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個別記事の管理2017-03-05 (Sun)


すみません。
また間が空いてしまいました。
書きたいとこまで書いたら少々脱力気味です。

リコメも返せてないわ、話も進まないわで(ーー;)
気がついたら3月ですよ。バレンタインも雛祭りもスルーです(((^^;)
週末忙しいので短いけどこれでアップしちゃいます(._.)


あとはハッピーエンドを目指すだけなんですけどねぇ……………(遠い瞳)









※※※※※※※※※※※※※※


8月20日(水)








カーテンの隙間からかすかに陽がこぼれ落ちて、室内が少し明るくなり夜が明けたのだとぼんやり思う。
微かに聴こえるBGMは『山の音楽家』。しつこくリフレインされて、なんだか随分耳に馴染んでいる。

さあ、起きなきゃ……と身じろくが何故だか身体が全くといっていいほど動きがとれずーー(え? 金縛り?)と一瞬どきりとする。

うっすらと瞳を開くと、違う意味でまたまたどっきり。

………いやん、カッコいい………

琴子の顔のすぐ間近に、直樹の端麗な寝顔が超ドアップであった。
長い睫毛の一本一本を数えられそうな至近距離だ。

ーーああ、入江くんの顔って本当にキレイ………

うっとりと見つめる。

あたしだけだよね。こんなに近くから入江くんの寝顔を見られるのって。
妻の特権……ふふふ……
もう結婚して何年も経ってるのに。
永遠に見飽きないわー

身動きが取れないのはがっちり直樹にホールドされているからだった。

……いやん、愛の金縛りだったのねー


ちょっとこの素敵なシチュエーションに朝からむふむふしてしまう。

「琴子……そんな腫れぼったい瞼とタラコな唇でにへーっとドアップで笑うと怖いぞ………」

ぱちっと唐突に瞳をひらいた直樹が、軽く眉を潜めてぽそっと呟いた。

「………そろそろ朝の検温に来るな……起きなきゃマズイが………」

そうだ。
ここは病室でーーこのベッドは……ムードもへったくれもない硬くて狭い医療用ベッドだったーー。

うっ動けない………

一人でも狭いのに身体の大きな直樹と二人ではかなり無理矢理なのだ。

「や、やんっ~~」

手を動かそうとして近くのリモコンのスイッチに触れたらしく、突然上体がせり上がってきた。
慌てて止めたが、お陰で身体を起こしやすくなった。

「………いてて……」
「いたっ」

二人して声を上げて顔をしかめる。
直樹は節々が痛むせいなのか、首を回してごきごきと骨を鳴らした。
琴子の方は柵に思いっきり足をぶつけたのだ。

「大丈夫か?」
「大丈夫?」

やはり二人して同時に声をかけあって、お互い顔を見合わせてくすっと笑う。

「………ほんとに、唇、タラコ? 」

確かに少し腫れぼったい感じがする……そもそも直樹が昨夜いっぱいキスしたせいではないか。
ギネスに挑戦でもするのかというくらいのキスの長さだった。

「普段より数ミリね。でもちょっとぽてっとして艶めいて美味しそうかも」

そして再びぱくりと食らいつかれた。

「ん………」

しばし琴子の唇を貪っていた直樹だが、廊下を回診車を押しながら行き交うナースの足音を感じて、流石に離れる。
そういえば、ナースセンターから聴こえるナースコールの『山の音楽家』が、子守歌のように一晩中鳴り響いていた。夜勤スタッフは大変だなーと一年後の自分に思いを馳せている琴子に、よそ事考えてんじゃねーよとばかりにもう一度噛み付くようにキスをした。


「やば。朝から止まんなくなりそう」

「……入江くんってキス好きだよね?」

「おれだけ?」

「ううん。あたしも好きーー」

そして幸せそうにがしっと直樹にしがみつく琴子。

朝っぱらから砂はきそうなバカップルな会話だが、直樹的にはキス以上のことは流石に自重したので、キスくらい好きにさせろといった気持ちもあるのだ。


「身体、大丈夫? こんな窮屈なとこで寝てあちこち痛いんじゃない? ただでさえ病院のベッドって硬くて寝心地いい訳じゃないのに」

直樹の胸元に顔を埋めながらも心配そうに訊ねる。

「寝心地良すぎて居座られても困るからな。さすがに狭っくるしかったが、医局の机に突っ伏して寝るより遥かにマシ」

昨夜は当直ではないということで、家に帰って休むように妻としては一応進言したのだが、「いい、ここで」と彼としては帰宅するつもりはさらさらなかったようだ。
個室に備え付けられた小さな椅子を3つ並べただけの簡易ベッドはあまりに狭そうで、思わず「こっち来る?」とベッドの端を開けてしまったのは琴子の方だった。
一瞬フリーズしたように躊躇の表情を見せたのは、琴子に手を出さずに一晩過ごせるかどうかという煩悶があった為だが、無論琴子はそんなことは気づかなかった。

「あ、ごめん、さすがに狭いよね。それに夜中に巡回に来た看護婦さんに見られたらまずいよね」

そういって、元の位置に戻ろうとした琴子を押さえて「では遠慮なく」と琴子の横に滑り込んだのは、昨夜零時を回ったあたりだろうか。己の理性をとりあえず信じてみた瞬間だ。

大柄な直樹にとって、病院のベッドは一人でも狭く感じるだろうに、琴子と抱き合った状態で、果たして身体を休めることができたのか不安になるが、「何処でもどんな姿勢でも1分で熟睡できるし、短時間で充電できるよう身体も慣れてるから大丈夫」なのだそうだ。

軽くおやすみのキスをするつもりが、ついうっかり止まらなくなってしまったわけだが、それ以上は踏みとどまったのだから自分を誉めてやりたいくらいだ。

たくさんのキスもこうして身体を密着して眠るのも久しぶりだった。
だいたい、琴子が神戸に来た初日の晩以来、ちゃんと琴子を可愛がっていない。仕事が忙し過ぎたせいと、琴子がトラブルに巻き込まれ続きだったせいだ。

琴子の体調を考慮すると今夜以降も抱いてキスして眠るだけになりそうで、しばらくは相当な忍耐力を試されることとなるだろうが、そんなシチュエーションも慣れたといえば慣れたものなのだ。

飽きることなく唇を求めあって、気がついたら寝落ちしていた。
こんな狭いベッドとはいえ、きちんと身体を横たえて休むのは久しぶりだったのだ。
巡回のナースにも気がつかなかった。

尤も琴子は、「 失礼します」と小声で入ってきた深夜担当のナースとばっちり目があってしまい、思わず真っ赤になって「ごめんなさい、見逃して」と呟いた。
ナースもひきつった笑みを浮かべて、そそくさと部屋を出ていった。





「おはようございます。あら、入江先生もずっとご一緒だったんですね。噂と違って仲がいいんですね」

朝の検温にやってきた看護婦がカーテンを開けた時には直樹はベッドから降りて、琴子の傍らに座っていた。

深夜に巡回にきたナースだろう。少し照れ臭そうに戸惑ったような笑みを浮かべていた。

「どんな噂ですか?」

直樹の整った容貌があからさまに剣呑なものに変わったために、ナースは慌てて「いえ、昨日喧嘩されてたとか……あ、ごめんなさい」と頭を下げる。
準夜勤の例のナースから余計なことも申し送りされたらしい。

「おれはここの職員ですが、琴子は患者です。患者のことを陰でこそこそと噂するのは医療者としてどうでしょうね?」

「はい、その通りですよね。すみませんでしたっ」

素直に頭を下げてから血圧と体温だけ計ったあと、それでも少し言いにくそうに、「でも、うちの病院は未就学児のお子さん以外は添い寝はお断りしてるので……… できれば付き添いのベッドでお休みくださいね」とやんわりと注意されて、思わず直樹も返す言葉を失う。
そのあと看護婦は「じゃあ、お邪魔しましたー」と、そそくさと出ていった。

「あの人にゆうべ入江くんがここに寝てるの見られちゃったの。でも入江くんが釘を刺してくれたから変な噂は広がらないかな」

「……… こっちもしっかり釘刺されたけどな………」と苦笑しつつ、「別に、事実なんだから噂になったって構わないって気持ちもあるんだがな。余計な尾ひれも付くらしいから」と言いつつ、やはり身体の節々が痛むのか、肩を揉みほぐし首を回している。

「…………絶対変なこと想像されてるよねー」
はあ、とため息をついて琴子が呟いた。

しっかり抱き合って眠っていたから、かなり妄想部分が付加されるのは必然だろう。
病院のベッドの上で大人が二人寝ていたら妙な誤解を与えるのがあたりまえなのだが、別に良からぬことをしていたわけではないので(頑張って踏みとどまったので)直樹としてはたいして気にもとめていない。


「ま、なんか変なこと云われたら落ち込む前におれに云えよ」

優しく頭をぽんとたたく直樹に、思わず夢じゃないだろうかと思ってしまう。

優しい……優しすぎる……

「もし退院できなくて今夜もここに泊まりなら、おまえにベビー服でも着せて添い寝しようか」

「ええっ? コスプレ?」

「……余計に、なんのプレイかって怪しまれるな」

くくっと笑ってから、
「じゃあ、仕事に戻るな。退院なら連絡してもらうよう頼んどくから」

………あ、今の冗談だったのねーー

「あはは。いってらっしゃい」

直樹の冗談もなんだかとってもレアだ。
昨日とはうって変わった晴れやかな気持ちで、琴子は直樹を見送った。












回診の前に、どうしても気になっていたことがあり、琴子は外科病棟を訪れていた。
昨日救命から病棟に移った梨本圭子のところだ。
掃除のおばさんに道を尋ねながら迷子対策も万全である。


「おはようございます」

ひょっこり顔を出した琴子の姿に、まだ点滴に繋がれていた圭子は随分驚いていたようだった。

「もう身体は大丈夫ですか?」

「それはこっちのセリフや」

二人は顔を見合わせてふふと笑った。


「…………結局、広大は施設に預かってもらうことにしたん」

「え、そうなんですか?」

琴子は少し驚いた。頑なに広大を施設に預けることを拒んでいたのに。

「『カノン』のママが預こうてくれるって掛け合ってくれはったんやけど、やっぱり居酒屋に子供を連れていくんはどないやということになって……うちは毎晩連れてっていたのにね。そんなに悪いことしてたん?、という気になってしもうたわ」

ソーシャルワーカーと児相の職員を交えて話をしたらしい。



でもな、頭の固いとこもあるけど、色々説明してくれて、対応してくれた人もとってもええ人で、すごう親身になってくれはって。
施設の人もええ人おるんやなぁ、って。
とにかく退院するまでの間やし、ママも毎日様子見てくれはるっていうし、週末にはここに連れてきてくれるいうからお願いすることにしたんや。

ママからたまには人に頼ることも必要やってえらい怒られてなあ。
うちがいなくなったら広大が天涯孤独になってしまうもんな。
それに義弟がきても、今の監護者はお母さんだから血縁でも連れてかせないって約束してくれはって。そしたら施設の方が安心やなーと思えてな。

とにかく、今は早く身体治して退院することやって思えてきたん。



身体が回復に向かっていくと少し精神状態が落ち着いたようで、圭子がいつになく穏やかに話すのを訊いて少し安心する。
懸念事項は山積みだが、圭子の治療と広大の平穏な日常を確保する方が先決なのだ。




部屋に戻ると回診の時間で、トヨばあちゃん似の伊東医師が「あんたを退院させた方が入江先生にとってええのか悪いのか……」と、ぶつぶつ呟きながらも「ま、おそろしいくらいになんの問題ないから退院やな」と、あっさり許可をくれた。

「あんた、入江先生の気を引くためにわざと心臓とめたやろ」

「そんな器用な真似、できませんっ」

「ま、まだまだしばらく暑そうやからな。体調管理は十分気をつけなあかんで」

「……はい」

口は悪いが、根は悪い人ではないらしい。
よくよく話を聞けば彼女が姫子の恩師で、この神戸医大に呼び寄せたのもこのひとだという。

「あの鬼姫はええ内科医になる思うたんやけどな。まさか救命にいっちまうとは。うちの救命は何処よりも多忙で、医師は疲弊しまくっとるが、患者を選ばへんし見捨てたりせえへん。研修医は限られた時間のなかで学ぶことも多いはずや。あんたもちゃんとそんな旦那を支えてあげなあかんで」

「……はい」

けっこう良いことも云う。

「退院時間決まったら入江先生迎えにくるんか? せっかくやからツーショット写真撮ってもらわな」

「それはダメですーーっ」

やっぱりトヨばあちゃんに似ていたのである。










「嫁ちゃんの部屋で寝てたの? 二人でほっこり、ラブラブやん。いいなー妻帯者は……」

医局に戻ったら神谷から羨ましがられた。

病室でヤってたの?とは突っ込まれなかったので、流石に琴子のベッドで添い寝したことは噂になってはいないようだ。釘を刺したせいだろうが、あの深夜のナースはまともな感じだった。睨み付けて悪かったな、と少しだけ反省する。

「入江先生、外線入ってます」

医局の事務員から声をかけられ、受話器を取る。

「はい。……ああ、もう資料が揃ったのか? 一体どんな手を使ったんだよ。いいよ、とりあえずファックスで送ってくれれば。………は? 持ってきた……? 誰が?
…………って、まさか、おふくろっ!!」


珍しく声を荒げた直樹に、周囲の同僚たちも思わず瞠目する。

「入江先生、どうしたんですか?」

「すみません、ちょっと下にいってきますっ」

琴子が倒れた時と同じくらい動転した様子で駆け出していった直樹の背中を見送りながら、

「ようわからへんけど、次から次へと大変そうやな………」

とぽつりと呟いた佛円の言葉に、みな等しく頷いたのであったーー。






ーーったく。

直樹は己の迂闊さを若干後悔する。
あの人に連絡をすれば、こうなるのは目に見えていたではないかーー。
とにかく察しがいいのだ。
琴子に何かあったと感付かれたに違いない。
そして無駄にフットワークが軽い。


だが、待っていろと指示した1階のカフェには母はいなかった。
しばらく周辺を探し回ったあと、もしやと思い至りーー
急いで琴子の入院している内科病棟に走っていった。


そして直樹の予測通り、病室の中ではーー

「 琴子ちゃーん」

「お義母さーん」

涙を潤ませ、ひしと抱き合う嫁と姑の姿があったのだったーー。







※※※※※※※※※※※※※



話自体はそんなに進展しなくて申し訳ないのです……
ちょっとイチャイチャ書きたくなって(((^^;)疲れてるんですね、あたし(^_^;)無駄に前半バカップルですみません。でも病人だからエロは自主規制(^w^)

………あと2、3話くらいとか思ってるんだけど……終われるのかな~~f(^^;
紀子ママ神戸呼んじゃったし(←予定外。でもあんな電話もらったら絶対来るだろ、と。紀子ママに丸投げか?あたし)……行き当たりばったり過ぎて見通しのつかない二人の夏休みなのでした………(^_^;)




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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

マロン様もW卒業&入学で忙しい時期なのに、毎回コメント、ありがとうございます。

はい、バカップルです。ずっと病室のベッドでキスしてました。うっかりエロになりそうでした………f(^^;(ちょっと頭が腐ってるので……)自制しろ、直樹!

ナースステーション、やっぱ大騒ぎですかね? 夜勤のナースってどれくらいいるんだろう。自分が入院してた時、夜中ナースステーションいつも空っぽなイメージで……(そしてナースコールの『山の音楽家』が止められることなくエンドレスに鳴り響いていたので……)
なんか喋りたくても話せず、結局あまり広まらなかった感じです。(入江くんに釘を刺されたし笑)

さあ、mさまのアドバイス通りに天下無敵の紀子ママ登場で一気にスカッと解決なるか? 乞うご期待(^w^)



Re.ちびぞう様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
ハイテンションなコメントに笑えました。
そうそう、呼ばれなくてもあれこれ察して登場しちゃうのが紀子ママです。
いやー魔法使ってさくっと解決させたいなー
ハクション大魔王というよりは奥さまは魔女かなー?

次はどたばたと一気に解決なるか? しばしお待ちを~~

Re.でん様 * by ののの
拍手コメントありがとうございました♪

いやーついうっかり予定以上にいちゃこらさせてしまいました。甘いのに餓えてたのでf(^^;
紀子ママ登場でドタバタになるか? 一気に収束させたいなーと密かに思ってます。少しお待ちくださいねーf(^^;

Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

いえいえ出遅れたなんてとんでもない。いただけるだけで嬉しいです(*^^*)

ほんと、入江くん神戸にいってかわりましたよね。なんで唐突に神戸なんかに!と原作に思わず突っ込んでしまったエピでしたが、これは入江くんが琴子が絶対必要と思い知るために重要なエピだったんだなーと。

ふふ、私も同じようベッドでは寝れませーん笑 でもイリコト二人は百歳になっても二人で寝るでしょうね(^w^)

そうそう、夜勤のナース困ったことでしょう。この人は前の日勤準夜の毒舌ナースと違ってまあまともなナースの部類です。あんまり黒ナースばっかだと内科病棟成り立たないぞ、と笑

圭子さんも少しは前向きになれればなあと思ってます。
あとは天下御免の紀子ママの頑張り次第!?そう、彼女が、この世界の最強にして、最恐のキャラなんですもん(((^^;)

Re.chappi様 * by ののの
拍手コメントありがとうございました♪

はじめまして、ですよね?いつも訪問していただいて嬉しいです(*^^*)
病棟のベッドで添い寝、いいですよねー(いや、実際かなりきっついと思いますが)
ドキドキしてもらえてよかったです♪
紀子ママの活躍(暗躍?)までしばしお待ちを~(^_^)

Re.なおちゃん様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

入江くんの優しさはわかりづらいですよねー。わかるのは洞察力鋭い救命メンバーちくらいで。
さあ、紀子ママ来ちゃいました。入江くんは……どうするんでしょうね~~?

個別記事の管理2017-02-19 (Sun)
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個別記事の管理2017-02-19 (Sun)

おまたせしました。
今回も二話分まとめて更新します。



※※※※※※※※※※※※※※





「は? 今、なんて…………?」


ーーーあたしね、退院したら、東京に帰ろうと思うの………



直樹は一瞬琴子の発した言葉の意味が上手く咀嚼できなくて、思わず聞き返した。

およそ琴子から発せられるべき言葉ではなかったから。


「えっとね。だから、退院したら東京に戻るね」

曇った表情を隠すように俯いていた面をすっとあげて、直樹の瞳をみてはっきりと告げた。
それは相談ではなく決定事項のようだった。
まるで、自分が何の相談もなく神戸行きを決めたあの時のように。


「………なぜ? 何か用事でもできたのか?」

あんなに神戸にくることを楽しみにしていた琴子が。2ヶ月が1ヶ月になったことを嘆いていた琴子が。毎日毎日指折り数えて神戸に来ることを楽しみにしていた琴子が。
………まだ8月が残すところ十日あまりもあるのに、帰ると言い出すなんて。
余程火急の課題でも思い出したのか。

それくらいしか瞬間的には理由を思い付かなかった。

「え? あ、あ、う、うん。そ、そうなの。ひとつ課題を忘れていてね。すぐに帰ってやらなきゃ………」

思わず直樹の言葉に飛び付いたような科白は、しどろもどろで曖昧で、すぐに嘘だとわかった。

琴子は嘘をつくのが下手なのだ。瞬きの回数や視線の位置や不安げな口調ですぐに嘘だと見抜けてしまう。

「なんでそんな嘘つくんだよ?」

「え? ーーーあ、そんな、嘘なんて………」

言いかけて、視線を反らす。

「何かあったのか? 誰かになんか云われたのか?」

「…………………」

うつむいて無言になってしまった琴子に、つい問い詰めるような口調になっていた。

「……だって…………あたしが傍にいても入江くんに迷惑ばっかりかけて……結局奥さんらしいことひとつも出来なくて、何の役にもたってなくて……何度も心配させちゃって……あたし何のために此処にいるんだろって……熱中症なんかで運び込まれるような看護婦の卵が奥さんなんて、入江くんの評判落とすためだけにいるみたいで、もう自分で自分がイヤになっちゃって………」

ポツポツと涙声で語る琴子の言葉に、直樹は呆然とする。

ーー何を、今さら。

「そんなの、昔からだろうがっ。昔っから迷惑かけて、邪魔ばっかして、家事も勉強も一切駄目でーー」

それでもいいからーーそのまんまでいいから傍にいろと望んだのはオレのほうだーーという言葉を告げる寸前に、

「失礼しまーす………あ、お取り込み中でした? ごめんなさーい。あ、私、夕方からの担当の林です。また、後で伺いますねー」

そういって、そそくさと出ていった看護婦の顔を見て、琴子は一瞬青ざめた。
昼に担当していた永倉とリネン室でこそこそと会話をしていたもう一人のナースだと気がついたのだ。
すぐに背中を向けて部屋から出ていった時、うっすらと彼女の顔に笑みが浮かんでいたのがちらりと見えてしまった。


「………そうだね。あたしってほんと、昔っから疫病神で迷惑ばっかりかけてきたよね……。今だって入江くん神戸でやりたいことあって来てるのに、ものすごく邪魔しちゃってるよね。本当にごめんね。あたし、東京に戻ってしっかり勉強するから。春にこっちにきた時には、入江くんの迷惑にならないようちゃんとするから。自信もってあたしは入江くんの奥さんで、入江くんの手伝いができるよう看護婦になりましたって胸張って云えるように頑張るから………」

「 何だよ、それ。今、全然自信ないってことかよ。誰がなんといおうとおまえはおれの奥さんだろうが」

「自信なんて全然ないよ………あたし、何も奥さんらしいことできてないし」

「広大くんのことはどうするんだ? ほっといて帰るのか?」

「そりゃ……気になるけど………でもあたしの力じゃ何も出来ないし、どうすることも出来ないじゃない……」

心残りとなっている広大と圭子のことを云われると辛い。

「らしくないよな。何も出来なくたって何とかしようとするのがおまえだろうが」

つい言い方がつっけんどんになってしまう。
どうしてこんな口調になるのだろう。

突然東京に戻ると言い出した琴子に、妙にざわつく感覚と苛々する感情を隠せない。

「入江くん、変だよ。何もするなっていったのは入江くんじゃない。あたしが何かするとロクなことにならないって。余計なお節介焼くなって! そして、ほんとにその通りだなってーーあたしだって学習するよ。今、めっちゃ実感してるよ……… 」

そうだ。
何もするなといったのは自分だ。
なのに何故こんなに苛つくのだろう。
母子を見捨てて東京に帰ろうとする琴子にーー

「おれが何といおうと、そんなのすっぱり無視して馬鹿みたいに他人のために走り回るのがおまえだろうが!」

「な、なによ。入江くん云ってること無茶苦茶だよっ。じゃあ、あたし、どうしたらいいの? 何をしたらいいのーー? どうしたら広大くんと圭子さんを助けられるの!?」

直樹の言い方に対抗するようについ琴子も声が荒げてしまう。

「………あたし、もうわかんないよ。どうしたらいいのか……」

「だからって逃げるのかよっ」

「逃げるって、そんな……」

『逃げる』という言葉は胸に刺さる。

でも、でも、でもーーー。

「……帰りたければ勝手に帰ればいい」

吐き捨てるような直樹の言葉に、琴子の顔は悲しげに歪む。

「帰るよ! もう決めたもん」

直樹が止めてくれるってーーそんなことを心の片隅でちらりとも思わなかったといえば嘘になるけれどーー

でも………

「ちょーっと、何、患者興奮させてんのよ」

「鬼頭先生?」

いつのまにか、姫子が部屋に入っていた。

「もう、琴子はあなたの患者じゃありませんが」

冷ややかな直樹の声を気にすることなく、
「ああ、あたし救命から引き渡した後も、基本フォローは忘れないのだよ。気になるだろ? 初療した患者さんがきちんと退院できるか」

「それはご苦労様です」

「こんな風に患者にストレスを与える家族がいるとね、治るものも治らない。というわけで、ちょっと顔かしな」

そういって直樹の白衣の襟元をつかんで部屋から引っ張りだそうとする。

「姫子先生、別に入江くんがストレスなんて………」

「いや、弱ってる嫁にこの眉間に皺の寄った冷たい顔は十分なストレスだな」

そういって姫子は直樹の眉間を指差す。
さらに直樹の眉間に皺が寄った。

「琴子さん。ちらっと話が聞こえたんだけど東京に帰るって? その方がしっかり身体を休めることができるから、反対はしないよ。ただ心はどうかな? 結論はすぐに出さずに一晩ゆっくり考えなさいな。この鉄面皮の天邪鬼な唇が何云おうと気にすることないからねー」

「鬼頭先生! 夫婦のことに口を出さないでいただけますか?」

「 夫婦のことに口を出すつもりはないよ。でも患者の心身の安寧を図るのも医者の仕事でね。じゃあ、琴子さん、君の旦那はちょっと説教部屋に連れてくから安心して休んでてねー」

はたはたと手を振り、相変わらず直樹の白衣の襟元をむんずと掴んだまま部屋の外に連れ出した。












「鬼頭先生! どういうつもりですか?」

ガラス張りの喫煙室に無理矢理ひっぱり込まれた直樹は、顔をしかめて姫子に抗議した。

「まだ琴子と話をきちんとしてません」

「話って……『帰る! 』『 帰れば? 』って互いに本心をひとつも語らない押し問答のことか?」

「………いったい何処から話を聞いていたんですか?」

「 性格の悪そうなナースがにやにや笑いながら部屋を出ていったあたりからかな? きっとあっという間に評判になるな。入江夫妻はやっぱり仲が悪いらしいって。おもしろ可笑しく尾ひれがつきそうだ」

「他人が何を云おうと関係ないですよ」

部屋にナースが入ってきた気はするが、顔は全く覚えていない。

「君はそうかもしれないが、イヤな想いをするのは彼女の方だぞ」

「 琴子はそういうのに慣れてますよ。それにそんな人の陰口や噂にめげて逃げるような柔な女じゃない」

「君は案外彼女を過大評価してるなー。でも君が思う以上に、女社会の陰口や噂話はきっついんだ。いっぺん女に生まれてみろ。ちょっとしたホラーだぞ。私くらい酸いも甘いも噛み分けて心臓に毛が生えるくらい経験値をつまないと、なかなか達観できるもんじゃない。それにもうすっかり大丈夫とはいえ一度はCPAになったんだ。まず患者の状態を一番に考えろ」

それについては反論するすべもない。
琴子の東京帰る宣言に驚いて、琴子の身体を慮ることを忘れていたのは事実である。


「今話しても彼女を興奮させるだけだろ? ってか、君が冷静になってないだけか。嫁に帰るって云われたのが予想外過ぎて動揺しまくってるな。ったく、青いなー」

楽しそうにばんばん直樹の背中を叩く。

「きちんと本心を言えるまで会わない方がいいぞ。君の口はついうっかり思うことと真逆の言葉を放つ癖があるようだからな」

「随分とおれのことが分かるようですね」

ついムッとした口調になってしまう。図星をつかれると腹が立つのはやはり青臭いガキのようだと自嘲の想いも沸き立つのは否めない。

「似てるからな。各務と」

「各務先生?」

「ああ」

「……… そういえば今日は各務先生、姿を見てないですね。休みですか?」

「今日は嫁の誕生日だからな」

「え? 各務先生、独身じゃ」

しかも嫁の誕生日に休むとは意外すぎて、流石の直樹も瞳を丸くする。救命チームは知っているんだろうか。いや、知っていたらもっと朝から大騒ぎをしてるだろうーー。

「あいつは誕生日に墓参りに行くんだ。命日は神戸中、いや日本中の人たちが黙祷をささげ悼んでくれるからな」

「え……じゃあ」

「ああ。あいつの嫁は一年半前の震災の日に亡くなったんだ」

「え……………」









※※※※※※※※※※※※※


入江くんに対する罵詈雑言が聴こえてきそうだわf(^^;




では続けて(30)を更新します。
なお、震災についての叙述がありますので鍵つきにします。

あと、今現在(2/19)FC2拍手のコメント欄がどこのサイト様もエラーとなって表示されないようです。
いつも拍手コメントをご利用されている方は普通のコメント欄を使っていただけると嬉しいです。

拍手自体は普通に使えるようなので、お気に召しましたらぽちっとしていただけると嬉しいなぁっと(((^^;)


*2/20、拍手コメ機能、復活した模様です(^-^)





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個別記事の管理2017-02-12 (Sun)

すっかり隔週ペースになって申し訳ないです。
そして今回は一話分です……f(^^;



さて、皆様、琴子ちゃんをご心配いただいているとは思いますが。
少し時間が巻き戻ってます……(((^^;)






※※※※※※※※※※※





火曜日の朝ーー琴子の傍らで目覚めたあと、若干の身体の節々に強ばりを感じつつも、直樹は医局へと戻った。医局のデスクに座りパソコンを開いた途端に、ICUナースから梨本圭子が覚醒したと連絡があり、今度はすぐさまICUに向かう。



「………あの……息子は……広大は……看護婦さんがご近所の人が預かってくれはったって……いったいどなたが……?」

容態説明をする前に圭子が真っ先に訊ねたのはやはり息子の広大のことだった。

「この病院の事務員の森村というものです。琴子の友人で、救急車を呼んだのも彼女なんです」

「そんな……見ず知らずの方にそないなこと……」

圭子は心底驚いたように、困惑の表情を滲ませて青冷めた顔を直樹の方に向ける。

「……え? 琴子さんの友人?」

「はい。あ、私は琴子の夫の入江です。妻が色々お節介をしていたようで申し訳ないです」

「……あなたが、琴子さんの自慢の旦那さん……ほんま、とってもイケメンさんやね」

警戒していた圭子の表情が微かに緩んだ。

「しばらくはつぼみルームで預かっていましたが、昨夜は夜勤対応の夜間保育の保育士がいなかったようなので。広大くんが森村さんになついたこともあって一晩だけ、預かっていただきました。今は保育園に行っているようですよ」

「……ご迷惑をおかけしてすみません」

謝る圭子にようやく病状説明をする。
胃に孔が開いていたと聞いて、さすがに絶句していた。

「どれくらいで退院できるんやろか?」

「経過次第ですが、大抵一週間から十日ほどですね」

「困ります……そない長いこと。広大だって一人にしとくわけには……」

「後で相談員が来ますので、今後のことを相談してください」
と、告げたが圭子は不安そうだった。

「……うち、身寄りが全くのうて誰にも頼る人がおらへんのです。看護婦さんにも身元保証人のこと聞かれたんやけど、そないな人おらへんし。すぐ退院させてもらうわけにはいかんやろか。仕事だって、そんなに休めへん」

「無理をされると結局また倒れて同じことの繰り返しですよ。きっちり治した方がお子さんにとっても良いのでは?」

直樹にそう諭され返す言葉が見つからないようだった。

「……でも広大が……」

「そのために相談員がいるんです。色々サポートしていただけますよ」

「サポートって……」

「公的な支援を受けるための手続きをしてくれたりします」

「公的って……施設に預けるってこと? そんなん絶対いやや」

「そういう選択もあるということです。とにかく今はゆっくり休んでください。
経過は良好です。午後からは病棟に移れると思いますよ」





その後しばらく事務処理に忙殺されて、琴子の部屋を訪れることが出来ないでいた。もう内科病棟に移ったと佛円から報告をもらっている。
やっと琴子の元に行けると腰をあげた途端に再びICUから連絡があり、梨本圭子が見舞いに来た義弟と口論になり、興奮状態になったというので、慌てて駆けつけた。
ICUの入口で一人の青年が忌々しそうに扉を見つめて舌打ちしていたのが気になったが、無視して中に入っていった。

「………申し訳ありません」

義弟を連れてきたという医療ソーシャルワーカーが平謝りをしていた。
点滴を引っこ抜き、息子は自分で世話をするから大丈夫や、あんたには任せられんっと声を荒げてベッドから降りようとしたらしい。
結局痛みで動けなかったが。

「………病棟に移ってからご本人と先にお話した方がいいかとは思ったのですが、ちょうどあの弟さんという方が訪ねられたので」

義姉の家を訊ねたら玄関の鍵が開けっぱなしで、隣の部屋の住人に訊いて救急車で運ばれたことを知り、搬送先を調べてここに来たのだという。
名刺や免許証を確認させてもらい、この地方では名の知れた大企業の取締役で、身元も確かだし、子供の叔父なら大丈夫だろうとICUに案内したらしい。

「弟さんが『広大は俺が預かるから大丈夫や』、といったとたんに『絶対いやや、なんでこんなん連れてきたん』と興奮されてしまって……」

その後、すぐ義弟には出ていってもらったという。

やはりさっきの青年がそうかと、剣呑な顔つきを思い出す。少なくとも身内を心配している表情ではなかったな、とーーー。






「落ち着かれましたか?」

圭子は直樹の問いに答えずに、天井を見つめたまま、
「………すいません。点滴、抜いてしもうて……」ぽつりと答える。

「……大丈夫ですよ。こちらこそ申し訳ないです。確認しないままICUに通してしまって」


「別れた夫の弟なんです。夫はもう亡くなってるんですが、親権が夫にあったので、義弟が広大のこと引き取りたがってるんです」

「……結婚されてる方ですか? お子さんが出来ないとか?」

「独身です。子供の世話なんて出来る筈ないんです。ほんまは広大のことなんかどうでもいいんです。広大が相続した夫の遺産のこと手に入れたいだけで……」

「………色々複雑なようですね」

「すみません。身内のゴタゴタで……」

琴子からさらに複雑な事情は聞いているが、それ以上は深く立ち入ったりはしない。

「でも、実際入院中は誰かに息子さんの面倒を見てもらわないと……もしくは施設に一時預かりをしてもらうことになると思いますよ」

「………施設はいやや。あないなとこ……」

朝と同じことを繰り返す。

「入院期間だけですよ」

「うち、子供のころ虐待されてて、一時期施設におったこともあるんです。親との生活もイヤやったけど、施設はもっとイヤやった。あんなとこに広大を預けとうない」

「昔と今では施設の状況も違いますよ」

「先生に何がわかるんや。琴子さんから聞いてるわ。社長の息子で頭もよくて、医者になって。何不自由ない生活してはる人に、わかるわけあらへん」

「……確かに、私は何も知りません。でも、ひとつだけ解ることがあります。あなたに万一のことがあったとき、広大くんはあの義弟の元に引き取られるか、18歳になるまで施設で育てられるか、ということです。ほんの一時期のことと考えたら、まず一日も早くあなたが回復するよう努めることです」

「……………」

「病棟に移ればお子さんとも自由に会えますから。その後で今夜からどうすべきかじっくり考えてみてください」






圭子の様子が落ち着いた後、直樹は今度こそ琴子の病室に行くつもりで、琴子の好きそうなプリンかアイスクリームでも買って行こうと一階の売店に向かった。

「あれ? 入江先生やないですか。先日は色々お世話になりました」

スイーツを物色していたら、唐突に声を掛けられた。
ほんの一瞬誰だったかを考えた。

「ーーああ、水島香純さんの……」

「はい。妻がお世話になりました」

先日切迫流産で倒れた水島香純の恋人ーーいや、夫の碓井聡だ。
一度ちらりと香純の病室で出会っただけだが。

「そういえば入籍されたそうですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます。それも、入江先生が香純にばしっといってくれはったお陰です。それですっかり憑き物おちて、今は赤ちゃん生まれるの心待にしてます」

「……それはよかったです。まあ出産に対する極度の不安のせいだっただけで、本心から生みたくなかったわけではないと思いますよ。今は退院されたんですよね?」

「はい。切迫流産は大したことなかったんやけど、今は会社も休んで自宅で安静にしてます。今日は香純のおかんが退院なんで、おれが迎えに来たんです。まだ少し手続きかかるらしゅうて、ちょっとぶらぶらしてまして………」
と、頭をかく。

「………とにかく、良かったです」

「マコちゃんのパパの一史さんも、一旦タイに戻ったんです。でも、結局、日本に戻るのは無理っぽくて、辞表出すって話です」

「ああ。珍天堂の………大丈夫なんですか?」

「一史さんは、優秀な技術者らしいんで、きっと再就職も大丈夫ですよ」

「そうですか」

「……あれ、あのひと、Kコーポレーションの若社長じゃ……」

ふと、碓井聡がレジに並んでいた青年に目を向けた。
視線の先には、先程ICUの扉の前にいた男ーー梨本圭子の義弟がいた。

「お知り合いですか?」

「いえいえ、まさか。若手経営者として少しは顔が知れてるんかいなー。あ、ぼく小さな出版社勤務なんです。業界紙とか出してるほそぼそとした会社の営業で。それで企業関係の人の顔はちっとは覚えてるんです」

「……Kコーポレーション……どんな会社なんですか?」

「関西じゃ名の知れた総合商社ですよ。元々江戸時代から続いた老舗の呉服問屋から始まって華族の氏を金で買ったなんて話もある血族経営の会社で。先々代の時代にもっとも業績がピークだったって話で、震災で亡くなりはった先代社長あたりから経営が厳しゅうなってきたようなんです。バブルが弾けてってのもあるんやろうけど、父親ほど才覚なかったんやろうな。
その前の社長の弟が、今の社長。さっきの人です。
弟の方はさらに経営の才が全くない穀潰しらしくて会社はどんどん傾いてるって話ですよ。周りの重役陣も手を焼いてるってことやし、他にも色々黒い噂もあって……」

「黒い噂?」

「粉飾しとるとか、会社の金横領しとるとか……詐欺まがいの会社と手を組んどる
とか……それで地検が動いとるとか……」

「色々と詳しいですね」

「たまたま広告とる営業で、何度かKコーポレーションや、そこと取引のある会社を訪問したもんやからー」

意外なところで意外な繋がりがあるもんだと感心する直樹である。

碓井聡と別れた後、琴子のところに行く前に、医局のパソコンでKコーポレーションを検索してみる。
なるほど、黒い噂についての記事が確かに多い。信憑性のあるものないもの色々ではあるが。

しばらく考えあぐねた挙げ句、直樹は受話器を手にとった。


「……あ、おふくろか?」

『まーーっお兄ちゃん、珍しい、どうしたの? え? まさか、琴子ちゃんに何かあったの?』

「…………何もねぇよ」

おれが電話したイコール琴子に何かあった、ってことかよ。

ーーなどと、心のなかで突っ込みつつも実際何かあったのは事実なので、母の鋭い指摘には内心の動揺を隠せたかどうか気になるところだ。

『ほんとに? ほんとに大丈夫なのね? 琴子ちゃん泣かせてないでしょうね?』

「……………ああ」

『今、三秒くらい間があったわね。やっぱり泣かせたわね?』

声が途端に冷たくなる。
本当に鋭い。
電話をしたことを三ミリくらい後悔する。

「琴子のために調べてほしいことがあるんだよ」

真実をいうと飛行機で神戸に飛んで来そうな気がする。
質問を無視してさっさと本題に入る。

『調べるって?』

「関西の企業の信用調査。パンダイがいつも依頼してる帝国データリサーチで調べさせてくれ。Kコーポレーションってとこだけど、詳しいことはまた後で連絡する」

パンダイの役員に一応名を連ねている母は、大手の企業調査会社から小さな探偵事務所まで、幅広く顔が利く筈だ。

『… …琴子ちゃんのためになることなのね?』

「ああ」

『わかったわ。任せなさい』

珍しくそれ以上は追及せず、きっぱりと宣言して紀子はあっさりと電話を切った。





冷蔵庫に一旦入れておいたプリンを出そうとしたとたんに、再び電話が鳴った。

『入江先生あてに外線からお電話入ってます』

交換手の言葉に、まさかもう紀子が調べたのかと一瞬驚いたが、さすがにそれはなかった。
ここに直接電話してくるのは東京の家族とあともう一人しかいない。昨夜番号を伝えた旧友ーー。

『やあ、入江。忙しかったか? 今大丈夫なのか?』

「ああ。こんなに早く連絡もらえるとは思わなかったが」

『おまえがおれを頼ってくれるという奇跡のような状況、これを逃したらおまえに恩を売る機会を一生逃してしまうと思ってな』

「意外と暇なんだな。司法修習生って」

『……暇って……ひどいな。せっかく神戸の信頼できる事務所を紹介しようと思ったのに』

文句を言いつつも受話器の向こうから聞こえるくぐもった声は楽しそうだ。

『まだ司法修習生の身でたいして力にはなれないのが申し訳ないけど』

「あたりまえだ。おまえに依頼するつもりはない」

『いってくれるな~~どーせ、まだ見習いだよ』

「早く本題に入れ」

『人に頼みごとしておいて、なんでそんなに高飛車なんだよ、おまえ……… 。
去年の実務研修でお世話になったとこなんだけどな。先生も信頼できる人だよ。メインは企業法務だけど、その先生は相続や親権問題に強いんだ。家裁調査官からの転身で』

「それは助かるな。さすがに関西の方はおふくろも伝がないと思ってな」

渡辺から葉書が来たのは昨年のことだ。実務研修先の京都からだった。
司法試験に合格したのちは2年ほどは司法修習生といういわゆる見習いである。直樹の研修医という立場と似ていた。
司法修習生は埼玉の研修所での研修期間と各地方裁判所のある地域での実務研修がある。
渡辺は昨年京都地方裁判所に配属されていたが直樹が神戸に来たのと入れ替わりに、また東京での生活に戻っていた。

『何にしろおまえがおれを思い出して頼ってくれたってのがかなり嬉しいんだけど』

ひとしきり近況を語り合ったところで『琴子ちゃんは元気か? 今、そっちに一緒にいるんだろ?』
と、振ってきた。

「…………まぁな」

『…… なんかあったようだな。………って、なんかなきゃ、おれなんか頼らないよな。あまり琴子ちゃん、泣かすなよ』

どうしてこうみんな琴子のことに関しては察しがいいんだろうか。






結局その後もバタバタと急患が立て続けに搬送され、外科病棟に移っていく梨本圭子の申し送りをし、琴子の元に行くことが出来たのは夕方過ぎだった。

部屋に行くと、もう薄暗いのに電気も点けずに琴子は布団に潜ったままだった。

「琴子? 寝てるのか?」

点滴の管やモニターの端子など、身体に付けられていたものはすっかり取り去られ、ベッド周りはすっきりしていた。
頭から布団に潜っている琴子を覗きこむと、少し身体がモゾモゾと動いた。
布団からちらりと顔を覗かせる。

「………泣いてたのか?」

瞳が少し赤い。

「う、ううん。今日ちょっと久しぶりに歩いて、少し迷子になって疲れちゃったの。ほんとに部屋がわかんなくなって、途方に暮れてたら、掃除のおばさんが案内してくれて………へへっほんと馬鹿だよね、あたしって。
………入江くんはもうお仕事終わったの?」

「………ああ。今日はこの部屋に泊まるよ」

「……嬉しいけど……ダメだよ。こんなとこじゃぐっすり眠れないよ」

個室だが、付き添いのベッドがあるわけではない。背もたれのない椅子を3つ並べて簡易ベッドにするだけだ。

「仮眠室のベッドと対して変わらないし」

「…………でも……」

「オンコールで呼ばれたらこっちの方が早い」

「呼びつけられやすくなっちゃうよ」

「いいよ。別に。それより、プリン食うか? これ、好きだったろ?」

「入江くんがわざわざ?」

随分と驚いたようで、顔の半分しか出していなかった布団から、もそもそと全部出てきた。
どんぐり眼が見開いているが、やはりうっすらと涙が滲んでいるように見える。

「ありがとう、すごく嬉しい。でも今は食欲ないから後で食べるね」

「……何かあったのか?」

「え? な、何が? 何もないよ。身体もすっかり、いいの。内科の先生も、明日には退院出来るかもって云ってたし」

明らかに目がきょどってる。
琴子は相変わらず嘘をつくのが下手なのだ。

「……あ、あのね、入江くん」

「なんだ?」

眉尻を下げて、少し困ったように………そして一つ一つ言葉を選ぶようにーー。



「ーーーあたしね、退院したら、東京に帰ろうと思うの………」








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* by なおちゃん
他の人たちも、いろいろあるね、琴子ちゃんが突然、東京に帰る、発言、琴子ちゃんが入江君のそばに、いたいと、思うのと、あるいはそれ以上なのに、27の、看護師たちの話と、おばちゃん先生のことが、響いてるのかな。

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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

琴子の方が気になるだろうとは思いつつ、直樹さんには問題解決のために動きはじめていただきました。
まあ琴子よりは論理的に動けるかと笑
渡辺くん、神戸まで呼ぼうか悩みましたが、結局声だけの登場です。
いや、しかし紀子ママは声だけですむかなーf(^^;
問題解決までの展開に悩んでたらmさんから紀子ママなら何とかしてくれると素敵なアドバイスをいただきまして笑

そしてようやく直樹も琴子の新たな問題に気づくわけですが。
はーい、頑張りまーす(ええ、きっと直樹さんが……)

Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

琴子がどーなる?とドキドキさせてるわりには今回のはあまり描いてなくて申し訳ないです。次回こそは~~(((^^;)

とりあえず直樹さんに頑張ってもらわねばと。いやーたしかに圭子さん、あの唄を思いだしますねーf(^^;名前、その方からとったので、まんまです笑

ほほ、一度使ったオリキャラ再利用……じゃなくて再登場です(^w^)せっかくなんで、ちょっと駆り出しました。
この際事態収集のためには利用できるものは利用する直樹さんです。紀子ママに連絡とると面倒かなと思いつつも、ほっとくとまた琴子が何しでかすかわからないという不安があるのでしょう。

さあ、どつぼにはまったままの琴子ちゃん……次は進展する予定です(^w^)

Re.なおちゃん様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

そうですよね。琴子ちゃんは何が何でも入江くんの傍にいたいはず。
でも入江くんのことを一番に考えるとあっさり身を引いてしまうのも琴子ちゃんなんです。自分は何を云われても意地悪に負けることはないけど、入江くんの迷惑になることを考えたら………
さて、次は入江くんがどうでるか。お待ちくださいね。


個別記事の管理2017-01-29 (Sun)

本日二話まとめて更新しています。
未読の方は(26)からどうぞ。

※※※※※※※※※※※※




8月19日(火)




「ん…………」

目が覚めると、まず白い天井が瞳に映った。そして、ぐるりとベッド周りを取り囲んでいる薄いピンクのカーテン。
視線を脇に移すとベッドの傍らに突っ伏して眠っている直樹の頭が見えた。

「入江くん……」

白衣を着たまま眠ってしまったらしい。

この体勢、苦しくないかなぁ。
ベッドに入ればよかったのに……って無理か……。

眠る直樹の少し乱れた髪をふわりと撫でる。

そういえば、夜中に直樹が来て、少し話をしたことを思い出す。琴子の着替えや入院に必要なものを取りに帰ったあとだった。

「確かにまともな下着が少なかったな。フリフリだの透け透けだのやたら面積少ないやつだの………」

「きゃー/////ほんとに入江くんがあたしの下着を漁ったの?」

「漁るとは失礼な。適当におとなしめのやつを探して詰め込んだだけだ。いや、入院中ずっと同じぱんつでいいなら持って帰るぞ」

「あ、うそうそ。ありがとう! 」

そういいながら直樹が置いた琴子のボストンを引っ張りあげて中を見ると、割りと可愛い系が入っていた。

そ、そうか。入江くんこーゆーのが好みなんだ……

などと心の中で考えていたら「おれじゃなくておふくろの好みだろ?」と突っ込まれた。

うううっお義母さん、何でそんなものばかり入れたんですかー?
清拭の時に看護婦さんに見られたらちょっと恥ずかしすぎるかも。

おふくろに委せるからだろ? とりあえず、退院してから堪能させてもらうから。

え? た、たんのー?

胆嚢じゃねぇぞ。

ーーそんなくだらない会話が、すごく久しぶりでいとおしさを感じる。
病院のベッドの上というのが残念だが、いつまでも直樹ととりとめもなくお喋りしていたいーーと思っていたのにーー先に直樹が寝落ちをして、その寝顔を見つめているうちに琴子も眠ってしまったらしい。すでにすっかり夜が明けていた。


「ああ……寝ちまったか……」

琴子の動きで目が覚めたのか、直樹もむっくりと起き上がる。

「どうだ? 調子は」

琴子の額に手を当て、それから点滴とベッドサイドモニターをチェックする。

「うん、もう大丈夫だよ。少し節々がいたいけど……」

「まあ、暫くは仕方ないかな。頭痛は?」

「治まったみたい」

「そうか」

「寝すぎて背中痛くなっちゃった。ベッド少し起こしていい?」

枕元のリモコンでベッドの角度を変えて頭を起こしてやる。

「熱はもうすっかり下がったようだな」

琴子の前髪をかきあげて、こつりと額に額をあわせると、琴子が瞬間的に沸騰して頬を染める。

「ーーあ、ごめんなさいっ!!」

朝の巡回に来たナースが、キスをしていたと勘違いして慌てて一度開けたカーテンを閉めた。

「あーーっ! だ、大丈夫です。どうぞっっ」

琴子の言葉にもう一度ナースがおずおずと決まり悪そうに入ってきた。

「じゃ、体温と血圧を計りますね……」

直樹と琴子の注視を受けて、酷くやりにくそうにナースは血圧をはかり、カルテに書き込んでいた。
琴子が自分で脇に入れた体温計は平熱を指していた。

「後でオシッコの管を外しますね。11時くらいに内科病棟のナースがお迎えにきます。それまでに色々検査を済ませますので」

「はい」

「入江先生、後から入院の手続きの書類持ってきますので、お願いしますね」

「わかりました」

いそいそと出ていったナースの後ろ姿を見つめ、琴子は「あー絶対キスしてると思われた~~」とまた顔を赤くして頬に手をやる。

「別にいいだろ? 夫婦なんだし」

「えー? そうだけど、やっぱりキスは人前では………」

言いかけた唇が掠め取られるように塞がれた。

「ん………」

昨日のキスよりは少し長めのキス。侵入してきた舌を受け入れようとしたそのときーー

「あ、入江さん、すみません、清拭のタオルをーーきゃっ///////ご、ごめんなさいっ!」

またまたタイミング悪くカーテンを開けてしまったナースに、今度こそばっちり見られてしまったようだ。


「……入江くん、もぉ~~」

「じゃ、じゃあお任せしますね、清拭」そういってホットタオルだけ置いていったナースの替わりに、直樹が恥ずかしがる琴子の意思を無視して身体を拭いてやる。


自分の体調が戻ってきて、真っ先に気になるのはやはり広大のことのようだった。

「……広大くん、知らないおうちでも大丈夫だったかなー。ちゃんと眠れたのかな。かをる子さんにも申し訳ないことしちゃった……変なことに巻き込んじゃって………」

「みんなおまえのお節介病に感染されてんじゃねぇか?」

「そ、そうかなー? みんな、いい人ばっかりなんだよ」

琴子の周囲にはそんな人間ばかり集まる気がする。彼女の周りには根っからの悪人は殆ど存在しない。
それとも琴子が変えていくのかもしれない。その一生懸命さに人はどんどん影響され、本来持っている善の部分が引き出されていく。

ーーほんとに、おまえはすげぇ女だよ。

「じゃあ、そろそろ戻るな。病棟に移る頃にまた一度くる」

「うん。お仕事がんばってね」






午前中は検査をしているうちに時間が瞬く間に過ぎた。
昼前に内科病棟のナースが迎えに来てくれて、そのまま病室に移動した。結局直樹は顔を出してはくれなかったが、時折聴こえる救急車のサイレンから、忙しいのだろうなぁと容易に想像はついた。

病室は空いていればなるべく個室で、という直樹からの要望だったという。
大部屋でも全然構わないのになーと差額ベッド代金を気にするあたり、元々庶民な琴子である。


「入江先生って、かっこいいですよね。やっぱり昔からモテてはったんですよね。奥さん、遠距離で心配やないんですか?」

救命センターまでお迎えにきてくれた内科病棟のナースは、琴子が直樹の妻であると予め知っていたようだった。そして東京に離れて住んでいることも。どれだけ院内知名度高いんだか、と思わず呆れてしまう。

「あ、私、永倉といいます。よろしゅうお願いしますねー。入江先生の奥さん担当させてもらえるなんて、ラッキーやわ、私!」

ナース二年目という永倉は、移動のさいに付き添ってくれるはいいが、直樹のことを根掘り葉掘り訊いてくる。

「うん、心配は心配なんだけどねー。でも信じてるから……」

「わーなんか素敵。離れてても心が通じあってるみたいで」

「いや、そんな……」

信じてるといいつつ、直樹を疑っていちいち落ち込むことも多々あるのだがのだが、そんなことを会ったばかりのナースに愚痴るのもどうかと思うので、ネガティブなことには触れず、努めてにこやかに話す。




病棟に移ってすぐ、昼の休憩時間にかをる子が早速訪ねてきてくれた。
広大はとりあえず保育園に連れてったという。

「なんか、お母さんが働いている居酒屋さんだかのママが、帰りは迎えに行ってくれるって。民生委員の人が朝来て、役所の福祉課と相談するとかいってた。さっき、医局にいったらお母さんの意識が戻ったっていうから、これから色々相談できるんじゃないのかな?」

「そっか。圭子さん、目が覚めたんだ。よかった」

「ほんとによかったわよ。あなたもね。さすがに焦ったわよ、今回は」

「う……本当にごめんなさい」

「ごめんじゃなくてありがとう、でしょ?」

「……はい。ありがとうございました」

ふふふっと微笑みあう。

「入江くんにももう謝るな、って云われちゃったし」

「まあ、体調完璧になったらお仕置きコースよね」

「へ?」

きょとんとした琴子ににまにまと笑って、「じゃあ休憩おわりだからー。また来るわ」と去っていった。

ーー圭子さん………まだまだ問題山積みだけど、元気になればきっとなんとかなるよね………

根拠なくそんなことを思う琴子であった。





午後から点滴も外れ、少し自由に動けるようになった。回診にきた内科の主治医の伊東は、トヨばあちゃんを少し若くしたようなずけずけとモノを云うおばちゃん先生だった。

「あんた、看護婦のタマゴのクセして熱中症で運ばれたんやって? ったく、ただでさえ救命はパンク寸前やのに、熱中症にならんよう指導せなならん立場の人間が倒れてどないするんや?」

「……… すみません」

返す言葉もなく項垂れる。

「しかしまあ、意識喪失のわりにはピンシャンしてはるわ。基本は頑丈なんやろ?
そこはナース向きやね。検査の結果はどこも問題なし。
間接痛? 時間薬やけど、あんまりひどいようやったら鎮痛剤だしとくわ。
けどまぁ、あの噂の入江先生の嫁がこんなんとはねぇ。天才も女を見る目がないもんやわ。ふん、わしがもう少し若けりゃ略奪してやるのにねぇ。残念やわ」

「……………」

どうやら趣味も物言いもトヨばあちゃんに似ているようだ。
伊東医師の後ろで永倉がくすくすっと笑っているのが少し気になったが、とりあえずこういうキャラにはすでに耐性が出来ているので、負けない自信はある。

「ま、この調子なら明日か明後日には退院できそうやな。しばらくは安静にしてること。入江先生といちゃいちゃするのも禁止や」

「ええーーっっ」

「なんや、いちゃいちゃするつもりやったんかい。あまいな。個室やからって油断したらあかんで」

「びょ、病院なんかでしませんっ/////」

ちゅーくらいしか………

「まあ、入江先生があんたに手ぇ出すとは思えへんけど」

たいてい入江くんの方からしてくるんですからねっ!!

ーーとは言わないが。

「ほんまに夫婦なんかい?」

「夫婦ですっ」

ああーー東だろうが西だろうが、何処にいってもこの攻防………



さらに。
病院という狭い世界の中では、患者とナースという立場は違えど、直樹が絡むと周りの女は敵だらけになるのだという構図は何処でも同じなのだと、改めて思い知ることとなる。

寝てばかりいては身体が動かなくなると、点滴が外れ自由の身になったあと、琴子はリハビリがてら院内探索に出掛けた。節々の痛みは残っているものの、なんとか動ける。
だが、回廊式の病棟は斗南病院と全く造りが違い、うろうろ歩き回っていたら案の定迷ってしまった。

リネン室に入っていくナースを見つけて、部屋への戻り方を訊ねようと、琴子もリネン室の前に近づいた時ーー





「ねぇ、ねぇ永倉さん、あの入江先生の奥さんの担当になったんやろ? どんな感じの人やった?」

思わず部屋に入ろうとした足がぱたりと止まる。

「なんか明るいだけが取り柄って感じの娘やわ。そんな美人でもないし」

「なんでそんなのがあの入江先生と結婚できたんやろ」

「高校の同級生とか、親同士が親友の幼馴染みとか、高校時代から同棲してたとか噂は色々あるやろ?」

「うちも結婚前に知りおうてればね」

ーーやっぱりみんな入江くん狙いなの~~?
こんな小児科からは遠い内科病棟なのにーー

「………なんや、噂によれば看護婦志望って話らしいやん」

「そうやねん。さっき、訊いた話によると文学部から転科して、今看護科の四回生らしいんよ。来年国家試験受かったらここの病院に入るの、入江先生と働くの~~ってたのしそぉに言うてたわ」

にこにこと笑って「へぇそうなんですかぁ。じゃあ来年一緒に働けるかもやねぇ」と明るく応えていた時とは明らかに声のトーンが違う。

「だいたいさぁー看護婦志望が熱中症で運ばれてくる、ってどーなんよ」

「そうそ。伊東センセにも怒られはっててて、思わずザマーミロッて思うてもうたわ~~」

「うちらがどんだけ日々、患者さんに脱水や、熱中症にならへんよう指導してると思うてんのよ。それが自分がなってるんやから看護婦志望が聞いて呆れるわ。そんなのが入江先生の奥さんなんて信じられへん」

「ほんまやね。容姿や性格は人の好みやからまあしょうもあらへんけど、看護婦志望のクセして自己管理力なさすぎよね。そんなんと一緒に働くの絶対いややわ」

「所詮入江先生の傍にいたいってだけの邪な志望動機なんでしょ。だからそんな自覚のない行動とれるんやないの?」

「わー、ますますいややわー。看護婦なめとんの? 絶対一緒に働きたくないわー」

「だって、こっちにきてまだたいして日ちにも経ってないのに、3回も救命運ばれたんやろ? ありえへん。絶対わざとやー。どんだけ目立ちたがりなん?」

「救命チームがオーバーフロー状態なのによくそんな非常識なことできるわー。ほんと、入江先生にもいい迷惑やよねー。夫の足引っ張る妻って、ほんまサイテーや」

「仕事も出来なさそうやない?」

「採血室の成田さんに訊いたんやけど、あの嫁、採血の時青さめてギャーギャー騒いでたって話やわ。そんで、その後『採血上手ですねっコツ教えてください!』って手をがっしり握られたって」

「うわーほんま? 看護婦としての技術も全然あかんやないの?」

「それ聞いてなんか入江先生可哀想になっちゃったわー」

「そんなのがこの病院に来ても旦那さんの将来の邪魔になるだけや。奥さんがそんなんだってバレちゃって、入江先生も立場あらへんわ」

「例えわざとやなくても壊滅的なドジっ娘っちゃんってことやろ? もしかしてチョー天然? あかんわー。そんなんナースにしちゃ、絶対あかんわー。世のため患者のため、入江先生の出世のためにも国家試験受かりませんよーに」

「はあ………ますます、一緒に働きたくないー」

「そんなん国家試験受からへんやろ。受かったとしても、ここの病院、付属の看護学校の卒業生でほぼ定員埋まるし。きっとこの病院に来ることあらへんって」

「そうやといいけどね」

「とりあえず、さっさと東京帰ってくれへんかなー」

そんな話をリネン室の片隅で延々としていた二人のナースが部屋から出ようとした直前に、琴子は慌ててその場を離れた。


ーーあれ? なんでよく見えないんだろ………

視界がぼやけて、思わず壁にはりついてそろそろと歩き出す。

ぽたりと、一滴が頬を伝って廊下の床を濡らした。


ーーどうしよう……自分の部屋にも帰れない。
あたしってあたしって………ほんとに馬鹿でドジで………
入江くんにも救命の皆さんにも迷惑かけてばっかりで………何のために此処にきたんだろ……?


あたしーーどうしよう………どうしたらいいんだろ……?

琴子は一歩も動けなくなって、その場にしゃがみこんでしまったーー。












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* by なおちゃん
看護師の癖に、入江くんへの、嫉妬丸出しですか、看護師足るもの、後ろにも、目があるように、じゃないと、いい看護師とは、言えませんよ?琴子ちゃん、大丈夫かな、入江くん、琴子ちゃんを、早く見つけて上げて。

続編出して下さい * by まあか
君のいる、午后の教室
1997年夏休み
の続編出して下さい

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