたんでしょう? 」と詰られたが、悪いがとんと記憶にねーよっ!!
振り込み頼んだだけだっ
まさか振り込み失敗したとか?
カード失くしたとか?
いや、それならすぐに差し止め手配をすれば言い話でーー。以前やらかしてるから経験済みの筈だ。

いったい何があったんだよ! と、不可解な状況におれまでテンション下がってきたじゃねぇか!







風呂から上がって寝室に入ると、ベッドの上で何かの冊子を見ていた琴子が、ばっと顔をあげて、ソレを背後に押し隠す。
明らかに挙動不審な所作。

「何だよ、それ」

「な、なんでもない」

なんでもないわけないだろ。

琴子の後ろに隠されたそれを難なく取り上げると、それはおれの小学校、中学校時代の卒業名簿だった。

「なんで、こんなものを」

眉を潜めて問いただすと、琴子は既に半泣きだった。
そして。

「レイコが……レイコが同級生に五人もいる……。それに担任の先生も令子だし……なんてことなのーー養護の先生も麗子さんなんて………ねぇ、どれが本命のレイコなの!?」

ーーと、意味不明なことを喘ぐような声で問い質してくる。

「は? おまえ、何云って………」

「だって、だって、レイコって人が初恋なんでしょ? 忘れられないんでしょ? だからパスワードにも名前使ってるんでしょ? キャッシュカードもレイコの家の電話番号なんでしょっ?」

「 はぁーーー!?」

思わず顎が外れるかと思った。
何でそうなるんだ?
どこをどう繋げるとそんな話が湧いて出るんだ?
……って、待てよ? レイコってまさか……

琴子はしゃくりあげながら、おれの顔を真剣に見つめる。
涙に潤んだ瞳は……ヤバイぞ、おまえ。妙に色っぽい。

とにかく琴子を落ち着かせて、事情を訊く。なんでパスワードが漏れたんだ………?




中々要領の得ない琴子から漸く話を聞き出して、だいたいのことはわかった。
ったく、こいつは今日1日『レイコ』のせいであんなに鬱々としていたっていうのかよ!

医局でパソコンを開くときに桔梗が近くに来たのは分かっていたが、まさかパスワードを読み取られていたとはな。明日早速変更しなければ。

「あのゲームのヒロイン、入江くんが名前を考えたんでしょ? パスワードにまで使ってるなんて、すごく思い入れのある名前なんだよね……。だ、だからきっと初恋のひとなのかなぁとか……もしかしてまだずっと心の片隅に残ってるのかなぁとか……どんな人だったのかなぁとか……あれこれ考えちゃって………」

話しながらまた妄想が再燃したのか、じわっと瞳が潤んできた。眉尻を下げ、切なそうに歪む幼げな顔。

「そ、そりゃ、誰にだって初恋のひとつやふたつはあるし、昔のことなんだから割りきらなきゃってわかってるのよ? で、でもね。やっぱりパスワードに使ってるってのは妻としてはね……ひっく……ごめんね、あたし心が狭くて……」

だから、その瞳、ヤバいんだってば。

「……あのな。時尾レイコは架空の人物だ。モデルなんていないし、名前も適当に作っただけで……」

「適当? 本当に? でも、パスワードにするくらい気にいってるんでしょ? レイコって名前にもいわくがあるんじゃ…… 」

きっちり説明してやろうかどうしようかと悩んだが、とりあえずおれが我慢できなくなった。
エンドレスに迷走を続けそうな唇を塞ぎ、そのままベッドに押し倒す。
おいーー琴子。
せっかくの誕生日なのに、まだ何ももらってないんだけど?

欲しいのはおまえのそんな泣き顔じゃないのにーー。

瞼に、頬に、そして涙の溜まった目尻にと唇を這わせた。
そしてもう一度その可愛い唇を塞ごうとしたらーーがしっと琴子におれの唇を掴まれた……。

「いっ入江くんっ! キスしたらなし崩しに納得しちゃうと思ったら大間違いなんだからねっ~~ちゃんとレイコが何者なのか説明して!」

………いつもならなし崩しに抱いて、そのまま誤魔化されて何となくお仕舞い、のパターンが多いのに、今回はその手は通用しないようだ。
レイコショックは相当大きいらしい。

「……わかったよ」

おれはため息を一つつくと、琴子の身体から離れてデスクに向かう。
メモ用紙とペンを取って、琴子の目の前でアルファベットを綴る。

TOKIO R E I K O

「時尾レイコをローマ字で書くとこうなる」

「そ、それくらいあたしだって知ってるわよ」

「じゃあ、アナグラムは?」

「へ? な、何……穴ぐら?」

「アナグラム。一種の暗号遊びみたいなもん。文字を並べかえると別の意味の言葉ができるんだ」

そして、不本意ながらおれは、TOKIO R E I K Oの下に照らし合わせるように並べ替えた文字を書いていく。

I R I E K OTO K Oーーーと。

「え……? あたし?」

「そうだよ。ヒロインの名前もつけてくれって頼まれたから、おまえの名前のアナグラムにしたんだ。だからレイコなんて奴はこの世に存在……」

「入江くん、入江くん、嬉しいよーーっ!!」

「わっ」

がしっとおれの首ねっこにしがみついてきた琴子にベッドの上に押し倒された。

「そんなにあたしのことばっか考えてくれてたのね。嬉しいよー」

いや、別に四六字中おまえのことばっか考えてる訳じゃないけどーーいや、あるのかーー。
神戸から帰ってきたばかりで医局から与えられたPCのパスワードを設定するとき、ついうっかりこの名前を使ってしまったのだから。実は神戸の医局でも使っていたのだ。

「じゃあ、キャッシュカードの暗証番号は? 誰かの電話番号じゃ……」

「誰のだよ……」

2545。

四桁の数字くらい無秩序な乱数だと押し通しても良かったのだが、期待に満ちた琴子の瞳に根負けして、結局種明かしをしてしまう。

琴子にもわかるようにメモにひらがなの50音表をつくり縦のあいうえおの横に1、2、3と数字を振り、横のあかさたなにも同じように数字を振っていく。

「横の2、縦の5の文字は何になる?」

「えーと。……『こ』?……あ、もしかして。横に4で縦に5だと……『と』だっ」

「そーゆーこと」

このキャッシュカードは去年神戸に赴任したばかりの時に作ったんだよな。
我ながらかなり単純な数字を選んでしまったもんだと思う。まったく………。
でもーーそれくらい餓(かつ)えていたのかもなーー『こと』に。

「桔梗は学生時代はがっつりポケべル使ってた世代だよな。ポケベルの数字を打ってカナ文字変換するのは同じ法則だからすぐにわかったんだろうな」

ったく、侮れない。

「嬉しい……入江くんの心の中はあたしで一杯なんだね~~よかった。よかったよーーっめっちゃ嬉しい! こんな最高の誕生日プレゼントないよー」

いや、誕生日、おれだし。
それに心の中がおまえでいっぱいといわれると、何となく反発したくなる気持ちも沸き起こる。

少なくとも半分は患者のことでいっぱいだしーーそう言い返そうかと思ったが、さっきまでの鬱とした琴子の表情が180度変わって幸せそうに笑みを浮かべて輝いているのを見て、出かかった言葉を喉元に閉じ込めた。

頭の中は確かに患者のことでいっぱいだけど、心の中はおまえの言う通りかもなーーー


云われてみれば1ヶ月半前の琴子の誕生日に何も贈ってない。まあ例年のことだが。
いつも通りのおふくろ主催の派手なバースディパーティだった琴子の誕生日。少し遅れていったのに、ちゃんと来てくれて嬉しい、それだけで十分だよ、とはにかんで微笑んでいた琴子。
いつもそんな琴子に甘えていたのも確かだ。
イベント事には興味はないのは代わりないが、誕生日の持つ意味や意義についての考え方が、神戸に行って一人で過ごした一年のお陰で若干変化したように思う。去年は傍で過ごすことすら叶わなかったのだから。

我ながら単純過ぎる暗証番号もパスワードも、離れていた一年の為せるワザかもしれない。

「……すぐに変えるけどな。おまえも自分の暗証番号変えろよ」

「ええー。あたしは入江くんの誕生日でいいよ。1112。覚えやすいし」

「他人にもな」

「じゃあ、あたしも同じ法則にする。『なお』で5115 だねー。 ふふ、覚えやすいし」

「好きにすれば? おれも変えるけどな」

「ええー入江くんには変えてほしくないなー。暗証番号もパスワードも」

余程嬉しかったのか、すごく残念そうだ。

「ばれてるから変えなきゃまずいだろうが。桔梗を信じてない訳じゃないがな」

「じゃあどうするの? またあたしの名前をアレンジしてくれる?」

期待に満ちた瞳で見つめられるとつい苛めたくなる。

「さあな。今度はフーリエ変換の超函数でも使って考えようかな?」

「ふ、ふー……ふりん?……???えええっ」

眉間に皺を寄せて変顔をする琴子。
ちなみにおれはさっきから琴子に押し倒されたままだ。
押し倒されるのはあまり趣味ではないので、馬乗りになっている琴子の身体を抱き寄せて、そのまま反転する。

「……で、そろそろ誕生日プレゼントもらっていいのかな? 奥さん?」

「あー誕生日プレゼント! 忘れてた! そのクローゼットの箪笥の引き出しに隠してあったのー。あのね、前にあげた低周波マッサージ器の進化したモデルで……入江くん最近仕事忙しくてお疲れみたいだし……」

またマッサージ器かよ! ま、……確かに今はありがたいかも……
いや、それよりも!
おれは、おれの腕から逃れてクローゼットに意識を向けている琴子をもう一度腕の中に閉じ込める。

「入江くん……」

「それは後でもらうから、まずこっちが先……」

そう言って唇を重ねる。
何度も何度も、その愛らしい唇を、舌を捉えて蹂躙する。
だんだんと艶っぽく潤んできた琴子の瞳に、もう一度キス。
解放された唇は、互いの唾液で濡れそぼって艶かしい。そこから紡がれるのは多分一番もらって嬉しい、ひとつの言葉ーー。


「……入江くん、大好きだよ。誕生日おめでとう……」




あと数時間でおれの誕生日は終わるが、二人の長い夜はまだまだ終わらないーー。




追記


因みに新しいPCパスワードは 『h0a2r4p1』。琴子にはPCで適当に組み合わせたといっておいたが、実は西洋琴『harp』とお義父さんから聴いた琴子の生まれた時刻を組み合わせたというのは内緒の話だ。
キャッシュカードの暗証番号は1031に変えた。琴子にハロウィン!?と聞かれたからおまえは覚えやすいだろ? と言っておいたが、実は互いの誕生日を掛け合わせた数の上四桁なだけだ。

数の組み合わなんて実に単純明快。
一万通りの組み合わせの中から選ぶのに深く考える必要なんてない。

ただ互いがこの世に生を受けたことの奇跡を、密かにその数字に封じ込めるだけでーー。








※※※※※※※※※※※※



実に素直なチョイスだった入江くんでした。
入江くんにしては簡単なパスの作り方で突っ込みどころ満載ですが、作ったのが私なので仕方のないことなのですf(^^;
入江くんならどんな暗号を作るだろうとアルゴリズムやフーリエ変換を調べましたがなんのこっちゃ??でございました~笑


アナグラムは解答して下さった皆さん全員正解でした! さすがです。私、アナグラム作るのが好きで、楽しく入江琴子から時尾レイコに変換しました。
2545の方は苦戦された方も多かったようで。ポケべル世代ではないのですが、たまたま見つけたポケべル文字変換表を見て思い付きました(^_^)


パスワードと暗証番号、両方正解の方は9名いらっしゃいました。

どうしよう。
抽選で、って書いてましたね。
先着順なら一番乗りのMロン様だけど(^_^;)
Mロン様には50万hitのキリ番ゲットのご報告もいただきましたので、何かお送りしますねー。いつもいつもコメント一番乗り、ありがとうございます♪

そして抽選で生イラストを1名さまに送らせていただきます♪(どうやって抽選するか、思案中)


でもせっかくだから当たった方には全員にえろイラスト画像をメールにて送ります(えろじゃない方がいい方はその旨教えてくださいね)ので、もし身に覚えのある方は、鍵コメでメールアドレス(gmailで送れるもの)を記載して送ってくださいませ。よろしくお願いします(^_^)v







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個別記事の管理2016-11-12 (Sat)



入江くん、ハピバー\(^o^)/


なんとか誕生日にアップしましたが………諸事情により二話に分けましたので短いです。(………て、後編まだ書いてませんが)
誕生日なのにこんな話………? と自分で一人突っ込みしてますよf(^^;

時間がなくてほぼ会話文……f(^^;
クォリティ無さすぎですが、それでも耐えられる方は続きからどうぞ♪



※※※※※※※※※※※※※






「琴子。おまえもう帰るんだろ? 悪いけど銀行行って振り込みしといてくれ」

「うん、いいよー。あ、入江くん、当直、ちゃんと寝る時間あった?」

朝の申し送りの後、帰宅しようとした琴子をナースステーションのカウンター前で直樹が呼び止めて、通帳とカードとメモらしきものを手渡していた。

「昨夜はそんなに急変も急患もなかったから、仮眠室で割りとしっかり寝られたかな」

「よかった。いっつもそうだといいよねー」

嬉しそうに手を合わせてから、にこっと思わせ振りな笑みを投げ掛け、「で、今日は早く帰れるよね?」と訊ねる。

「それはわかんねぇな。とにかく、何もしなくていいからな」

軽く睨み付けて釘を刺すのは、妙なサプライズパーティなど企だてさせないためだ。

「大丈夫だよ。今年の入江くんの誕生日のコンセプトは『入江くんが心穏やかに過ごせる1日』なんだもん。特に何もせず、好きな本を読んで過ごせるよう、邪魔はしないから安心して!」

「へー。そうしてくれると助かるけど。………でも、おまえがそんな風に力いれて宣言すると、ただ平穏に過ごすことが余計難しくなる気がするんだけどな……」

「ええっ? そんなことないよー。ほんとに何もしないから。晩御飯が入江くんの好きなものラインナップになるくらいで。キライなケーキも作るのやめて、キッシュをバースデイケーキ風に飾ろうかなーとか」

「食えるもん作ってくれるならなんでもいいよ」

「だ、大丈夫よー。いつもちゃんと食べれるの作ってるじゃない。そりゃ、お義母さんが監修してくれてるからだけどさー」

ナースステーションの横で繰り広げる夫婦の日常会話に、ちらちらと視線を送り聞き耳をたてているナースたちに気がついて、
「じゃあ頼むぞ」と直樹が琴子の手にした通帳を指差す。

「メモ挟んであるから間違えるなよ。………あと、カードとか取り忘れるなよ」

「……はい……気を付けます……」

そんなやり取りを横目で見ていた同僚たちは、やっぱり夫婦なんだよねー、この二人、と改めて認識してしまう。

「でも振り込みならこの病院のATMでも出来るんじゃないの?」

幹が不思議そうに、去り行く直樹の背中をうっとりと見つめつつも琴子に訊ねると、
「何冊か海外の医療雑誌とか定期購読してて、それぞれ振込先違うから時間かかっちゃうの。病院のだと迷惑かかるから銀行でまとめてやってるのよ。あたしもついでに通帳記入とかしておきたいし」

「記帳とかちゃんとやってるんだ」

「うん。これは入江くんの私用のだけど、ついでに家計用の通帳に記帳もしとかないと。諸経費とかの引き落としがあるから家計簿つけるときに必要なんだよねー」

「へぇー家計簿とかつけてんだ! 意外とそーゆーこときっちりやってるのね。元々がお金持ちだからお金のことなんか何も考えずに生活しているかと思ってたわー」

心底驚いたような声をあげる幹を軽く睨み付け、
「そんな訳ないじゃない。………っていっても、学生時代はかなり適当だったけど。あー入江くんはお義父さんと細かく取り決めしてたのかなー? 学生の間はあたしもまとめて扶養家族だったんだよね。お小遣いはあたしはあたしのお父さんからもらってたし。入江くんは自分の貯金で生活してたみたい。完全財布は別個だったんだけど、入江くんが就職してからはきちんと家計簿もつけるようにって云われて、あたしが就職するまでの一年間は入江くんの稼ぎで生活してたんだよー。ま、あたしの授業料は別だけどね。食費や光熱費もきちんとお義母さんにお支払いしてるのよ」

「へー。でも神戸にいる間は家計が二重で大変だったんじゃない?」

「うん。研修医って思ったよりお給料少なくてびっくりしちゃった。あんなに働いてるのに~~って文句言いたくなったけど、神戸医大や斗南はかなりマシな方だったみたい。
ま、入江くんもあたしもそんなに無駄な買い物しないからなんとかやっていけたのかなー。服とか化粧品とかみんなお義母さんに買ってもらっちゃってたし。それに今はあたしも働いてるから、食費と光熱費はちゃんと多目に渡しているのよ」

なんとなく気になっていた入江家のお財布事情を初めて伺えて、幹はちょっとすっきりする。

しかし、ほんと、この二人夫婦なんだわーと改めて実感する。

「でもそんな日常的なこと見せつけられるのって、病院でいちゃこらを見せつけられるよりイタいかも……」

「え? なんでぇ? ……って、病院でいちゃこらなんてしてませんけどっ! だいたい入江くん、あたしに冷たいってみんな噂してるじゃないっ」

「バレてないと思ってるの? そんな噂を信じてるの一年目の新人か他部署の人たちだけよ」

ふんっ悔しいけどねっーーと鼻をならしつつも口元はにやついている。

「へ? な、何がっ!?」

ぽっと分かりやすく頬を赤く染め、少々挙動不審な様子な琴子を尻目に、「で、そのキャッシュカードの暗証番号ってどんな数字なのよ? もしかして琴子の誕生日?」と幹はカードを指差してにやりと訊ねる。

「まさかー。誕生日と電話番号使っちゃ駄目ってあたしだって知ってるわよー」

「でも入江先生名義の通帳でしょ? 自分のじゃダメだけど、パートナーや家族の誕生日を暗証番号に使ってる人は多いわよ。あたしは好きなアイドルの誕生日使ってるし」

「入江くんがあたしの誕生日使ってくれる筈ないじゃない。全然関係ないナゾの数字の羅列よー。いくら4桁とはいえ覚えるのに苦労したわよ、あたし」

「ま、確かに入江先生が琴子の誕生日暗証番号に使ってたら驚いちゃうけどね」

「どーゆー意味よー。あたしはしっかり入江くんの誕生日を暗証番号にしてるのにー」

「こらっそんな大きな声で……あんたカード盗まれたら一発で下ろされるわよ」

慌てて琴子の口を塞ぐ幹。

「入江先生がそんな素直な数字を暗証番号にする筈ないでしょ」

「うん、まあそうだけどさー」

暗に素直でないと認めてしまっているが、仕方ない。嫁の素直さの1ミクロンの欠片もないのだから。

「暗証番号、2545なのよー。どっから湧いて出たのよ、その数字って感じじゃない? 『にっこり仕事』って覚えてるのよ」

こそっと幹の耳元に小声で告げる琴子に幹が仰け反る。

「別に普通に覚えやすい数字じゃない。………って、琴子っ! また安易に番号ばらして! あたしが泥棒だったらカード盗むわよっ………え?」

ふと、幹が何かに気が付いたように宙を見てフリーズする。

「……? モトちゃん?」

「あらやだ。意外に素直じゃない、入江先生」

唐突ににやーと笑って琴子の頭を突っつく。

「な、何が!?」

「教えてあげなーい。自分で考えなさい」

「ええーっモトちゃんの意地悪~~」

ポカポカと叩こうとした琴子の手を掴んで、「そういえばさ」と、また何か思い出したようで話題を変えてくる。

「時尾レイコって誰よ?」

「え……?」

一瞬女の名前が出て虚をつかれたように止まってしまった琴子であるが、ふと思い出したように「それってパンダイで出したゲームの主人公じゃなかったっけ?
『時をかけるレイコの冒険』っていうの」

「ああ。そういえばちょっと前にブームになったっけ。確か携帯ゲーム機専用のソフトで、謎解き歴史アドベンチャー?」

時間を自在に往き来できる少女が相棒の猫を連れてさまざまな時代にタイムスリープをして、謎を解いていくという、一種の脳トレゲームだ。

「なんで、入江先生、病院のPCのパスワードが『時尾レイコ』なのかしらって、不思議に思ってね」

「え? そうなの? ………って、なんでモトちゃんが入江くんのパスワード知ってるのよ?」

「たまたま入江先生のところに書類を持っていくときにPC開いたばっかでパスワード打ち込んでたのよ。物凄い早打ちだったから、よもや他人が読みとっているとは思わなかったみたいだけど、実はあたし、かなり動体視力いいから、キーボードの位置から読み取れちゃったの。そしたらローマ字でトキオレイコってーー」

「そーゆーの、のぞき見しないでよねー。妻のあたしすら知らないのに!」

「それは悪かったけど……でも怒りポイントはそこじゃないでしょ。あの入江先生が他の女の名前をパスワードにしてるのよ?」

「……でも、ゲームキャラでしょ……? そういえば、あのゲームの脳トレ問題の監修、お義父さんから頼まれて入江くんがやったってきいてたわ」

「ふうん。それで思い入れのある名前なのかしら。入江さんが2次元キャラに入れ込むの想像つかないけど」

「そうよ。入江くん、コトリンすらそんなにこだわってないもん。コトリングッズなんて一つも持ち帰ってないのよー」

「……なのに、『時尾レイコ』はパスワードにしてるんだ」

「…………やっぱりよく考えたらちょっとムカついてきた。毎日一回はその名前を打ち込んでるんだよね。いっくら架空のキャラでも女の名前打ってるなんて~~~」

少し膨れっ面になった琴子に苦笑しつつ、いつまでも琴子と喋っていたことを主任に注意されて、幹は慌てて仕事に戻っていった。
夜勤明けの琴子は一人で妙に引っ掛かるもやっとした何かを抱えたまま、病院を後にしたのだった。










その日の夕方である。
仮眠をとった後、直樹から頼まれた振り込みなどの所用を片付けてから紀子と共に夕食の準備をした。
予告通り特に気取ったメニューではないが、そこそこいい肉を使ったスキヤキである。寒くなってきたからちょうどいいだろう。

「入江くん早く帰ってこないかなー。お鍋だとみんな一緒じゃないと寂しいですよね」

「ほんとね。でもあの子昔から自分の誕生日なんて無頓着だから。でもきっと琴子ちゃんがお祝いしてくれるだけで実は嬉しいのよ」

「そうでしょうか?」

ちょっと不安そうに紀子の方を窺う。
なんとなく朝から『時尾レイコ』のなまえがぐるぐると渦巻いている。

「ただいま」

「あら、おかえりなさい~~」

直樹かと思ったら重樹であった。

風呂から上がった重樹にビールを注ぎながら琴子が訊ねた。

「……あの……お義父さん。前にパンダイから発売された大ヒットゲームで『時をかけるレイコの冒険』ってありましたよね。あれって、入江くんも手伝ってたってきいたことあったんですけど……」

「ああ、『時かけレイコ』ね。ちょっとしたクイズや頭の体操みたいな問題が出されて、クリアしていくと古代の秘宝に辿り着くってゲームなんだよ。コトリンに次ぐ、うちの看板シリーズになったんだ。直樹に頼んで問題を色々作ってもらってね。そのお陰だろうな。実はキャラ設定も直樹が考えたんだよ。お節介で無鉄砲なヒロインはなんとなく琴子ちゃんに似てないかね?」

ゲームのパッケージや解説文を見たが、ビジュアルはコトリンのようにまさしく琴子!といった風ではない。
眼鏡をかけた天才天然少女という設定で、美人でも美少女でもないタイプだった。

「確かヒロインの名前も直樹がつけたんだよ」

「ええっ。そうなんですか?」

それには琴子も驚いた。

と、いうことはつまりーー
元々何か思い入れのある名前なんだろうか? だって、だってパスワードに使うくらいなんだもんっっっ

レイコ 麗子 玲子 礼子ーーー

も、もしかして、初恋のひと………とか?
そういえば、入江くんの初恋っていつなの?
幼稚園のクラスメイト。もしくは幼稚園の時の先生……?
小学校の先生とか。
近所のお姉さんとか。
あれ? なんか年上ばっか想像してしまうのは何故~~~


「こ、琴子ちゃん?」

悶々と泥沼に陥り始めた琴子は重樹にビールを注ぎながらグラスから溢れさせていた。

も、もしかしてーー

カードの暗証番号も、レイコの家の電話番号とか!?

あたしってば、そんな女の番号をお金下ろしたりする度に毎回押していたの~~!?

「こ、琴子ちゃん、ビールが~~~」

せっかくの直樹の誕生日というのにーー
琴子は直樹が帰るまでのあと数時間、一人もやもやする気持ちを抱えつつ過ごすことになるのだったーー。








※※※※※※※※※※※※



すみません。
一話のつもりだったのに、誕生日アップが出来そうにないので、分けます。
多分後編は短いです笑 ただのレイコの謎解決編ですf(^^;
なんか誕生日なのに甘くなくてスミマセン。何故か前半入江家のお財布事情話に終始してるし……f(^^;
後編は少しは甘く…………なるのか!?





さてクイズです。

時尾レイコのなまえの由来は?
そして、入江くんのキャッシュカードの暗証番号四桁は何処から?

……正解の方は抽選でえろイラストを進呈!(いや、誰も要らないって)

ま、私が考たんですから大した謎じゃございませんことよーー(^w^)








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入江君、ハピーバースディ。 * by なおちゃん
入江君、早く家に帰れて、琴子ちゃんと、ラブラブな、お誕生日を、迎えられるといいですね。

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