君のいる、午后の教室 12


11.5(音楽室えろ)限定にてアップしております。
未読のかたはそちらから(あ、大人の方のみねっ)どうぞ。




※※※※※※※※※※※



6 実習四日目




「随分しっかりした授業が出来るようになったわね」

2限目のA組の現国の授業を終えた後、指導教諭の清水から、珍しくダメだし無しで褒められた。

「松本さんのあの質問に的確に答えたのには驚いたわ」

「ええ、まあ、なんとか」

頭をかきながら愛想笑いをする。

ーー全部入江くんのお陰でなんですけどね……

昨日直樹の書いてくれた指導案が完璧だったのだ。
さらには細かいメモ書きが幾つも付箋で付けられて、それにはこの辺りでこいつがこんな質問するだろう、という予測までなされていたのである。
そしてそれはほぼ的中した。
そうでなければ松本裕子の意地悪く容赦ない質問の雨に太刀打ちできなかっただろう。

だいたい『舞姫』の内容に共感できず、いまひとつ自分で登場人物の心情を読解しきれてないのだ。

だって豊太郎、ムカつく~~~

自分の感想がこんなもんなのに、生徒に高度な感想を導かせようとするのは無理があるというものだ。

教科書に載っているのは後半部分で、身勝手な男の懊悩にはイライラさせられるが、『舞姫』とは暫く付き合わねばならない。

「そうそう、相原さんの研究授業は来週の木曜のこの時間に決まったから」

「あ、はい」

学校中の教師全員に見学される研究授業は正直気が重い。しかしやらなければ実習は終了しない。

でも…… 2週間の教育実習なんて本当にあっという間………

直樹と学校で共に過ごせる時間はほんのひとときなのだ。
淋しいような……でも早く先生と生徒という立場を解消したいような……

複雑な想いの琴子であった。





現国の授業を終えた後、次は音楽の授業とかで生徒たちはガヤガヤと教室を移動する準備をしていた。

音楽室………

今回実習生に音楽担当はいないから、音楽室に行く用事は全くないのだが……
初日に学校見学をさせてもらい、記憶に残っていた音楽室の光景が、そのまま明け方の夢となったのかーーフラッシュバッグのように一瞬にして思い出され、一人赤面してしまう。

あんな……あんな淫らな夢…………

あまりにリアルで、直樹の指先の感触ひとつひとつ思い出されてしまう。

ーーああ、それもきっと図書室で2回もしちゃったせいだわ……

ーーでも、でも、もう、今日こそ絶対断固拒否なんだからーーっ

夢の中の1.5倍に拡大されていた細井校長がついちらちらと瞼の裏に浮かんでしまう。

ーー現実になりそうで怖い! 怖すぎるっ


はあ、とため息をついた時、自分の席で音楽室へ行く準備をしていた直樹が、すうっと教壇の前に向かってきて、琴子の間近まで近寄って来たので、思わず仰け反ってしまう。

「な……な、な、何?」

「黒板消したいんですけど、相原センセ? おれ、日直なんで」

「あ、はい。どうぞ」

そういえば琴子が板書した文字は黒板に残されたままだった。
赤や黄や青に紫と、カラフルに色を使った可愛らしい文字が、黒板の下半分に埋まっている。
背が低いから上の方に書くことが出来ないのだ。

背の高い直樹は軽々とそのカラフルな文字を消していく。
琴子もその横で手伝う。

「ね、入江くんってピアノ弾ける?」

唐突な琴子の質問に、
「さあ? 4歳まで習ってたらしいが」

実は女の子の格好をさせられていた時の話である。当時幾つか習っていたお稽古事は全部辞めた。

「4歳で辞めちゃったの? じゃあ弾けないか」

「あれから弾いてないが、4歳で『ラ・カンパネラ』を完璧に弾いたらしい」

発表会で愛らしいドレスを身につけ完璧にリストの超絶技巧曲を弾きこなした4歳の天才美少女は、翌年には姿を消して業界でほぼ伝説と化していたが、直樹にとっては黒歴史に過ぎない。

「へぇ~~」

ラ・カンパネラがどんなのか知らないので何とも言えない琴子である。

「それよりも」

頭上で直樹の低い声が降臨する。

「色チョーク使うと黒板消しがよごれるんだよね。ガキ相手じゃあるまいし」

「………ごめんなさい」

少しシュンと謝ってから、「あ、黒板消し、はたいとくね。音楽室行って! 遅れちゃうから」そういって直樹の持っていた黒板消しを奪い取り、窓際の片隅に走って、窓を開けて身を乗り出すと、パンパンと二つ合わせてチョークの粉を払い落とす。

えほっえほっ

チョークの粉にむせっていると、
「何やってんだよ、ばーか。今どきこんなことして叩くか。ちゃんと黒板消しクリーナーってもんがあるんだよ」
と、直樹が呆れたように黒板の横にある棚の上のプラスチックの箱のようなものを指差した。

「え……あれ、黒板消しクリーナー? 何に使うのかと……」

ちらっと横目でそちらの方を見た琴子だが、ふいに視界が白いものに覆われたのを感じた。

「へ……?」

唐突に窓際に押し付けられ唇が塞がれた。

ちょ……! ここ、教室!

殆どの生徒は音楽室へ移動しているとはいえ、まだ数人は教室にいた筈である。
ざわざわと声は聴こえる。

なのに、直樹は気にもしていないように堂々と琴子を抱きすくめ深くキスをする。
カーテンの内側でーー。

そう、直樹は窓の端に寄せられていた白いカーテンをさっと引っぱると、教室からの視界を遮断するべく互いの身体に巻き付けて琴子にキスをしていたのだ。
カーテンの下から二人の足が見えるが、その向こうで何をしているのかは分からない筈である。

「ん……」

放っておいたらいつまでも離すつもりの無さそうな直樹の背中を思わず持っていた黒板消しでぽんぽん叩く。


「入江くーーん? もう行っちゃった?」

松本裕子の声が教室に響いた。

「もう出てったんじゃない?」

渡辺の声もした。

ひ、ひぇ~~~

流石に直樹の唇は離れたが、そのまま微動だにしない。

「ふーん。いつの間に……」

「行こうぜ。おれたちも」

「ええ」

そして廊下の方へ出ていったようで、声は少しずつ遠くなっていく。
教室にも他の生徒の気配がなくなったところで、直樹はカーテンを元に戻した。

「も、もう! 教室でこんなこと……!」

真っ赤になって抗議する琴子に、今度は隠しもせずにちゅっとキスをして、さらに琴子の顔を沸騰させた。

「もう、誰もいないし」

確かに教室には誰もいない。

「ほら、もうすぐチャイム鳴っちゃうよ! 早く行って!」

火照った顔をはたはたとしながら、琴子は直樹を追い出す仕草をした。

「また、昼飯屋上に来いよ?」

直樹の誘いに、琴子は少し困ったような顔をして「ごめん、お昼はもう無理」としっかり断った。

「なんでだよ?」

あからさまにムッとしたような表情ではないが眉を潜めた具合が絶対不機嫌になったな、と思わせる。

「来週のクラスマッチ、教員枠で実習生もバスケのチームで出ることになったのよ。だからお昼休みはその練習しようってことになって……」


今朝いきなり、啓太の指導教諭の梅岡からそう告げられ、啓太以外の実習生は皆、一歩引いてしまったのだが。

啓太一人、「よぉーし、やるからには例え生徒たち相手でも手は抜かねぇぞ。わかったな、みんな! 今日から特訓だ!」
と、燃え上がっていたのである。

「ふぅーん。おまえ、バスケ出来るの?」

「授業でやったくらいだけど。でも、運動神経は悪くないのよ、これでも」

「スキーはどんくさかったけどな」

「う……。走るのはまあ得意なのよ。あとちょこまか動くのは」

「せいぜい顔面でボールキャッチしないように気を付けな」

「一応ね、生徒の優勝チームと対戦するの。確か入江くんのクラスが去年1年ながら優勝したんだよね?」

たいていA組はどの学年においても球技大会だの体育大会だのとは、勝利に縁がなく、関心も皆無。
なのに、直樹の率いるチームが最強豪の3年F組を破って優勝したのである。ほぼ直樹一人で防御して得点したといっても過言ではないが。

「啓太が……鴨狩先生が、絶対入江より得点するって。でもって、もし勝ったら実習終わったあとでご飯付き合えって」

「はあ? なんでそんな流れになるんた?」

「…………何でだろう? 気がついたらそんなことに……」



ーーおまえ、まだ春休みに弄ばれた男のこと忘れられないのかよ? そろそろ次にいけよ。

啓太には事あるごとにそうつつかれていた。
まさか「その男は此処の生徒でした」とは云えず、適当にあしらってきたのに、何故か今朝はいつまでも食い下がり、そしてそんな賭け事めいたことになってしまったのだ。

今年もバスケは入江くんのいるうちのクラスの優勝ね♪

2Aは入江だけだろ? 球技ってのはチームが力を合わせて勝ち取るゲームなんだ。そんな一人エースがいるだけで他はやる気のないチームなんぞ参加する資格ないね。

そ、そんなことないわよ。入江くん以外だって頑張るわよ。あたしが受け持ってるクラスよ? みんなにやる気出させて、チーム一丸となって取り組むわっ

よーし、そんなに言うなら、もし、おれが入江より得点したら?

啓太が入江くんより点とれる訳ないじゃない!
入江くんの方が身長高いし、運動神経いいし、かっこいいんだから!(←?)

じゃあもしおれの方が勝ったらおれとメシ付き合えよ。

いいわよ、そんなこと絶対ないから!



「ーーというわけで」

「おまえ……」

去年はテニス部キャプテン須藤の、『優勝したら部活練習免除』に乗せられて無駄に一人で頑張ってしまったので、今年は少々手を抜こうと思っていたのに。

「だからね、A組の他の子達にもぜひとも頑張って欲しいから、放課後はみんなにも練習してもらいたいと……」

他のクラスは部活が始まる前の20分ほどクラスマッチの練習をしているという。

「するわけねぇだろ。A組の連中は塾に直行だ 」

「そこを入江くんの人望でなんとか」

「知るかっ おまえが勝手に賭けたんだ。勝手に頑張れば? 熱血センセ?」

何だか直樹はさらに不機嫌になっているようだった。
そして皮肉めいた笑みを捨て去るように残して、さっさと教室を出ていってしまった。

………えーと………怒らしちゃった?

ぽつねんと教室に取り残された琴子は、チャイムの音で慌てて飛び出して行ったーー。








「入江、おまえどうした?」

「 何が?」

「眉間に皺よってる」

「いつもだろ? 」

少し遅れて音楽室に入ってきた直樹に、渡辺が不思議そうに訊ねた。

「いや。今週に入ってからおまえの眉間の皺率減ったような気がしてたんだけどな。柔らかくなったというか。表情が豊かになったというか」

「気のせいだろ?」

何も変わらねぇよーーそう呟いてそっぽを向いた直樹の背中をみて、渡辺は一瞬目を剥いた。

「入江……背中」

「 は?」

「黒板消しの痕。チョークがぴっしり付いてる………」

そう言ってくっくっと笑う。

「やっぱ、おまえ変わったって……」

ーー琴子のヤツ!

いつまでも肩を震わせて笑っている渡辺を横目に、自ら教室でイタズラを仕掛けた結果であることも忘れて軽くムッとする直樹である。

いや、しかし、それよりも。

さっき琴子と会話してから、どんよりと心に拡がってきた仄暗い想いがいったい何なのかーー
なんでこんなに不愉快な気分なのか。

その日の音楽の授業が「名曲鑑賞」で、しかも『魔王』だったりしたので、結局ずっと暗雲としたBGMをバックに、憮然とした気分を抱えたまま1時間を過ごしたのだった。






※※※※※※※※※※

ばたばたと2話に分けて申し訳ありませんf(^^;


そして音楽室も夢落ちで……f(^^;


エロいクラシックを検索したらみんな一様にお薦めするのが、『法悦の詩』でした(^w^)一応ようつべさんで聴いてみたけど5分で寝てしまいました。クラシックは耳馴染みのある曲以外はすぐに寝てしまいます(^w^)琴子ちゃんと一緒よー。
二番押しは『サロメ』でした。

m様、『別れの曲』は使わせてもらいました。『taboo』(ちょっとだけよ~~の曲です)を使うつもりで夢落ちにしたのに、何故か使えませんでした~~(((^^;)

さて。
少しは事件を起こさないとね。
定番商品の『嫉妬事件』をご用意させていただきました笑




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君のいる、午后の教室 11.5

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君のいる、午后の教室 10




前回、久しぶりの『キミゴゴ』にたくさんのコメントありがとうございます。待っていて下さった方がたくさんいらして嬉しかったです~~(^_^)更新停滞していてスミマセンでしたf(^^;
とはいえ、さくさく続けられるか自信はないですが、頑張りますね(^w^)



そして、長くなりましたので、2話に分けますね(^_^;)







※※※※※※※※※※※




ーー絶対に流されない!
…………と、固く決意して図書室(ここ)にやって来たのだった。


そう、あたしは先生よ。
先生なのよ。

いっくら甘い言葉を囁かれたって、学校で生徒とどうのこうのはやっぱり有り得ない!
そんなアンモラルな!
ぜぇーーったいNGだってば!


何がなんでもちゃんと説得して彼に納得してもらわないと。
きちんとした道徳心や一般常識というものを教えるのも教師の務め、あたしに与えられた使命なのだわ!

ーーそう、握りこぶしをつくって天に向かって誓ったのだ。

ーーいい? 入江くん? 学校ではこんなことしてはダメなのよ。
一時の情欲に飲まれては駄目よ。
それを律する精神力と理性を身に付けましょう。
それが大人というものなのよ。
まだ16歳のあなたには難しいかも知れないけれど、感情と本能の赴くままに行動するのはケダモノと同じよ?
学校では一生徒と一教生という立場を越えてはいけないの。
わかるわよね? ね? 入江くんは天才なんだもの!


「何をぐだぐだと。琴子のくせして小難しいこと云おうたって説得力ねぇんだよ」


ぐだぐだと(一応小声で)云ってる琴子の横で琴子の指導案を猛然と書いているのは直樹だった。
差し出された教師用の赤字入り教科書と大学の教職指導用テキストを参考に、淀みない筆運びでさくさくと指導案を埋めているのだ。


ここは図書室の読書用閲覧室。
斗南高校の図書室は地方の図書館並みの蔵書を誇り、閲覧室も自習用、読書用、グループミーティング用と三室ある。

自習用は明るい窓際で、席は半分ほど埋まっていたが、読書用は開架図書の棚の奥まったところにあり、殆ど生徒はいなかった。

隣同士はガラスのパーテーションで仕切られているが、1つの机に無理矢理椅子を2つ入れて、ほぼ直樹が机に向かっていて、琴子は後ろから覗きこんでいる様相だ。



……そりゃ、先生と生徒になる前にあたしたちはこういう関係になってしまって、思いも寄らない事態なわけだけど、2週間だけなんとか隠しとおせば、問題はないと思うのよ。そ、そりゃ、未成年と、っていうのはやっぱり問題なのかもしれないけれど、先生と生徒というよりは百万倍ましなわけで………
とにかくね?
バレたらおしまいなの。
あなたもあたしも……


「だから、バレなきゃいいだろ? はい、できた。明日のA組の現国用の指導案」

「ええっはやっ うわー凄い! 入江くんって指導案書いたことあるの?」

完璧な指導案に思わず感嘆の声を上げる琴子である。

「……… んな、わけねぇだろ。教師用のテキストなんて初めてみたぞ」

「A組は進むの早すぎるのよね~~他のクラスはまだ賢治くんの詩をやってるのに、A組だけ次の単元に入っちゃうんだもん」

「悪いがA組は冬休み前には教科書全部終わるぞ」

「ひえ~~」

驚きつつも、とりあえずはこのA組の指導案だ。来週にはこの単元で研究授業をせねばならない……A組相手に………

「『舞姫』ってキライ」

次の単元は鴎外の『舞姫』だった。

「 アンハッピー過ぎる………っていうか、漱石の『こころ』にしろ、なんで教科書に載ってる小説って暗い救いようのない展開な話ばっかなの~~? もっと胸ときめくきゅんきゅんなハッピーな話載せれば、みんな読書好きになるのにねぇ」

現役文学部生によって文豪の名作はばっさりと切り捨てられた。
名作だからといって、恋敵の親友自殺に追いやったり、身籠った彼女捨てて精神破壊させたりとか、鬱々とした内容に全く共感できない琴子である。


「豊太郎、優柔不断過ぎる。愛してるなら地位も名誉もかなぐり捨てて、エリスを守らないと。エリスがあまりに可哀想! 最低! 最悪!」

「……一応、話は知ってるんだ」

文語調で読みづらいが、ちゃんと読んだのか、と感心する。

「うん、〇ィキや〇フー知恵袋であらすじ検索した。今って便利よね~~」

………おい。

「あらすじ読んだら腹立って原作読む気なくなっちゃって」

秀才でエリートの主人公がドイツに留学して、そこで知り合った踊り子の美少女と恋に落ち、同棲して孕ませるが、日本での出世の為に結局捨てて日本に帰ろうとして、それを彼の親友から聞かされた彼女は精神を病んでしまうという話だ。ちなみにそんな彼女を置いて帰国した彼は、勝手に彼女に話をした友人を恨んでる。恨んでるからには彼女を愛していたんだろう。その割りには彼女も子供も置いて日本に帰るのだ。
どうにも琴子はすっきりしない。後味悪すぎる。

「エリスは可哀想だけどあまり共感できないかも。………あたしだったら、赤ちゃんがお腹にいて、心なんて病んでいられないよ。だって、まずちゃんと赤ちゃん産んで育てなきゃ! それが何よりも一番大切じゃないのかな? 赤ちゃんがいれば前向きに育てることだけ考えて生きていけそう」

琴子ならそうだろうな、と直樹も思う。
そして、琴子は、それが恋人の為ならばあっさりと身を引いて、一人で子供を育てる道を凛として選ぶだろう。
長い時間をともに過ごした訳ではないが、まず相手の状況を一番に考えるところが、彼女に惹かれた理由かもしれない。
とにかく自己犠牲を全くいとわないから、放っておけない気がする。


「……これは鴎外の自伝的小説なんだ。実際はエリスのモデルとなった恋人は鴎外を追っ掛けて日本にやってきた」

「まあ、情熱的!」

「でも親類縁者に説得されて恋人はドイツに追い返された」

「酷い……いったい、鴎外は何やってるんのよ! つまり、現実も悲恋で終わったってこと?」

「ま、その当時の国際結婚はなかなか難しいだろうな」

「あ~~やっぱり腹立つわ~~あたし、こんな話に冷静に授業できるかしら?」

ぷんぷん憤っている琴子に、直樹は肩をすくめた。

「教科書は抜粋だけだろ。ちゃんと原作読めよ。あっちにある筈だぜ」

生徒にたしなめられている教師というのもどうかと思うが。

だがまあそれが琴子なのだと、直樹は気にもせず、琴子の手をとって、開架図書の書棚の奥に連れていく。





そして。

「だ、ダメってば…………」

書棚に押し付けられて身動きの取れない状況に陥っている琴子であったーー。


たがらーー流されないって!
絶対に流されないって、固く決意したのに~~~


『舞姫』を探しに森鴎外の全集本の棚に行くのかと思いきや、ずっとずっと奥の方である。
図書分類法で0~1の辺り。総記や哲学、宗教といった分厚く難解な言葉のタイトルの本が棚を席巻していた。
人の気配の欠片もない静謐な空間だ。
古びた背表紙で埋め尽くされた書棚に突然ドンと押し付けられた。

…………棚ドン?

考えてみれば文学は一番入口寄りで人が常に行き来している書棚だ。最初からスルーするつもりだったに違いない。


「ん……ん、だめ……」

押し付けられたまま深く口付けられる。
小声で喘ぐように呟いて、なんとか直樹を押し退けようともがくが、どうにも動けない。

この辺りには誰もいないが、自習机には何人か生徒がいた。
司書教諭も確かカウンターに居た筈だ。
それなのに、それなのに、まさかこのようなコトに及ぶとは!

じょ、じょーだんでしょ?
からかってるだけだよね?
流石に此処じゃーー

焦ってる琴子を尻目に直樹はキスを首筋に落としながら平然と胸やら尻やら触ってくる。
スカートの裾から手が侵入してきて、思わず声を出しそうになり、飲み込む。
涙目で睨み付けるが、どこか楽しげに薄く微笑む様はいたずらっ子のようだ。

「……指導案の礼はきっちりもらうからな」

耳元に小声で囁くついでに耳朶を軽く甘噛みされて、「ひゃ……あん」と妙な声が漏れてしまう。

「声、出すなよ」

だったら、声の出そうなこと、するな~~! と大声で叫びたいのをぐっと堪えて唇を噛み締める。

その唇を舌でなぞるように触れてきて、思わず開いた唇の隙間からあっさりと侵入を許してしまう。
声を出させない為か、長い長いキスをした。

絡まり合った舌が痺れるくらいに追い求める。深く繋がった唇の隙間から漏れる湿った水音が、琴子の頭にダイレクトに響いて、この静かな図書室内にも響きわたっているのではと、舌を逃れさそうとしても、すぐに直樹の舌に掴まる。掴まって、捉えられて、溶け合って、離れられない。

熱いキスにくらくらして何が何だかわからなくて、段々どうでもよくなってくる。

ーーそして、あっさり流されてしまうーー。

いつの間にか琴子の方から直樹の首に腕を巻き付かせて、積極的にキスを受け入れていた。
もっと深く触れあいたくて、身体を密着させる。


ーーかつかつかつ。

足音が近付いてきて、思わず互いの身体がぴくりと跳ねたのが分かった。

唇は少し離れたが、何故か直樹は琴子を離さない。書棚に押し付けたままだ。

足音は二人のいる書棚の真裏で止まった。
幾つかの本を物色しているようだった。
右へ左へウロウロし、一冊手にとってはぱらぱら捲って、そして棚に返している。

そして、琴子の背中の真後ろの本を一冊取った。

琴子は心臓がばくばく音をたてて、その音が聴こえないかと不安になる。

ーーもう! どうして離れてくれないの?

多分、このしっかりと抱き合っているような状態を見られても適当に言い訳をでっち上げることなど簡単だと思っているのだろう。
琴子が爆発しそうな心音を響かせているのとはうらはらに、直樹は全くしれっとしているのが少し小憎らしい。

そのうち、その本を持ったまま足音は去っていった。

「はぁぁ~~~」

大きく嘆息した琴子に、「ため息がデカイ」と唇をムギュッと摘ままれる。

そして「やっぱり此処じゃ、やりにくいな」とちらりと横の方を見た。

そうよ、そうなのよ。
すぐ向こうには人がいるところで、こんなことをやろうってのがそもそもの間違いなのよ。
………何、スリルとサスペンスを求めてるのよ~~~

と、瞳で訴えていたら、「あっちに行こう」と、再び琴子の手を引っ張っていく。

「ここは?」

書棚と書棚の間の1枚の扉の前に立った。書棚は事典や学術書などの禁帯出本だ。赤いシールが同じ位置に貼られていた。

「閉架図書室」

そして、何故か鍵をひとつ取り出して、ドアノブの下の鍵穴に差し込む。

「な、なんで鍵……」

「カウンターの処に置いてあったからちょっと拝借してきた」

「……勝手に?」

目を丸くする琴子を無視して、さっさと扉を開け、中に押し込む。
いや、つまり最初から此処に引っ張り込むつもりだったということだ。

ぱたんと音がして、内側から鍵を閉めた。


ここの閉架図書室はいわゆる資料室みたいなものらしい。
貸し出し禁止の古い本や、修理の必要な本などが雑然と棚に積まれていた。
室内は書棚が林立する森のようだった。

その中央に大きな作業机があり、修復途中の本が幾つか積まれていた。
もう読まれることのないだろう古いボロボロの雑誌も片隅に置かれてある。
古い本の独特な湿った紙とインクの匂いが充満していた。
そして締め切っていた部屋なので少し暑苦しい。

勝手に換気のスイッチとエアコンのスイッチをいれる。
こんな部屋まで空調完備なのが流石私立だな、と状況を忘れて感心する琴子である。

しかしそんな琴子の腕を引っ張ってーー再び書棚に押し付けられた。

「…………入江くぅん………」

眉根を下げて懇願するような瞳をうるうるさせている琴子を無視して再び口付ける。


ーーいただきます。

直樹の心の声が聴こえた気がしたーー。






※※※※※※※

すぐに後半アップします。
限定です………f(^^;



君のいる、午后の教室 9



更新頑張ります! ーーと宣言しておいて、結局だいぶ空いてしまいました。リコメもまたまた滞っておりますが、たくさんの暖かい言葉、本当にありがとうございました。今、被災している方も、かつて被災された方も、色々な方がここを訪れてくれて、そして少しでも楽しみにしてくれているということが、とても嬉しいし、書く励みになります。

と、いうわけで、お話書くくらいしか出来ないですが、久々の『キミゴゴ』です。
何故か復活リクエストが一番多いのです。

一年ぶりくらいですかね。思わず読み返しました(^_^;)前回、部室えろ(限定)で止まってたんですねぇ……本懐遂げさせて満足してしまったようでした……えへf(^^;

では、続きからどうぞ。






※※※※※※※※※※※※




5 実習3日目



「………というわけで、次回はこの時の賢治の心情を読み解いていきたいと思います」

なんとか締めたところで丁度よくチャイムが鳴って、琴子はほっとしてチョークを置いた。

終了の礼を終えた後、C組の教室はガヤガヤと騒音に包まれる。
教室の後方で授業を見ていた指導教諭の清水が琴子の傍に来て、「だいぶ様になってきたようね」 と、初めて誉め言葉をくれた。

「でも」

けれど、やはりそれだけでは終わらない。

「板書は書き順を絶対間違えないこと! 国語の授業の鉄則ですよ? 今は5ヶ所間違えてました。でも、字は読みやすくて綺麗ですよ。あと、朗読はもっと滑舌よく。何度かつっかえてましたね? それにーー」

ぎろりと琴子を睨んで。

「生徒たちに感想を書かせている間、あなた一人で変な世界に行ってたでしょう? 」

げ、バレてた!

「机間巡回もせずに、教壇に肘をついてぼうっとして窓の外を見て、顔を真っ赤にしたり、身悶えしたり、ため息ついたり……授業中に一人で妙な妄想しないでください」

「はい………」

しゅんとしながら琴子はとぼとぼと職員室に戻っていく。
途中で通過するA組の教室をちらっと見ると、一瞬にしてその姿を見定めてしまう。完璧な追尾機能………

休み時間中の彼は席も立たずに、隣の席の松本裕子と談笑していた。そこに渡辺も加わっている。
琴子の視線に気付いたようで、直樹はちらっと視線を合わせたが、特に微笑むでもアイコンタクトを取るでもなく、すぐに友人たちとの会話に戻っていった。

いいなーあたしも同級生になりたい……

望んでも叶うべくもないことをちょっとだけ思う。

ーー昨日のことが夢のようだ。

ダメっ! 思い出すとまた顔が赤くなっちゃう!

琴子は持っていたファイルではたはたと熱くなった顔を扇ぐ。


昨日、テニス部の部室で久しぶりに目一杯抱き合って、激しく求められて愛し合ったことーー

思い出しただけで身体の奥がきゅうっんと疼く。

「ひやーん」

あんなことやこんなこと………

お陰で今日は朝のHRから目を合わせるのが恥ずかしくて、つい視界に入らないよう不自然に顔を直樹から背けていた気がする。
つい、癒し顔の渡辺の方ばかり見ていたような……


「あら、何、顔を沸騰させてるのよ」

職員室の入口で桔梗幹と鉢合わせ、怪訝な顔をされた。

「な、な、な、なんでもないわっ」

かなり怪しいが、急いでいるらしい幹は眉を潜めただけでさっさと行ってくれた。

ダメダメ! 一旦昨日のことは頭から追い出すのよ、琴子!
今は実習中なのよ! そして、彼はあたしの生徒なのよ!

ばしっと頬を両手で叩き、次の授業の準備の為に職員室に入っていったのだった。




ーー夜、電話するから。

その言葉通りに、琴子の携帯に電話があったのは、昨日の夜の10時過ぎのことだった。

030の番号は家電のようで、ちゃんと登録して、さらについでに携帯壊しても失くしても大丈夫なように、しっかり手帳に番号をメモしておいた。

子機を使って部屋からかけていると云うことだった。

「……あたしの番号、ちゃんと覚えていたの?」

『1度覚えたことは忘れないから』

「ふーん、じゃあ何で今まで電話くれなかったの?」

つい口調が剣呑になる。

春休みから2ヶ月ちょっと、何故彼からは連絡してくれなかったのか。
教生となって再会してから、熱烈に求められても何処か戸惑いを感じてしまうのはそのせいだ。

『おまえが電話するって言ってたじゃん。だから、ずっと待ってたんだけど』

「それは携帯なくしちゃって……」

あたしからの電話がなくても番号覚えてたなら、そっちからかけてくれたらよかったのに。

『おれ、基本的に電話ってツール嫌いなんだよ。相手の都合とかお構いなしに唐突にその時間に割り込んで会話を要求するのって、かなり傍若無人じゃないか?』

うーん、それはそうかもしれないけれど、一応百年以上、誰もがフツーに使ってきた文明の利器だよ……今さらそんないちゃもんつけられてもなぁーーそれに、緊急の用事の時にはないと困ると思うよ……

『無論、仕事や緊急事態には必要だってのは分かる。だが掛かってきた電話がどうでもいい内容で、長々とくっちゃべられた日にはおれの時間を返せと怒鳴りたくなる』

「ご、ごめんね。キライな電話させちゃって。もう、切るね」

『あほ。かけたのはこっちだろ。ちゃんと用事があってかけたんだ』

「は、はい。で、用事とは」

『この番号、ちゃんと登録しておけ。以上』

えーと、それだけ?

『あと、明日の昼は屋上で待ってるから一緒に飯を食うぞ』

えっえっえー!

『じゃあな』

そして、一方的に切られてしまったのだが。

でも嬉しい。
電話を初めてくれたことと屋上デートの約束………
随分(生徒なのに)高飛車に命じられた気がするが、それはまあ置いておこう。

いや、でもまずいかなー。
一緒にお弁当食べないと幹ちゃんたちに不審がられるかなー。

少し悩むが、まあいいや、と気にするのをやめた。適当に誤魔化せばいいだろう。

というわけで、今日の弁当は少しゴージャスに重箱入りだ。いつもは父のお手製のお弁当だが断って、朝早く起きて頑張った。いつも父親が作ったものとは見映えにあからさまな違いを感じるが、きっと味は大差ないに違いない、と変な自信を持っている。


そして、待望のランチタイムである。

仲間たちには『今日は教室で生徒たちと食べるから』と嘘をつき、琴子は急いで屋上に向かった。


「遅い」

屋上の扉を開けると、給水タンクの日陰になる位置の段差に、長い脚をぶらぶらさせて直樹が腰かけていた。

「ごめんね。授業少し長引いて……」

「言い訳はいい。さっさと飯食うぞ」

「う、うん」

よっぽどお腹空いてたのね、と素直に思う琴子であるが、まさか直樹がここでデザート(=琴子)をいただこうと思っているなどと考えもしないのである。

「なんだ。おれの分も作ってきたの?」

「うん。あ、入江くん、自分の分あったのね。わー美味しそう!」

「お袋に断る理由がないからな。あの人、料理はかなり得意なんだ……て、なんだよ、おまえのこの弁当!」

「えーと、特製和食会席弁当です……」

「すげぇ茶色い世界。……卵焼きまでブラウンだ。そのうえ食べる前から卵焼きに殻が入ってるのバッチリ見えるんだけど」

そう言いつつも躊躇いなく箸を伸ばす。

がじっがりっごりっ

不味い、苦い、なんだこりゃ?
ーーと、ブツブツ云いながらも琴子の作ったほうばかり食べている。

「やーん、入江くんのお母さんのお弁当美味しすぎる~~」

琴子はせっせと直樹の弁当をつつく。彩りも鮮やかで、一品一品凝っている。当然冷凍食品など、1つもない。

「なんか、いいねぇ。青い空の下、ピクニックみたい」

梅雨前の爽やかな青空。飛行機雲だけがくっきりと空を分ける。夏至も近いせいか太陽の位置は随分と高く、屋上のコンクリートに反射して流石に少し汗ばむ暑さだが、時折そよぐ風が心地よい。
屋上からは東京のビル群がくっきりと眺められ、中々の眺望であった。

「4階建ての屋上でも結構景色きれいなんだねぇ」

「今日は天気いいからな。でも屋根とビルしかみえないだろ」

「屋上ってちゃんと開放されてるんだね。自殺防止で普通立ち入り禁止って聞いてたのに」

「ああ、鍵は掛かってて基本立ち入り禁止だぜ、ここ。生徒会長の権限で勝手に持ち出しただけ」

「ええーーっ いいのぉ?」

「バレやしないよ」

いけないことと分かっても、やっぱりお天気のいい日の外でのランチは気持ちがいい。
他愛ないお喋りとちょっとしたデート気分。

ああ、これで教生と生徒という立場でなかったら……
この幸せを心から満喫出来るのに。
とはいいつつ、この禁断ちっくな背徳感はちょっとドラマティックな気分にさせてくれるのだが。


「ごちそうさま」

なんだかんだ(文句言いつつ)琴子の弁当を完食してくれて、にんまりしている琴子に、「じゃあデザートな」と二の腕をくいっと掴んで引き寄せる。

「え? あ、デザートね、リンゴ剥いてきたよ」

バッグから別のタッパを出そうとした琴子の手を制して自分の膝の上に引っ張りあげた。

「違う、こっち」

と、直樹がポケットから出したのは小さな包みーー

「ん? 薬? ………じゃない!」

それが何だか察知した瞬間に、琴子は思わず「ひぇぇーー」とのけぞる。

「ちょっと、ここで!? ダメっ! 有り得ない!」

「 なんで? 腹ごなしの軽い運動をするだけじゃん」

軽い? 軽い?
ーーそれは、絶対ウソだ~~~ !

「それに、ちょっとしたお仕置き」

「え? なに?」

「今朝、HRの時、ずっと渡辺の顔ばっか見てただろ? 何? 実はあいつの方が好みなのかよ」

瞳の色が不穏である。

「そ、そ、そんなわけないでしょっ だって、入江くんの顔見ると思い出しちゃって……」

「思い出すって?」

「え……き、昨日の……///////」

「ああ。昨日、部室でエッチしたこと?」

いやーん、露骨にいわないでぇぇぇ

楽しそうににやっと笑う直樹から真っ赤な顔を背けるが、簡単に顎を捉えられ正面から見つめられる。

綺麗すぎる容貌(かお)。アップに耐えられる容姿ってほんと羨ましい。

「もう、昨日お互いタガが外れちゃったんだから、この際、禁忌(タブー)や羞恥は取っ払って本能のままでいいんじゃない?」

そしてさらに近付いてくる直樹の玲瓏な顔。

いや、ダメです。絶対にダメですってばー

お昼ご飯のあとは、まったりとお喋り、もしくは膝枕でお昼寝くらいにしてくださーいっ

そう叫びたくても、その唇はあっさりと直樹によって塞がれる。

「んぐっ………」

そして、彼の手はさっさと琴子のジャケットを脱がし始めていた。

薄いピンクの開襟ブラウスの上三つの釦を超高速な早業で外している。

ちょっと待て。
ヤバイ、マズイ!
こんなお天道様が天高く見下ろしているところで、そんな~~~

琴子の焦りなどお構いなしに直樹の手はブラウスの中に侵入し、ブラの中にも遠慮も躊躇いもなく堂々と侵略していた。

「あ……ダメ……」

胸の先端をつつかれて思わず出た甘い声に、直樹がにやりとほくそえむ。

「全然ダメじゃないじゃん……」

今度は大きな手にすっぽり包まれて強く揉みしだかれた。

「昼休みって時間があんまりないから、短縮バージョンで行くけど許せよ」

いや、だから、そんな時間ないときに無理してしなくても~~

頭の中は抵抗しているのに、身体は全く云うことをきかない。

またあっさり流されてしまうのかしら。ああ、先生失格ね、あたし………


半分琴子が諦めの境地に至った時ーー

屋上の扉がガチャっと開いた。

ひぇぇぇぇ~~~~~~

琴子の心臓は半分ひっくり返りそうになった。

アラレもない格好で直樹の膝の上で抱きすくめられているのだーー。
だが幸いなことにここは給水塔の陰で、扉からは死角になっている。

「あれ? 珍しい。屋上の鍵が開いてるなんて」

「おまえ、前来たとき、閉め忘れたんじゃねえの?」

「おかしいなー。ちゃんと締めたと思ったけど」

「開けっぱで事件でも起きた日にゃ、折角こっそり合鍵作ったのに、付け替えられちまう。気を付けろよ」

「へーい。もう事件は起きてるけどね」

「煙草吸うくらいで事件かよ」

「A組の生徒が煙草をこっそり吸ってるのは大事件だろ? この学校にとっちゃ」

「だなー」

男子生徒二人が屋上の柵に寄りかかって、煙草を吸いだしたようである。
ふわりと紫煙が流れてくる。
どうやらA組。
しかも常連さん。

A組、というのを聴いて、驚いて覗きこもうとした琴子だか、直樹に引っ張られてよく確認出来なかった。

「あれは3年だな」

耳元でぼそっと囁かれる。

それすらにもびくっと反応する琴子。
その感度の良さに、思わず口元が緩みそうになるが、流石にこの状況で続けると間違いなく琴子は声を出してしまうので、諦めざるを得ない。

ーーまた、寸止めかよ。

折角、昨日やっと本懐を遂げたのに、また何の呪いか、琴子を抱こうとすると邪魔がはいるというのがどうもお約束のようである。

ーーとっとと出ていけ!

と心のなかで罵倒するも、3年の喫煙少年たちは、のんびりと煙草を燻らせながら、今年の教生のランク付けなどしている。

「やっぱ、一番美人は桔梗先生だよなー」

「あれで男なんて、詐欺だぜ」

「でも、品川先生も中々……スタイルは一番いいよな。胸もでかいし」

「小倉先生も可愛いし。おれ、もろタイプ」

あたしは?
あたしは?

琴子の耳がダンボになっている。

「相原先生は………」

二人の声が重なる。

「「ないな!」」

「はあ~~……?」

思わず声をあげそうになって直樹に口を塞がれた。

「可愛いけど、ファニーフェイスだよな。めっちゃ童顔だし。おれ、ロリじゃねぇし」

「胸がちっちゃいのがおれ、もう却下」

「ちっちゃいというより、ないもんな。標高0」

けらけら笑いだしてる彼らに思わず弁当箱をぶつけてやりたくなったが、一応我慢した。
直樹も肩を震わせて笑いを噛み殺していた。


「うん、もう! 入江くんまで笑わないでよっ」

一服終えた二人が去った後、釦をはめ直して身繕いを整えた琴子は、むっとした顔で直樹の鼻を摘まむ。

「いや、あいつら全然分かってないなーと思ってね」

「へ?」

「胸は大きさじゃないってこと」

言いながら、ブラウスの上から琴子の胸をがしっと掴み、揉みしだく。

「ひゃああん」

途端に腰砕けのようになる琴子。

「も、もう……入江くんのばかぁ~~」

「授業、サボって、続きしちゃう?」

「ダメ~~絶対、それはダメ~」

半泣きで訴える琴子に、「冗談だよ」とくすっと笑う直樹。
もうあと五分ほどで予鈴が鳴る。
ストレスが溜まっているらしい3年男子は長々とこの屋上で、下らない女の品定めを喋り倒していた。

「……ったく、邪魔してくれたな。あいつら、いつかチクってやろう」

「………もう、A組のクセになんでそんなエッチなの?」

「A組とか別に関係ないだろ?」

「そっか。男の子はみんなケダモノなのね。さっきの子達だって、顔やスタイルのことばっかしで」

「おれがケダモノになるのはおまえ限定だけどね」

「ふーんだ、調子いいことばっか云ったって信じませんから。どうせ、今までだって部室やこの屋上で女の子とイチャイチャしてたんでしょ?」

云ってから、琴子は少し切なくなった。

あまりにも連れ込んだり引っ張り込むことに慣れてる直樹に、当然今までもそういう行為を行っていたのだろうと想像できる。
こんなに端麗な容姿をしているのだ、選り取りみどりでとっかえひっかえ遊んでいたって不思議ではない気がした。

やっぱりあたしも遊ばれてる?

「何? おれ、そんな女たらしに思われてた? 心外だな……」

悲しそうに眉の下がった琴子の頬を包みながら、直樹は少し真面目な顔をしてじっとその瞳を追った。

「いっとくけど……おれ、琴子が初めてだから」

「ええーーっ」

あからさまに驚いて大声を出した琴子の口を慌てて塞ぐ。

「女と付き合ったことすらないからな。どっちかっていうと今まで恋愛沙汰に興味なんてなかったし」

「え? うそっ」

「興味が涌いたのはお前だけ。おまえ以外に抱きたいなんて思ったことなかった」

「そ、そんなに魅惑的? あたしのカラダ……」

思わず自分の小さな胸をブラウスの襟元から覗きこんでしまう。

「は?」

「流石に標高0ってことはないんだけどな~~。一応今時の小学生の方が発達してることはちゃんと分かってるのよ?」

「 分かってるならいいけどね。少なくともその発展途上のカラダに溺れてる訳じゃないからな」

「じゃ、じゃあ何に……?」

「カラダという器だけでなく、中身も丸ごと全部。相原琴子という存在そのものに溺れてる……のかな?」

「………………///////$#&@%&&!!!!!」

あっまーーいっ!

………と叫びたくなるような極上な告白に、琴子の胸はきゅんきゅんに高鳴る。

「だから、放課後、時間を空けとけよ」

「え………今日も明日の指導案の準備とかしないと」

「じゃあ一緒に手伝ってやるよ、図書室で」

「え? ほんと?」

生徒に指導案の手伝いをさせるのはどうかと思いつつも、春休みのバイト期間中、卒論のテーマのアドバイスまでしてもらっていたのでつい頼ってしまう。

「ああ。図書室でヤりたかったんだろ?」

「へ? やる……?」

にやりと笑う直樹。
きょとんとする琴子。

「ドラマみたいに」

「ええーーっ ヤるってそーゆー意味?」

確かに図書室でなんだかんだしてた教師と生徒の純愛ドラマの話はしたが、別に真似っこしたいわけじゃないのだ、絶対に!

「じゃあ後でな。急がないと本鈴がなるぞ」

「きゃー、待って。置いてかないで~~」


ばたばたと直樹を追いかけて、彼が扉を施錠している隙に、足早に階段を掛け降りていく琴子。
結局置いていかれたのは直樹の方である。


ーー週末には携帯契約するかな……


必要性を感じなかったから持たなかった。
だが、なるほど、執着するものが出来た時に、他人の時間を占有したくなるアイテムがこんなにも欲しくなるのかと、実感している。

春休みに琴子と出会い、今まで出会ったことのない異次元のような強烈で刺激的なキャラに興味を持ったのは事実で、成り行きで関係を持ってしまったけれど、それがどういう感情なのかよくわからないままだった。

よくわからないまま春休みが終わり離れ離れになって、とりあえずもて余した感情はそのまま放置しておいた。
連絡は向こうから来るだろう。
敢えてこちらからはするまい。
これが愛なのか恋なのか単なる男の本能というヤツなのかーー時間が経てばはっきりするかもしれない。
そう思って放っていたら来ると思っていた電話は来ない。
いや、そんな筈ねーだろ、とイライラしていたのは事実。
何だかんだずっと琴子のことが頭から離れない。四六時中他人のことを考えてるのは初めてだった。
結局翻弄されているのは自分の方なのだと認めたくなくて半分意地で、覚えていた番号をかけることはなかった。
それでも偶然を装って大学を覗きに行ったり、父親の店を訪ねたり。

ーーなんだ、この青臭いガキみたいな行動は!

つまりはガキなのだ。こと恋愛に関しては、まるで小学生のような感情の未発達さ。
自分で自分の行動に、背中がむず痒くなるような気恥ずかしさを感じて、余計にこれ以上動くことを躊躇った。
どうせ、6月になったら会うのだから。

そして、再会してーー確信した。

欲しいものなんて、何もなかった筈なのに。
欲しなくても全てのものは簡単に手に入ったから、喉から手が出るほど欲しいとか、そんな餓(かつ)えたような要求も執着を抱いたこともなかったのだ。

なのに、再会した途端に確信した。

この女はおれのものだと。
頭のてっぺんから爪先まで自分のものだと。
彼女が所有している今も未来も、その時間の全てが自分のものだと。
激しい独占と執着が、はっきり形となっていた。

この女の全部が欲しい。
誰にもやらない。
こいつは、おれのだから。

年上とか教生とか関係ない。
そんなのは一時の関係性に過ぎない。

そして、とりあえずは携帯なのだ。
どうやらこれはこの関係性を維持していくためには重要なアイテムらしいと、認めないわけにはいかなくなった。

何にしろ、未成年だから親の承諾なしに勝手に携帯ひとつ契約できないのがもどかしい。


早く大人になりたい、と切実に思う。
そんな風に何かを願うのも初めてだ。
流されるまま、何の感情の起伏もないまま16年以上過ごしてきた。

そんな彼の世界を彼女が変えた。


「………待ってろよ、琴子」

それは図書室で待ってろ、という意味なのか、大人になるまで待ってろ、という意味なのか。

自分でもちゃんと意識をしないまま、小さく呟く。


ーーまもなく午後の授業が始まる。







※※※※※※※※※※※※


なんだかストーカーちっくだな、この高校生直樹さん……偏執的だわ……と、書いてから思ったんですが、大丈夫ですか? 引いてません? なんか、青すぎて一直線ーf(^^;

ちょっと久々過ぎてコンセプト忘れそうでしたが、元々は『各教室制覇でえろ!』でした(^w^)
各教室で寸止め、という説もありますがf(^^;
とりあえず屋上は寸止め。
さて、図書室は………?

次が限定になるのかそうでないのかは神のみぞ知る……(^_^;)











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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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